第015話「サッカーは格闘技①」

「こんちわーっす。ゲンさんから紹介されてきたナユタでーす」


 大勢の人で賑わう休日の市民グラウンド。


 俺はそのグラウンドの外れにあるベンチに集まっている、サッカーのユニフォームに身を包んだ男たちに元気よく挨拶をした。


「おお、君が助っ人のナユタちゃんかい? 良い声とおっぱいしてるねー」


 リーダーと思われる、スケベそうな面をした30代後半くらいのおっさんが、俺の全身を舐め回すように見ながらいやらしい笑みを浮かべる。


「次セクハラ発言したら帰りますからねー」


「そ、それは困るよ! 今日は宿敵『トンカツSC』との大事な試合なんだ」


 スケベ面のおっさんもとい、俺が助っ人に入るチーム『東方楽園』のキャプテンをやっているという"トラ"さんは、慌てたように俺のご機嫌を取り始めた。


 この街のトンカツ屋がスポンサーにつく、この辺りで最強の草サッカーチーム『トンカツSC』と『東方楽園』はライバル関係にあるらしい。


 現在の成績はトンカツSCが勝ち越しているらしく、今日はなんとしても勝って相手の連勝を止めたいのだそうだ。


 俺はまあ、助っ人として呼ばれただけだから気楽なもんだ。適当に動いて良い結果を出してやろう。


 え? なんでサッカーの助っ人なんて引き受けたのかって?


 知らないのか? サッカーは格闘技なんだぜ?


 試合中の流血沙汰なんて日常茶飯事だし、ボールが破裂したり人が吹っ飛ぶなんてのは当たり前。そんなイカれたスポーツ、それがサッカーなんだ。


 だから試合にかこつけて血を頂いてしまおう、という算段なのさ。


「まあ俺はセクハラに寛容な女なんで、一度は許してあげますけど。あ、この10番のユニフォームは俺がもらいますよ?」


「……ああ、いいよ。うちのチームに奴らのエースを止められる選手なんていないからね。君ならやれるかもしれない。頼んだぞ、ナユタちゃん」


「ういーっす」


 俺は気怠げに返事すると、ベンチの裏にある女子トイレに入ってユニフォームに着替えてグラウンドに戻った。


 胸元がぱっつんぱっつんに膨らんだ俺のユニフォーム姿に、男どもは鼻の下を伸ばして釘付けだ。


 これで短パンから伸びる生足も美脚だったら良かったんだけどなぁ……。今はまだ不格好なO脚だし、筋肉もあまりついていなくて見栄えが悪いのが残念なところだ。


「ほい、ほい、ほいっと」


 ピッチに立つと、軽くアップがてらに左足でリフティングを始める。その見事な足捌きに、ギャラリーから感嘆の声が上がった。


 ふふふ……【ファンタジスタ】の左足はU15の日本代表クラスだからな。草サッカーのエースなんぞに負けるはずがない。


 だが、そんな俺に対抗するかのように、トンカツSCのエースと思われる長髪の青年も、俺と同じような技を披露してギャラリーを沸かせ始めた。


 サラサラの長い黒髪をかきあげる動作が、何とも腹立たしい。


 ……髪切れよ。サッカーに邪魔だろ?


「あいつがトンカツSCのエース"青空あおぞらういんぐ"だ。来年からJFLの万年降格圏のチームに入団が決まっているほどの実力者だよ」


「な、なんだって!?」


「その隣にいる、やたら体幹がよくて背筋のピンと伸びた男が"仁崎にさき大五郎だいごろう"だ。青空の相棒でトンカツSCのナンバーツー。奴は日本代表の窪田と同じ小学校で、学校のグラウンドでよく一緒にサッカーをしていたほどの仲らしい」


「な、なにぃ!?」


 トラさんの説明に、俺は思わずピッチの二人を凝視した。


 アマチュア最高峰のJFLで万年降格圏のチームに入団が決まっている男と、日本代表の若きエースとして活躍するあの窪田選手と同じ小学校だった男か……。


 これは一筋縄じゃいかなそうな相手だな……。



 準備運動を終えた俺たちは、グラウンドの真ん中で向かい合う。


「それでは、トンカツSC対東方楽園の試合を始めます。両チーム準備はいいですか?」


 主審の呼びかけに両チームのメンバーが大きく頷くと、彼はホイッスルを口に咥えた。


 ――ピィーー!!


 試合の始まりを告げる笛の音とともに、俺はボールを受け取るとドリブルで敵陣に切り込んでいった。


『さあ、いよいよ始まりました。トンカツSC対東方楽園の宿命の対決! この試合は、東方楽園に紅一点の助っ人が加入したことで一気に盛り上がったものになりましたね! 実況は私、トンカツ屋の常連客"清水しみず茶月さつき"がお送りしていきます!』


 ピッチのライン際に設置してあるテーブル席で、20代前半くらいのお姉さんがマイクを片手にテンション高く叫んでいる。


 草サッカーなのに実況がいるのかよ……。


 まあいい。そっちのほうが盛り上がりそうだし、俺もその期待に応えてやらないとな。


「ふっ、やっ!」


 お姉さんの実況を背に、俺は一人、また一人と抜き去っていき、あっという間にシュートレンジまで辿り着いた。


「な! は、速ぇぞあのおっぱい少女!」


「それにテクニックもやべー! トンカツの奴らが全然ついていけてねーぞ!」


「いや……マジで速すぎねーか? 陸上選手かよ!?」


 ふふふ、ギャラリーの称賛が心地よいぜ。


 俺が右足でシュート体勢に入ると、トンカツのDFがスライディングをしてそれをブロックしようとした。


 が、俺は右足でシュートを打つ振りをしてボールをふわりと空中に浮かせると、そのままダイレクトで左足を振り抜く。


 ――ズドン!!


 強烈な衝撃音とともに、弾丸のようなシュートがゴールネットに突き刺さる。


『き、決まったぁぁぁぁーーッ!! 東方楽園の10番、ナユタちゃんのゴラッソで先制点です!』


 俺はその勢いのまま観客たちの方へと走っていくと、ズサーっと膝からスライディングをして、両手を天に掲げた。


 うおおおおっ! と観客が沸き立つ。


「やべー! 今の見たか?」


「ああ! あの10番の子……おっぱいがすげー揺れてたな!」


「あの弾みっぷり……すげえ神乳だぞ」


「顔は微妙だけどな!!」


 お前らさぁ……俺の胸の二つのボールじゃなくて、俺のプレーを褒めろよ……。実況のお姉さんも言っていたが、プロ顔負けのスーパーゴールだっただろうが。


 それと最後のやつ、後でぶっ飛ばすからな?


 観客の歓声に包まれながらドヤ顔でボールをセンターサークルに持っていくと、青空が鋭い目つきでこちらを睨みつけてきた。


「そんな、体で相手を惑わすようなプレイ……サッカーへの冒涜だ!」


「ええー? ただおっぱいが大きいだけなんですけどー。勝手にエロい目で見てるのはそっちじゃねーの? あと髪切れよ」


「なんだと、この――ッ!」


 青空が俺に向かって突っかかってくる。


 そんな彼を、相棒の仁崎という選手が後ろから羽交い締めにして止めた。


「落ち着け! なにを熱くなっているんだ。俺たちは俺たちのサッカーをすればいいだけだ。冷静になれ青空」


 ち、乱闘にでもなったら手っ取り早かったんだが、そうはいかないか。


 まあいいさ。試合は長いんだ。隙を見て一人、ないしは二人くらいからは血を頂く機会がきっとあるだろう。



 ――ピィーー!!


『さあ、試合が再開されました、早くも一点ビハインドのトンカツSC! ここからどう巻き返していくのでしょうか?』


 センターサークルでボールを受け取った青空は、自らドリブルで仕掛けてきた。


 俺はそれを止めようと足を伸ばすも、青空はすぐさま相棒の仁崎へとパスを出し、そのボールを受けた仁崎が再び青空にボールを返す。


『で、でたぁぁぁ! トンカツSCの得意とするコンビネーションアタックだぁぁ! まるで極上のトンカツとソースのように相性抜群の二人の息のあったプレイに、東方楽園は手も足も出ません!』


 くっ、このトンカツ野郎どもが……! 俺一人じゃこいつら二人相手はしんどいな……。


 トラさんが必死にスライディングをするが、トンカツSCのエースである青空は余裕でそれを回避してシュートモーションに入った。


『青空選手、強烈な弾丸シュート! これは東方楽園、防ぎきれないかぁぁ!』


 青空のシュートはゴールの隅へと一直線に向かう。


 決まった! ……とギャラリーの誰もが思った瞬間、ボールはゴールポストに直撃してピッチの外へと飛んでいった。


『ああーっと!! ゴールポスト直撃だぁぁ!! 東方楽園、これは命拾い――ごぶあぁ!?』


 跳ね返ったボールが実況のお姉さんの顔面に直撃して、彼女は鼻血を噴き出しながらテーブルに倒れ込んだ。


 主審が笛を鳴らして試合は一時中断される。


 お姉さんの治療のため10分ほどの休憩を挟むことになった。


 その間に、俺はそそくさと実況席に近づくと、テーブルの上に飛び散った彼女の血をぺろぺろと舐め始める。



《【歌い手】を獲得しました》



 よしっ! 新たな長所、ゲットだぜ!


 しかし、まさか選手じゃなくて実況のお姉さんから能力を獲得できるとは、これは思わぬ収穫だったな。


 大体は予想できるけど、一応詳細を確認しておくか。




【名称】:歌い手


【詳細】:ネットの海に歌声をアップロードし、その美声で人々を魅了する素人歌手。抜群の歌唱力を誇り、そのチャンネル登録者数は20万人を越える。プロと比較しても見劣りしないほどの実力を持つ。




 おお、これは美少女っぷりがさらにアップする素晴らしい長所だな。


 実況のお姉さん、よく通るいい声してるとは思ったけど、まさかこんな活動をしていたとは……。


 チラリと実況席を見ると、どうやらもう治療は終わったようで、お姉さんは鼻にティッシュを詰めた状態でマイクを握りしめていた。


 主審は試合を再開しようと、すでにホイッスルを口に咥えている。


「ナユタちゃーん! なにやってんのー! 試合再開するよー!」


 いつの間にか俺以外はピッチに戻っており、トラさんが大きく手を振って俺を呼んでいる。


 俺は慌ててピッチに戻ると、主審は試合再開の笛を鳴らした。

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