第011話「初めての一歩」
短パンに前ボタンをがっつり開けたワイシャツという服装で、大きな胸を揺らし、フローラルな香りを撒き散らしながら歩いていると、周りの通行人がチラチラとこちらを見てくるのを肌で感じた。
帽子を深くかぶり、大きなマスクで顔を覆っているので、作戦通り容姿よりも胸や匂いに意識がいっているようだ。
これで完全に男どもを釣れるようになったのが確信できた……のだが、ここで一つ問題が発生してしまった。
「やべー奴につけ狙われる率が跳ね上がっちまったんだよな……」
顔は美少女とはいえないのだが、肉体の性的魅力が大きく上がった影響で、ガチの変質者っぽい奴らに狙われるようになってしまったのだ。
人外ではあるものの、俺の戦闘能力は皆無だ。現状は普通の女子中学生よりも弱いレベルだろう。
今のところ【快速ランナー】で逃げきれているものの、国家権力にも頼れないホームレスの俺は、いつあのような奴らに捕まって犯されてしまうかわからない。
「なんとかして自衛の手段を身につける必要がある……」
というわけで、今日はその方法を獲得するために、ある場所に向かっているのだった。
今までのような受け身ではない。自らターゲットを定め、そして狩る。狩猟者としての初めての一歩を、今ここで踏み出すのだ……!
「ここだな……」
俺の目の前には、少し古びた、しかしどこか趣のある雰囲気を漂わせた小さな建物がある。
建物の看板にはこう書かれていた――
『神久保ボクシングジム』と。
◆◆◆
ドスンッ! ドスンッ! と重たい音が屋内に響き渡る。
音の発生源は、部屋の隅で黙々とサンドバッグを叩く、一人の男だった。
年齢は20代前半くらいだろうか。身長は160センチにも満たないほどの小柄、されどその体はまるで鋼のような筋肉で覆われている。繰り出される拳の速度は常人の目では追い切れず、空気を切り裂く音が聞こえるほどだ。
が、なんとも残念なことに、男はとても地味で陰気な顔をしており、その容姿はお世辞にもイケメンとはいえないものだった……。
「武雄よー、入会者が全然集まんねーんだが……。お前もっとテレビとかで紹介されたりしろよ」
「神久保会長……勘弁してくださいよ。俺、そういうの苦手なんスよ」
ジムオーナー兼会長の神久保に武雄と呼ばれた男は、サンドバッグを打つ手を止めると、気まずそうに答える。
彼の名は
地味な容姿からモブオと揶揄されることもあるが、なんとこれでもミニマム級の日本チャンピオンであり、世界タイトルすらあと一歩で獲得できる、と評判のボクサーなのである。
「はぁ……日本チャンピオンが所属しているジムだってのによ、女性会員が一人も来ないってのはどうなんだ?」
「俺はそっちのほうが気楽で良いんスけどね……」
「かーっ! いじめられっ子からここまで成り上がった男なのに、なんで女子にモテねーのかねぇ。お前未だ童貞なんだろ?」
「ど、どうでもよくないっスか、そんな話題! 俺はボクシング一筋なんスから!」
「せっかく昨日もお前目当てに無料体験入会に来てくれた娘が二人もいたってのによ、お前が一言も話さないもんだから怖がって帰っちまったじゃねーか」
神久保の言葉に、武雄は俯いて黙り込む。
今やこの体格では日本一の実力者とはいえ、武雄は昔から気が弱くて人見知りな性格なのだ。特に女の子相手だと緊張してしまって、舌がうまく回らなくなる。
中学時代には、いわゆる陽キャと呼ばれる女子にひどいいじめを受けていたので、そういったトラウマも原因の一つだろう……。
「とにかく女にビビっているようじゃ世界なんて夢のまた夢だ。……ほれ見ろ。どうやら今日も女の子がやってきたみたいだぞ」
ニヤリと笑いながら、神久保が親指をクイッと入口に向ける。
すると、そこには一人の少女が立っていた。
見た感じ中学生か高校生くらいだろうか。マスクと帽子で顔はよくわからない。だが……その胸は、服の上からでもわかるほど豊満であった。
しかも、上のボタンは胸の谷間が見えるほどに開いており、その美しさと妖艶さといったら、そこらのグラドルなど軽く凌駕している。
「う……うあ……」
「ほら! 行ってこい! 会員を増やすチャンスだぞ! いや……もしかしたらあの娘はお前の運命の人かもしれんな、ふふふ……」
会長に背中を押されて、武雄はビクビクしながらもジムの入口に向かう。
そして少女の前に立つと、意を決して話しかけた。
「……ひょ! ひょうこそきゃみ久保ボクシングジムへ! き、きみは体験入会希望でひゅか!?」
噛んだ。盛大に噛んだ。
それでも少女は特に気にする様子もなく、体を前に倒して胸を強調させながら答える。
「はい~。わたし~、津久茂チャンピオンに~、ボクシングを教えてもらいたくてきました~」
必死に猫なで声を出してる感じだったが、正直だみ声であまりかわいくない。
しかしそれでも、そのはち切れんばかりの胸を前にした武雄は動揺し、ドキドキが止められなかった……。
「ま、任せなさい! さあ、こちらへどうぞ!」
武雄はなんとか平静を装い、少女をジム内に案内する。
まずは自分のカッコいいところを見せようと、サンドバッグの前まで少女を連れていった。
そして、勢いをつけてサンドバッグに右フックを繰り出すと、「ドゴォンッ!!」 と凄まじい音がジム内に響き渡る。
「す、すごいですねー」
「ああ、これでも世界ランキング三位だからね。こ、この調子で世界チャンピオンもすぐに獲ってみせるさ……」
おっぱいの大きい少女に褒められて、武雄は鼻高々だ。
緊張して喋れないかと不安だったが、近くで見た少女は思ったよりも地味な顔をしていて、それがかえって武雄の緊張を解いてくれた。
「さあ、まずは実際にミット打ちをしてみようか……」
武雄は少女に子供用のグローブを渡し、自分はミットを持って少女と向き合う。
「じゃあいきますよー。え~~いっ!」
少女が可愛らしい掛け声とともに、武雄のミットに向けてパンチを繰り出した。
しかし……その威力は、運動の苦手な女子学生がちょっと頑張って放った、というへろへろなものだった。
武雄は余裕をもってパンチを受け止め、そのまま少女に声をかける。
「うん、腕だけじゃなく足や腰も使うんだ。こうやって体全体を使って……」
軽くフットワークを踏んだりして動きを見せると、少女もそれにあわせて足を動かしたり体を動かす。
すると……ただでさえ大きかった少女のおっぱいが、その動きに連動してぽよんぽよんと揺れ始めた。シャツの前ボタンは開いており、その隙間に肌色の物体が見え隠れしている。
「そ、それで……それがあれで……つまり、その……」
耳まで真っ赤になった武雄は、その揺れる物体をチラチラと盗み見ながら、なんとか指導を続ける。
それに気づいているのかいないのか、少女は武雄に向かって再びパンチを繰り出した。
「いきまーす! ああっ! 足がもつれて躓いちゃったぁーー」
どこかわざとらしいセリフとともに、少女は武雄の胸元めがけて倒れ込む。
――むにゅうぅぅ~~♥
生まれてこの方、一度も感じたことのない感触が武雄を襲う。
そのあまりにも柔らかで心地よい感覚と鼻孔をくすぐるフローラルな香りで、武雄は気が遠くなっていく……。
「あ、あえお、えあああ! はぁ、はぁ……ふぅ~~~~っ!」
危うく気絶しそうになるところをなんとか耐え切り、少女を引きはがす。
「――くっ! ま、まずは着替えをしましょう! そのような格好だと動きにくいですからね!」
このままでは自分が持たないと判断した武雄は、少女の露出度を下げるために、すぐさま更衣室に案内して着替えさせることにした。
「……ち、女に免疫がゼロだってネットの掲示板に書かれてたのに……なかなかしぶといな。なら、もう一つ上の段階まで解禁するしかないか……」
なにか少女が小声で言っていた気がするが、今の武雄には気にする余裕などなかった。
そして、少女をロッカールームに案内すると、体験用のジャージをロッカーから取り出す。
「それじゃあまずこれに着替えてくれる――」
そう言って振り返った瞬間、武雄は固まった。
少女はすでに、上着を脱いでいたからだ。下はまだ短パンを穿いているものの、上は素肌に純白のブラしかつけておらず、しかも……サイズがあっていないのか、大事な部分が今にもこぼれおちそうになっている。
「あれれ~、チャンピオンどうかしましたかぁ~?」
そのまま前かがみで一歩、二歩と武雄に近寄る。
顔全体に血が巡って真っ赤に染まった武雄の脳に、その豊満な胸の谷間がクローズアップされた。
たゆん、たゆん、と揺れる胸に視線が釘付けになるなか、少女は更に距離を詰めていく……。
そして、それが武雄の体と今まさに接触せんとした、その瞬間――
――ブシャーッ!
武雄の鼻から大量の鮮血が飛び散り、更衣室の床を真っ赤に染め上げた。
そのまま武雄は後ろ向きに倒れ込み、意識を失う。
一度もパンチを繰り出すことなくノックアウトしたチャンピオンを見下ろすと、少女は顔に着いた血をぺろりと舐めとりながら高らかに勝利の雄叫びをあげた。
「ミニマム級チャンピオン! 津久茂武雄……討ち取ったりぃ~~っ!!」
少女は右手を握りしめて天高く掲げると、軽快にステップを踏み、シャドーボクシングをしながら空気中に鋭いパンチを繰り出す。
その動きは、先程のへろへろなパンチとは比べ物にならないほどキレがあり、そして速さも段違いだ。
「あばよ、チャンピオン。俺は貴様の屍を越えて、さらなる高みに登っていくぜ」
血塗れで倒れ伏す武雄にそう吐き捨てると、少女は満足げに胸を揺らしながらジムをあとにするのだった。
【名称】:ミニマムチャンピオン
【詳細】:その小さな身体から繰り出される拳は、最強にして最速。軽快な足さばきはあらゆる敵の攻撃をかわし、そのカウンターは一撃で相手をリングに沈めるだろう。世界タイトルまで、あと一歩だ!
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