第013話「ストリートファイト」

「聞いたか? また"レイパー狩り"が出たらしいぜ……」


「ああ、槍杉のやつなんて鼻の骨を折られたうえに、アレを一つ潰されたらしい」


「"ストーキング王"槍杉までやられたのか!? ちくしょう! 俺たちは女を襲って性欲を満たそうとしてるだけなのに、ひでぇことしやがる……」


 道端でたむろしているクズどもが、ここ梅澤町ではごく普通の会話を繰り広げているのを尻目、俺は通りを進んでいく。


 奴らの話題に上がっていた"レイパー狩り"とは、もちろん俺のことである。


 一週間に渡って毎日のようにこの街に足を運び、最初のチンピラを含めて総勢7名ものクズを返り討ちにした結果、いつの間にかそのような二つ名がついていたのだ。



 ちなみに、俺の現在のステータスはこのような感じだ――




【肉体情報】


名前:ナユタ

性別:女

種族:なりかけゾンビ (進行停止中)

能力:吸血、快速ランナー、神乳、いかさま師、フローラルな香り、ミニマムチャンピオン、走り屋、ピッキング王、スリの極意、大声、唾飛ばし、ストーキング、アマチュアギタリストレベルMAX




【名称】:ピッキング王


【詳細】:針金一つあれば鍵など恐るるに足らず。施錠された扉も、金庫も、車だって開けちゃうぜ!



【名称】:スリの極意


【詳細】:相手から気づかれないように、こっそりと持ち物を盗みとる。その手際はまさに神業。



【名称】:大声


【詳細】:やたら大きな声が出せる。相手を威嚇したり驚かせるのに使える。また、歌声を響かせるといった使い方もできる。



【名称】:唾飛ばし


【詳細】:唾や血液、口の中に溜まった不要物などを超高速で吹き付ける技術。目潰しなどに有効。



【名称】:ストーキング


【詳細】:対象に気づかれないように後をつける。そのスキルはまさにプロ級。部屋のベッドの下まで侵入しても、相手が気づかないほどだ。



【名称】:アマチュアギタリストレベルMAX


【詳細】:プロには一歩届かない……。だが、文化祭のステージに立てば校内のヒーローになれるだろう。




「……はぁ、溜め息しか出ねえ」


 最強美少女を目指しているはずなのに、どうしてこうなった……。これじゃあ完全にゴロツキ界の姉御じゃねえか。


 まあ、クズばかりから長所を獲得しているから、こうなることは予想できたけどさ。それにしても、あまりにひどい。


「そろそろこの街からもおさらばしたほうがいいかもな……」


 いつまでもこんな場所に留まっていてもしょうがない。


 クソみたいな能力も多いが、一応はどこかで役に立ちそうなものもあるし、十分目的は果たしたといっていいだろう。


 ――ドンッ!


 そんなことを考えながら歩いていると、前から来た金髪の優男の肩に頭がぶつかってしまった。


「……おい、どこ見て歩いてんだよ」


「すみませーん」


「ちっ、きーつけろよな。お前みたいなガキがこんなところうろついてんじゃねえよ」


「はぁ……」


 なんだかこの街のチンピラっぽくない男だな。悪に染まりきれてないというか。


 まあいいか。俺には関係ないしさっさと去ろう。


「おいガキ、なんだその態度は。せっかく人が注意してやってるってのに……どうやら実際に怖い目に遭わなけりゃわからねえみたいだな」


 金髪の優男は俺の腕を掴むと、ぐいぐいと引っ張ってどこかへ連れて行こうとする。


 ……やれやれ。一瞬まともなやつかと期待したけど、やっぱりこの街はクズしかいないな。


 だが、やはりこの男はまだこの街には慣れていない気がする。必死に周りのクズどもの真似をしているが、よく見ると目が泳いでいた。


「……か、金目の物を置いていけ。さもないと、その……酷い目に遭うぞ?」


 路地裏に連れてこられた俺に、男はナイフを突きつけながらそう命令してくる。


 しかしその手は震えており、このようなことをするのは初めてなのが見て取れた。


「ふんっ!」


「ぶげらっ!?」


 問答無用で思いっきり男の顔面に右ストレートを叩き込むと、男は鼻血を撒き散らしながら地面に倒れ伏した。


 こいつの事情なんて知ったこっちゃない。俺のようなか弱い少女を路地裏に引きずり込んでおいて、ただで済むと思うなよ。


 地面に這いつくばる優男を見下ろしながら、ぺろりと拳についた血を舐める。



《【ファンタジスタ】を獲得しました》



 んん~? なんかこの街のやつには相応しくない感じの能力を獲得したな。


 どれ、詳細をチェックしてみようか。




【名称】:ファンタジスタ


【詳細】:その左足から繰り出されるシュートは、まるで魔法のようであった。U15の日本代表にも選ばれ、将来を有望視された天才サッカー少年は、事故によって不良の道に堕ちた。足は既に治っている。本当はまたサッカーがしたい。だが、一度道を踏み外した人間は、そう簡単に元の世界には戻れない。こうして彼は、今日もまた一人ケンカに明け暮れる。




 詳細くん……たまに親切になるよね、君って。


 だが、そんなことよりも……だ。


「……甘ったれるなぁっ!」


 俺は優男の顔面を蹴り上げると、そのまま馬乗りになってマウントポジションを取る。


「お前まだ生きてんだろ! すげー才能も持ってるくせに、こんなところでくすぶってんじゃねぇぞ!!」


「俺のこと知ってんのか? ……ああ、昔はテレビにだって出たことがあるからな。知ってる人だってそりゃあいるよな」


「怪我はもう治ってんだろ! 足も自由に動く! なのに不貞腐れてくだらねークズどもの真似事して、それで満足なのかよ!」


 胸ぐらを摑んで怒鳴りつけると、優男は目に涙を浮かべてふるふると首を左右に振った。


「二年以上もサッカーをやってねーんだ……。今さらやろうと思っても、もうあの頃の感覚は思い出せねぇ……」


 俺なんてもう二度と生者には戻れないのだ。どれだけ強くなっても、アンデッドであることには変わりなく、人生はやり直せない。


 だが、こいつはまだやり直せる!


 俺は優男から降りると、地面に落ちている空き缶を左足で蹴り上げた。


 すると、まるで魔法のように空き缶は綺麗なカーブを描いて、ゴミ箱の中へと吸い込まれていく。


「い、今のは……俺のフリーキック……?」


「やってみろ、お前ならできるはずだ」


 こいつはきっと、サッカーをやりたくてやりたくてしょうがないんだ。でも、その思いは心の奥底にしまい込んでしまっている。


 だから、俺が思い出させてやる。


 地面に這いつくばる優男の手を取って立ち上がらせ、足元に空き缶を設置してやると、彼はまるで体が覚えているかの如く、それを蹴り上げた。


 そして……空き缶は俺が蹴ったときとまったく同じ軌道を描き、ゴミ箱の中へと姿を隠す。


「お、俺は……まだやれるのか?」


 優男の言葉に、俺はニッと笑いながら力強く頷いてみせる。


 すると彼は涙を流しながらその場に跪き、俺にしたことを謝罪すると、何度も何度も地面に額を打ちつけ始めた。


「すまねぇ……おっぱいちゃん。俺は君に酷いことしようとしちまった……。なのに君は、俺を立ち直らせようとしてくれた……。ありがとう……」


「ふ……いいってことよ。実は俺はサッカーが好きなんだ。良い能力をくれたお礼ってやつさ」


 そう言って歩き出す俺の背中に、優男は感涙に咽びながら大声で叫んだ。


「ありがとう、おっぱいちゃん! 君のおかげで、俺はまたサッカーができるよ! いつかきっと、大きな舞台で俺のシュートを見せてやるからな!」


 背を向けて手をひらひらと振る俺。


 フッ、完全に俺に惚れたな。まったく……いい女ってのは、どうしてこうも罪作りなのかねぇ。自分の魅力が怖いぜ……。




 善行を為して上機嫌のまま、俺は梅澤町をあとにしようとしたのだが――


「お前が"レイパー狩り"か? ちょっとツラ貸してもらおうか」


 背後からやたらイケメンなボイスが聞こえてきたので、俺はゆっくりと振り返った。


 するとそこには、その声質には全く似合わない、二重あごでいかつい顔をした男が立っており、その横にはいかにもガラの悪そうなヤンキーどもが並んでいる。


 ……やれやれ、もうこの街に用はないってのに。


「悪いがもう帰るところなんだ。また今度にしてくれ」


 そう言い残して立ち去ろうとするが、男は有無を言わせずに俺に殴りかかってきたので、それをひらりと躱してカウンターの左フックを繰り出す。


 はい、これで終わり――


 ……とはならなかった。


 なんと、男は素早い動きで身体を引いて俺の攻撃を躱すと、そのまま流れるように回し蹴りを繰り出してきたのだ。


 俺はフットワークを駆使してそれをバックステップで回避すると、大きく距離を取って構え直した。


 こいつ……タダ者じゃないぞ……!


「なるほど、ボクシングか。これほどの実力者であればチンピラどもでは相手にならんわけだ」


 イケボの男は鋭い眼光をこちらに向けると、猫足立ちの構えを取る。


 ……空手か。しかも、かなりの熟練者だな。



「俺の名は"蛇平じゃひら剛毅ごうき"。全日本空手道選手権で5位に輝いたこともある男だ。さあ、"レイパー狩り"よ! この梅澤町で最強はどちらか、白黒つけようではないか!」



 そろそろ美少女の血を摂取したいんですがねぇ……。


 まあいい。このクソみたいな街での最後の締めくくりとして、このイケボ野郎を倒してから帰ることにしようか。


 俺が不敵な笑みを浮かべながらファイティングポーズを決めると、ギャラリーたちから野太い大歓声が湧き上がる。


 そして……俺とイケボの男のストリートファイトが始まったのだった。

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