第二章 TSゾンビ編
第006話「TSゾンビ」
「……どうなってんだよこれ?」
俺の本体、どう考えても死んだよな? あの状況で助かるなんて絶対にありえない。
じゃあ今の俺は一体なんなんだ?
「もしかして【モンスター憑依】の能力を使ったまま死んだから、陰キャJKの死体に魂が固定されたのか?」
はっきりとした理由はわからない。
ゾンビになりかけの陰キャJKの体に入ったり、そしてそのままダンジョンから脱出したりで、色々な偶然が重なりこんなことになったんだろう。
「えぇ~……。もしかして俺、一生この体で生きていかなきゃいけないの?」
女になったのは……まあ、この際いいとして。
「でもなぁ……」
部屋にある姿見の前に立ってみる。
そこに映るのは、ボサボサでチリチリの黒髪に、一重まぶたで目つきの悪いそばかすだらけの陰気な顔。そして、血の気の失せた青白い肌に、肋骨が浮き出るほど不健康そうな体つき。
身長はかなり低く、150センチもなさそうに見える。しかも足は不格好なO脚で、背筋は勝手に猫背になるし、肩はなで肩だ。
「……」
そっと胸元に触れてみる。
……貧相だ。
手のひらにほんのわずかな膨らみを感じるが、それ以外は殆ど平坦だった。
続いてお尻も触ってみるが、男だったころと然して変わらないような、柔らかさも色気の欠片もない小尻だ。
それにダンジョンから逃げ出したときの動きを見たところ、運動能力もかなり低そうである。
「あー、あー、あー。俺の名前はナユタです」
声を出してみると、悲しくなるくらいかわいくないだみ声だ……。
あらゆる要素が平均より下の低スペックな陰キャ女子高生のゾンビ――それが今の俺の姿だった。
「それでもあんなところで人生を終えるよりは全然マシかぁ……」
そう前向きに考えることにした。
この娘の体を勝手に頂いちゃったことに関しては申し訳ない気持ちもあるが、彼女は自分の意思でダンジョンに潜って死んだ身だし、あそこで自我もないゾンビとなって永遠に彷徨うくらいなら、俺と統合したほうがマシだと思って許してほしい。
「でもどうすんだよ。アパートに帰るわけにはいかないし。俺、この娘の名前すら知らないんだぞ」
自分のアパートに帰っても、家賃が払えないから大家に追い出されるだけだし、どうにかしてこの娘の家に帰ったとしても虐待家族と学校でのいじめが待っているだけだ。
それに俺にはこんな状況を受け入れてくれるような信頼できる友人もいないし、児童養護施設出身だから頼れる血縁者もいないのだ。
これからどうやって生きていけばいいのか……。
「……ん? ちょっと待て? なにか見れそうだぞ」
目を瞑って意識を集中してみると、俺の頭の中に肉体の情報が勝手に流れ込んできた。
【肉体情報】
名前:陰キャJK
性別:女
種族:なりかけゾンビ (進行停止中)
能力:吸血
「おお! すごい! ステータスみたいのが見える!」
いや、名前が陰キャJKってなんだよ。まあ俺が名付けたんだけどさ。
かっこ悪いので頭の中でバックスペースを連打して名前を消すと、「ナユタ」へと変更しておいた。
「んん? なんか詳細も見れそうな気がするぞ」
再び意識を集中させて、心の中で【なりかけゾンビ】の項目をタップした。
【名称】:なりかけゾンビ
【詳細】:生命活動を停止した人間がゾンビに変貌する過程。とても弱い。アンデッドなので、排泄や食事などは必要としない。まだゾンビウイルスをばら撒く能力がない。とても弱い。
「……なぜとても弱いを二回も書いた? そんな弱いってこと?」
ま、まあいい。でもゾンビウイルスをばら撒く能力がないのは僥倖だ。
俺のせいで日本の街にゾンビが溢れたりなんかしたら、自衛隊が動いてキャリアの俺はあっさり殺されてしまいそうだからな。
「ところで、説明にはなかった進行停止中ってなんだろう? これ以上はゾンビ化しないってことかな?」
この娘の肉体に俺が憑依したことによって、ゾンビ化を防いだのか。もしくはダンジョンから外に出たことで、完全にゾンビ化が阻止されたのか。
なんにせよ助かる。ゾンビはとにかく臭いからな。
「いや……でもほんのり臭うな。なりかけでもやはりゾンビはゾンビか……」
俺は立ち上がり、くんくんと自分の体のにおいを嗅いでみる。
正直ちょっと臭いが、まあ我慢できる範疇だ。間近で嗅いでみないとわからないレベルの臭さだろう。
続けてそっと転移陣に手をかざしてみる。
するとわずかにだが、文様は輝きを放った。どうやらなりかけだと半分人間とみなされてダンジョンの中に入れるようだ。
「いや、行かないけどね?」
ダンジョンの中に入ったらゾンビ化が進行するかもしれないし、最悪憑依が解けて俺が死ぬかもしれない。そんなリスクを冒してまでダンジョンに行くメリットがない。
「最後にもう一つ確認することがある」
それは、俺が最も注目している【吸血】の能力である。
スキルは本来ダンジョンの中でしか使えない。俺が今もこの体を操れているのは、本当に偶然が重なった例外中の例外なのだと思われる。
そして、もう俺のなかに自分自身のスキルを使えそうな感覚はなかった。
ステータスにも書いてなかったし、おそらく俺の本体が死んだ今、もう二度と【モンスター憑依】の能力は使えないのだろう。
話はずれたが、とにかくスキルはダンジョンの中でしか使えないのが大原則。
だが、人間は無理でも実は例外としてモンスターはダンジョンの外でも特殊能力を使用することができるのだ。
本来モンスターはダンジョンの外に出ることはできないのだが、数年前にアメリカで"魔物の壺"という魔導具から街にモンスターが溢れてしまう事件が発生した。
そいつらはアメリカ軍によって討伐されたのだが、その際そのモンスターどもはダンジョンの中と同様の特殊能力を使用できていたことがわかったのだ。
「つまり……だ。モンスターと化したこの体なら、ダンジョンの外でも能力を使うことできんじゃねーかって話だよ!」
どうよ? この天才的な閃きは。自分の発想力に思わず身震いをしてしまうぜ。
俺は頭の中で【吸血】の項目をタップし、詳細情報を開いた。
【名称】:吸血
【詳細】:血を吸った人間の長所を取り込むことができる。獲得できる長所は一人につき一つのみ。長所とは先天性のものだけでなく、努力や経験によって後天的に身についた技能等も含まれる。ただし、血は肉体から離れて30秒以内の新鮮なものでないと効果を発揮しない。また、血を吸うたびに知性を失っていき、5人も吸うと完全に廃人となる。
「う~ん、やっぱ駄目か……。能力自体はダンジョンの外でも使えそうな感覚があるしチート級だけど、デメリットがあまりにもでかすぎる」
吸血するたびに俺が俺でなくなってしまうなら本末転倒だ。
せっかく生き延びた(?)のに、普通の女子学生以下のスペックのゾンビとか、これからの人生どうするんだよ……。
俺は大きく溜め息を吐きながら空き家の床に寝転んだ。
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