第008話「神の双丘」

「ふあぁぁ~~……よく寝た……」


 俺は橋の下に設置したダンボールハウスから這い出すと、大きく伸びをする。


 そして川で顔を洗うと、水面に映った自分の姿を見て思わず溜め息を吐いた。


 そこにはボサボサの長い黒髪を垂らす、そばかすだらけで目つきの悪い青白い顔をした、いかにもモテそうにない少女の姿が映っている。



 ――女になって5日目の朝である。



 5日も経つとさすがに慣れてきた。だが、それでもこのままの姿で一生暮らしていくと思うと、憂鬱な気分になってくる。


「結局ホームレスになっちまったしよー」


 お金の入ったバッグはダンジョンの中に置いてきてしまった。


 事実上戸籍もないし、ゾンビなので国にも頼れない俺は、ホームレスとして生きていくしかないのだ……。


 アンデッドだから食事が必要ないのがせめてもの救いか。お腹が減る仕様だったら、完全に詰んでたわ。


「吸血して能力を獲得しようにも、あれから全然吸えてないんだよな……」


 あの快速おじさんのときみたいに都合の良い展開などそうそうないし、無理やり人を襲おうにも俺は弱すぎて返り討ちにあうのがオチだ。


 そもそも人間をやめたといっても、やはり通り魔のように人を襲って血を吸うというのは、どうも気が引ける。


 俺は小心者の小市民なのだ。


 高校時代に部活の後輩の女から「先輩ってやたら行動力ありますよね、悪い意味で (笑)」と言われたことはあるが、俺は至って普通の一般人……いや、今は一般ゾンビである。


「せめてもうちょっと可愛いければ、いくらでもやりようはあるんだけどなぁ」


 相手に好意を持たせて血を貰うとか、エロで釣ってその隙に血を採取するとかな。


 しかし、この姿じゃなぁ……。


 胸をぺたぺたと触って、がっくりと肩を落とす。とてもじゃないがこれでは誰も誘惑できそうにない。


 チビでガリで貧乳だが、ロリコン受けするって感じの容姿でもないし、変態のオッサンもさすがに守備範囲外だろう。


「とりあえず、街でも散策しながら方法を考えるか……」


 今日は土曜日なので、なんの憂いもなしに街をぶらつくことができる。


 俺は見た目中学生くらいのゾンビなので、夜中だけではなく平日の昼間もそこらをうろついていたら、公僕に目をつけられてしまうのだ。


 最初に【快速ランナー】を獲得できたのは僥倖だった。あれから何度か補導されそうになったが、なんとか逃げ切っている。


 もし警察に捕まってゾンビだということがバレたら、俺は研究施設に隔離されてしまうかもしれないからな。


 そうなったらもう、二度と日の当たる場所には出れなくなるだろう……。



「はぁ……。生者どもは楽しそうでいいな」


 駅前の繁華街にやってきた俺は、街を行くカップルや親子連れに思わず憎しみの眼差しを向けてしまう。


 が、そんな負の感情も、ある一点を視界に捉えた瞬間、一気に吹き飛んでしまった。


「……うお、すげ」


 三人組の女子高生と思わしき集団が、前方から歩いてくる。いわゆるギャルという人種だろうか。


 それだけなら特に興味を引かれることもなかったが、そのうちの一人に目を奪われる。制服の胸元を大きく開けた服装の白ギャルだ。



 あの子……めちゃくちゃいいおっぱいしてやがる!



 思わず視線が釘付けになってしまった。あんな美巨乳を目の当たりにしたのは、俺が死ぬ前でも記憶にない。


 女でしかもゾンビだから性欲みたいなものは沸いてこないけど、性欲抜きで純粋にすげーって思ってしまう、そんな神乳だ。


「あはは、あの子アンナのおっぱいめっちゃ見ててウケる!」


「しょーがないしょー、アンナのおっぱいは国宝級なんだから」


 両サイドにいるギャル友と思わしき二人が、アンナと呼ばれた白ギャルの下乳を持ち上げて離すと、まるで『ぽよん』と擬音が付きそうな感じで大きく揺れた。


 俺はもちろんのこと、周りにいた男どもも全員が足を止めてその光景をガン見している


「ちょ、やめろし! 恥ずかしーじゃん!」


 アンナは恥ずかしそうにギャル友の手を振り払って、両手で胸を隠す。


「服の上からでも凄いけど、中身もめっちゃ綺麗だからやばいよねー」


「それな。形とか大きさも完璧だし、アレの色も超綺麗だし。AV女優にでもなったら絶対ナンバーワン取れるわ」


「あんたらさぁ、人のおっぱいをなんだと思ってんの……。彼氏以外に見せるわけねーじゃん!」


 なんと中身も凄いのか。服の上からは完璧だが、脱いだらがっかりというのはエロ動画でよく見る話であり、男なら誰もが期待を裏切られた経験があるだろう。


 しかしあの白ギャルのおっぱいはそうではないらしい。どれほどのものか一度は拝んでみたいものだが……。


 三人のギャルは周りの注目を一身に集めながら、そのまま近くにあるハンバーガーショップへと入っていった。


 ……


 …………


 ………………


 ……はっ!? いかん、思わずガン見してしまっていた!


 あの白ギャルのおっぱいがあまりに魅力的すぎて、他のことが一切目に入らなくなっていたぞ。


 しかしあんなおっぱいを持っていたら、男どもを誘惑し放題だろうな。つるぺたの俺なんかとは、えらい違いだ。


 しばらくハンバーガーショップの前でボケーっとしていると、ギャル三人が店から出てきた。


 彼女たちはバーガーを食べながら楽しそうに談笑している。


 ――と、その時だった。


「いたっ!」


 アンナが急に顔をゆがめ、右手を抑えた。


 どさり、と持っていたバーガーが地面に落ちる。


「あ、紙で切った? たまに鋭い紙で手、切るときあるよねー」


「うわ! めっちゃ血でてんじゃん! 大丈夫?」


 見ると、アンナの右手の人差し指からボタボタと血が滴っており、地面に落ちたバーガーの上にも赤い血が飛び散っていた。


 それを見たギャル友二人が、慌ててポケットティッシュを取り出してアンナに手渡す。


「あー、ありがと。……はぁ、マジ最悪なんだけど」


「まあまあ、あたしらのナゲットわけてあげるからさー」


「ほら、絆創膏もつけてあげるから指出して」


 アンナはギャル友に慰められながら、ナゲットと絆創膏を受け取ると、地面に落ちた血のついたバーガーをゴミ箱に放り投げた。


「…………」


 三人が立ち去ったのを確認し、人の目がゴミ箱から外れたのを確認してから俺は素早い動作でバーガーを回収。そのまま路地裏に駆け込んで、急いで口の中に頬張り込んだ。


 30秒ルール! 30秒ルール! 頼む間に合ってくれ!


 祈るように咀嚼していると……。



《【神乳】を獲得しました》



 無機質な声が脳内に響き渡る。


 い……いやったぁーー! 成功だぁぁーー!!


 すると、俺の着ていた迷彩服の胸元がむくむくと盛り上がり始めた。


「ぬ、ぬおおおぉぉー! く、苦しいっ!」


 胸元のボタンが弾け飛び、服の中で膨らんでいたものが一気に解放される。


 それは……神々しいまでに白く美しい、二つの大きな果実だった。


 俺は思わず自分の胸を持ち上げてみる。



 ――むにっ、ぷにぃ~……ぷるるんっ♥



 ……やべーよこれ、マジでやべーわ! やばい以外の言葉が出てこない!


 その場でぴょんぴょんと飛び跳ねてみると、まるで胸にスライムがぶら下がっているかのように、たぷんったぷんっと上下に大きく揺れた。


「わははははははっ! これで俺もモテモテの少女に大変身だぜぇーーっ!」


 さすがに美少女とは名乗るのはおこがましいだろうが、この乳があるだけで女としてのスペックは大幅にアップしたはずだ。


 神乳を丸出しにした状態で、俺はくるくると回りながら喜びのダンスを踊る。


「うおーー! おっぱい、おっぱい!」


「ちょっと君」


「おっぱいぷるんぷるんっ! ちくしょーめ! あはははは!」


「ねえ、君!!」


「いやっほぉぉーー! って、え?」


 俺が神乳を揺らしながら喜びの舞を踊っていると、いつの間にか特徴的な紺色の制服に身を包んだおじさんが目の前に立っていた。


「ちょっと署までご同行願えますか?」


「……」


 即座にクラウチングスタートの体勢をとると、地面を蹴って一気に加速する。


「君、待ちなさい! うおっ! は、はやい!?」


 ぬあああぁ! 胸がぶるんぶるん揺れて走りにくい! これが巨乳の弊害か!


 俺は手で前を隠しながら繁華街の人込みに紛れ込むと、揺れる胸をじろじろ見てくる男たちの視線を振り切って、そのまま全速力で駆け抜けて行った。








【名称】:神乳


【詳細】:それは神から与えられた奇跡の双丘。大きさもさることながら、柔らかさと美しさ、そして張りを兼ね備えたまさに神の乳。異性は当然として、同性であっても思わず視線が釘付けになってしまう魔性の魅力を秘めている。

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