第012話「日本一治安の悪い街」

 こんにちは、吸血ゾンビホームレスのナユタです。


 本日俺は、東京都の某区に存在する、とある街に来ています。


 ここは日本有数の治安の悪さを誇る、まさに暴力と犯罪が支配するクソの掃き溜めのような場所なのです。


 なぜ、俺がこんなところにいるのかというと――



「きゃーーーー!」


「おらぁ! 大人しくしろやぁ!!」



 おっと、まだ太陽が高い時間だというのに、さっそく事件が起きているようだ。


 若い女の人が金髪の男二人に髪を掴まれて、路地裏に引きずられていく。


 ここ『梅澤町』では日常的な光景である。


 だが、俺が助けに入るまでもない。この街はクズの吹き溜まりであると同時にロックの聖地でもあり、ロックンローラーを目指す正義感に溢れた不良少年もたくさんいるのだ。


 ほら、来たぞ。


 背中にギターを背負った少年たちが「やべーぞ!」と叫びながら路地裏に駆け込んでいくのが見えた。


 そしてすぐさま大乱闘の音が聞こえ始める。


 しばらくすると金髪の男たちは逃げていき、不良少年たちの勝利で決着したようだ。あとは彼らに任せておけば大丈夫だろう。


 ……さて、そうそう。俺がここにいる理由だが、それはもちろん、吸血能力で新たな長所を獲得するためだ。


 津久茂武雄から【ミニマムチャンピオン】を獲得した今、通り魔的に相手をぶん殴って血を入手したあと、【快速ランナー】で逃亡するというムーブも可能になった。


 しかし、ゾンビになったといっても、やはり俺は元来より小市民なのだ。


 善人であるとまで自惚れてはいないが、それでも罪のない人を傷つけて血を奪うというのは抵抗がある。


 だからこそ、この場所に来た。罪のない人をぶん殴るのは気が引けるが、俺を襲おうというクズは遠慮なくぶっ飛ばせるからな。


 本当は美少女から血を入手して早く美の長所を集めたいところなのだが、急がば回れだ。クズ相手でも数をこなしていけば有用な長所も手に入るだろう。


「お? 早速獲物が釣れたかな?」


 さすがは日本一治安の悪い街だ。


 俺の巨乳とフローラルな体臭に引き寄せられたのか、後ろから薬でもやってそうなチンピラが下手くそな尾行をしてきた。


 ちょうどいい、まずはこいつから血を頂くとしようか。


 チンピラを引き連れながら路地裏に入ると、後ろを振り向いて拳を構える。


「ケケケ、そんな巨乳を揺らしながら歩いてりゃ、この街じゃ襲ってくださいって言ってるようなもんだぜ。ちょっとそのデカ乳揉ませろや!」


 相手は懐から取り出したナイフをべろり、と舐めると、こちらにジリジリとにじり寄ってきた。


「ヒャッハー!! まずは邪魔な服から切り刻んでやらぁ!!」


 ナイフを振り上げて襲いかかってくるチンピラ。


 だが、俺の体はまるで何年にも渡ってこの動きを繰り返してきたかのように、流れるように動いた。


 軽快なステップで半歩後ろに下がると、チンピラのナイフが目の前を空ぶる。


 その隙だらけのボディに、俺は渾身の左フックを叩き込んだ。


「ぐぼぁ!?」


 俺の小さな手から繰り出されたとは思えない威力の拳に、チンピラは腹を抑えて胃液を吐き出しながら、ぐらり、とよろめく。


 しかしこれで終わりではない。チンピラが体を傾かせたとき、既に俺の右ストレートは奴の顔面に迫ってた。


 ――ドゴォ!!


 チンピラの顔面に、俺の拳がめり込む。


 その衝撃で奴の体が吹っ飛び、鼻血を撒き散らしながら地面を転がっていくと、白目をむいて気絶してしまった。


「……」


 拳についた血を眺めながら、思わず言葉を失う。


 いや……自分でやったこととはいえ、ちょっと引くぐらいの破壊力だった。


 ボクサーの拳は凶器だから喧嘩はするな、とは言われるが……。確かにこれは過剰防衛になりそうだな。ガチでやると相手を殺してしまいそうで怖い。次はもうちょっと軽めに殴るか……。


 しかし……だ。それにしても、俺はとんでもない力を手に入れてしまったのかもしれない。急にテンションが上がってきたぞ!


「ふ、ふふふ……! 俺TUEEEEーーーー!!」


 最強無敵の美少女を目指すとは言ったが、もう無敵なのでは?


 俺は最弱の喪女ゾンビから、最強のスーパー吸血ゾンビに生まれ変わったのだ!! これはもう無双するしかないぜフゥ~~~~~ッ!


「シュ! シュシュ! シュシュシュ!!」


 巨乳を揺らしながら、左右のストレートパンチを虚空に繰り出し続ける。


 この空気を切り裂くような拳の音が聞こえるだろう? やはり俺は最強だ、誰にも負ける気がしない!


「おっと……。自重、自重っと」


 高校時代に部活の後輩から「先輩って小心者のくせに、調子に乗ると急にイキりだしますよね (笑)。その癖直さないと絶対痛い目見ますよ?」と馬鹿にされたことを思い出し、シャドーを中断する。


 調子に乗ってはいけない。俺はまだなにも成し遂げてはいないのだ。


 アホな行動をして一度死んだというのに、再び間抜けを晒すような真似は絶対にあってはならない。クールにいこう、クールにな……。


「こんなくだらないことをしているうちに、30秒経ってましたなんてなったら目も当てられないからな……」


 急いで拳に付着したチンピラの血をぺろり、と舐める。


 ……だが、新たな長所は手に入らなかった。


「…………ふんっ!」


 ――ドゴォ!


「ぶげぁ!?」


 倒れているチンピラの顔面にもう一発拳を叩き込み、再度血を舐める。



《【走り屋】を獲得しました》



 ふうむ……。あまり期待はしていなかったが、やはり俺の求めているような能力じゃなさそうだな。


 どれ、一応は詳細をチェックしておこうか。




【名称】:走り屋


【詳細】:盗んだバイクで走り出した15の夜。もちろん無免許だけど、俺は誰よりも速く、そして上手く運転できた。ガードレールに突っ込んで死んだ仲間のためにも、俺はこれからも走り続ける。25になった今でもな。もちろん、盗んだバイクでだ。




 ……どうしようもないクズだな。25にもなってなにやってんだこいつ。


 まあ、こんな能力でもどこかで役に立つかもしれないし、ないよりはマシか。


 俺は白目をむいて横たわるクズの懐から財布を拝借すると、自分のポケットの中にねじ込んで路地裏をあとにしたのだった。

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