第014話「嬉しい誤算」
「蛇平さんとレイパー狩り、どっちが勝つと思う……?」
「レイパー狩りのパンチはすげぇ。だが、ボクシングに足技はないからな、路上だと空手の蛇平さんが有利と俺は見るぜ」
「ひゅ~! レイパー狩りが蛇平さんにボコられてあのおっぱいが揺れまくるのが楽しみだなぁ」
「蛇平さんやっちまえーーッ! そのクソ生意気な乳ガキをぶっ潰せーっ!」
いつの間にか辺りにはチンピラやヤンキーどもが群がっており、俺と蛇平の戦いが始まるのを、今か今かと待ち構えていた。
女の子は俺以外に一人もいない……汗臭すぎる空間だ。
早くここからおさらばして、日常に帰りたいぜ……。
「どうした? 来ないのか、"レイパー狩り"よ」
「……」
「ならばこちらから行かせてもらうぞ! せえぇぇぇいッ!!」
蛇平は気合の雄たけびを上げると、凄まじい速さで俺に飛びかかってきた。
……さて、ここで何故俺が逃げずにわざわざ勝負を受けたのか疑問に思う人もいるだろう。
相手は雑魚ではなく、全日本空手道選手権で5位。普通に考えたらこんなリスクのある戦いは避けて、さっさとトンズラこいたほうがいい。
だが、俺には勝算があった。
俺は飛びかかってきた蛇平に背を向けると、周りを囲んでいるチンピラの集団に向けて走り出した。
「貴様! タイマンの最中に背をむけるとは何事かッ!!」
後ろからイケボの怒鳴り声が聞こえてくるが、俺は構わずにチンピラどもの間を潜り抜けると、一周回って再び蛇平と向き合った。
俺の手には、【スリの極意】でチンピラどもからスリとった財布やコーラの缶、スマホなどが握られている。
財布やスマホはあとで使おうと思っていただいただけで、今は必要ない。欲しかったのはこのコーラの缶だ。
「なんだ……? お前、一体なにやって――」
蛇平が言い終わる前に、俺は握っていたコーラの缶から中身を少し口に含むと、残りの入った缶を空中に放り投げ、【ファンタジスタ】の左足で蹴り飛ばした。
コーラの缶は無回転で一直線に蛇平の顔面へと飛んでいくが、彼はそれをギリギリのところで躱す。
「ぶーーーーっ!」
が、体勢の崩れた蛇平に向かって、俺は口に含んだコーラを、【唾飛ばし】を使って弾丸のように発射する。
「ぬ、ぬぐわぁぁぁぁ!?」
コーラは見事蛇平の顔面にクリーンヒットし、彼は目を押さえて悶え苦しむ。
そして俺はその隙に、蛇平の背後に回り込むと、強烈な左ジャブを繰り出した。
「くっ……! 卑劣な!」
だが、さすがは全日本空手道選手権で5位といったところか。音や気配で攻撃を察知したのか、俺の拳はかすっただけで避けられてしまった。
しかしそれも想定の範囲内だ。俺は大きく息を吸い込むと、蛇平の耳元に向けて、【大声】による全力の咆哮を繰り出した。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーッ!!」
蛇平はびくりと体を硬直させ、耳を塞ぐ。これで奴の目と耳は一時的に機能を失ったことになる。
さあ、これでチェックメイトだ。
俺は体全体を使って軽快なフットワークを刻むと、【ミニマムチャンピオン】による渾身の右ストレートを蛇平の顔面に叩き込む。
「ぐわぁぁぁーーーーッ!」
蛇平は錐揉みしながら吹き飛び、そのまま仰向けに倒れると、白目を剥きながらぴくぴくと痙攣し、完全に意識を失った。
一瞬の静寂のあと、ギャラリーからは割れんばかりの歓声が沸き起こり、俺を褒め称える言葉が飛び交う。
「す、すげぇーーーーっ!」
「レイパー狩りのやつ、めちゃくちゃ卑怯じゃねーか! 蛇平さんの空手とまともに対峙しないで戦うなんて、まさにクズの所業だぜ!」
「だが、そこがいい! この街の王者には相応しい戦い方だ!」
「それに……へへ、めちゃくちゃおっぱい揺れてたな。近くで見たら正直顔は微妙だったけど、あのおっぱいで全部許せるわ」
「ああ、俺もだ。おっぱいちゃん、最高だぜ……」
「な、なあ、おっぱいちゃん。あんた名はなんて言うんだ?」
俺を囲むように集まったクズどもは、まるで新たなアイドルを見つけたかのように目を輝かせながら、俺の名を訊ねてくる。
「俺か? 俺の名は"ナユタ"。いずれ最強無敵の美少女として世界に名を轟かせる男……いや、女さ」
そう答えると、ギャラリーは「うおおぉぉぉ!」と雄叫びを上げ、俺の名を連呼し始めた。
「「「ナ・ユ・タ! ナ・ユ・タ!! ナ・ユ・タ!!!」」」
……うん、相手がクズどもとはいえ、ここまで称賛されると悪い気はしねーな。
おっと、こんなことをしている場合じゃない。早いとこイケボ野郎の血を摂取しないとな。
なかなかの空手使いだったし、ボクシングだけじゃなく新たな戦闘手段が手に入るのはありがたいぜ。
俺は意識を失って倒れている蛇平の顔面から指で血を掬いとると、それを口に含む。
すると、俺の身体に新たな力が宿るのを感じた。
《【イケボ】を獲得しました》
「……」
空手じゃないのかよ! 全日本空手道選手権で5位にまでなったのに、こいつの一番の長所ってそれなの!?
……まあ、いいか。
「あー、あー、あー……。おお!? なんか、すげえいい感じの声になってる!?」
全くかわいくなかっただみ声が、とてもかっこいいハスキーボイスといった感じの低音女性の声に変わっていた。低音でありながら、女の子としてのかわいらしさも失われていない美声だ。
しかしこれは嬉しい誤算だぞ。
これまでの経験から察するに、肉体変化系の長所は技能系の長所よりもレアな傾向にあると俺は予想している。そして、声を手に入れるなら女の子からだとばかり思っていたからな。まさかこんな二重あご野郎から手に入るとは……。
「あばよ! 野郎ども! お前らもクソみてーな犯罪ばっかりやってねーで、後悔しねーよーに生きろよ! 人間いつ死ぬかわかんねぇんだからよ!」
俺の美声が辺りに響き渡ると、ギャラリーからは再び歓声が沸き起こり、拍手と口笛が飛び交った。
そして俺はイケボ野郎の財布から有り金をすべて抜き取ると、声援を送るクズどもに手を振りながら、クソの掃き溜めのようなこの街をあとにするのだった。
【名称】:イケボ
【詳細】:低音で超かっこいい声をだせる。女性の耳元で囁けばイチコロかもしれない。聞き手の耳に残りやすい声質で、男女ともに好印象を持たれやすい。
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