第004話「ゾンビダンジョン」
「おらぁ!」
襲い来るゾンビを、三島が金属バットでボコボコにしていく。
さすがは現役のダンジョン攻略者なだけあって、動きや判断力などどれをとっても俺たちとは比べ物にならない。
「朝霧ぃ! ビビってないでお前も戦え!」
三島の怒鳴り声に、俺は慌てて手に握りしめていた金属バットを振り下ろす。
だが、力が入りすぎたのかゾンビの頭に当たった瞬間、ぐちゃりと嫌な音がしたかと思うと、頭が粉々に砕け散ってしまった。
そのあまりのグロさに思わず吐いてしまいそうになるが、なんとか堪える。
「あ、案外弱いんだな……」
オタクが俺と同じようにゾンビの頭をバットで叩き潰して呟くが、三島が真剣な表情でそれを制した。
「油断すんな! ゾンビは弱いが、口や傷口から奴らの体液が入ると自身もゾンビになっちまう。それにゾンビに殺された人間も同じようにゾンビとなって復活する。気を抜いてるとお前らもあっという間にゾンビの仲間入りだぞ!」
その一言に、全員がそろって顔を青ざめさせた。
こんな洞窟でゾンビになって死ぬなんて絶対にごめんだ。生き残って100万円を手に入れ、今度は真面目に就職活動をしよう……。
俺は改めてそう決意すると、金属バットを強く握りしめた。
それからしばらくゾンビを撃退しながら歩いていると、洞窟の最深部にたどり着いたのか、目の前に巨大な扉が立ちはだかった。
「あっさりボス部屋に着いちまったな。大抵はボス部屋の周辺に帰還の転移陣があるんだが……お、あれだな」
扉を正面にして左に一本の長い通路が伸びており、その通路の先に帰還の転移陣と思わしき光が見えた。
「ボスがあまりにヤバい場合は、あの転移陣で逃げる。だが、俺が指示するまで勝手に逃亡するんじゃないぞ? 仲間を見捨てて自分だけ逃げたやつからは前金を返してもらうからな」
俺たちは三島の指示に無言で頷くと、ゆっくりとボス部屋へと続く扉の前に歩み寄った。
ちらりと他の参加者たちの表情を窺うが、みんな緊張しているように見える。まあ、ダンジョンのボスと戦うなんて初めてだし仕方ないよな……。
「三島さん……これを」
「おう」
一ノ瀬と呼ばれてた巨漢の男が、自分の荷物から先端に赤く光る宝石が取り付けられた杖のような物を取り出すと、それを三島に手渡した。
なんかゲームに出てくる魔法の杖みたいな見た目だな。
「ゲームに出てくる杖みたいだと思ったか? 実際そんな感じのアイテムだ。こいつは"火炎の杖"と呼ばれる魔導具で、ロケットランチャーのような火炎弾を一日に一発だけ発射できる」
「それは凄いですね……」
「ああ、だが逆にこれが通用しなかった場合、俺たちに勝ち目はないだろう。そのときは俺の指示に従って逃げるんだ」
三島の言葉に、全員が神妙な面持ちを浮かべた。
ロケットランチャーと同等の威力で倒せないようなやつを、俺たちが金属バットで倒せるわけもないしな……。
「俺だ。今からダンジョンのボスに挑む。もし数時間経っても俺から連絡がなければ、俺の死は確定したと思ってくれ。ああ……じゃあ、行ってくる」
スマホで外の誰かと連絡を取っていたらしい三島が、電話を切ると俺たちの方に振り返った。
「……よし、開けるぞ。扉を開けるまではどんなボスがいるかわからん。警戒を怠るな」
先頭に三島、一歩引いた位置に一ノ瀬と二村が、さらにその後ろに俺たちバイト組の順で並ぶと、三島はボス部屋の扉をゆっくりと押し開いた。
ぎぎぎ……と鈍い音をたてながら扉が開いていく。
全員が武器を構えるなか、俺は三島の後ろからそっと部屋の様子を窺う。
扉の向こう側には、これまでの岩肌剥き出しの洞窟とは打って変わって、綺麗に整備された石壁と床で作られた、学校の体育館ほどの大きな部屋が広がっていた。
その中央には、大型犬のようなゾンビがおり、俺たちを威嚇するように牙をむき出しにしている。どうやらあれがボスのようだ。
周囲には人型のゾンビが十体以上おり、まるでボスの護衛であるかのように立ちはだかっていた。
「動物型のゾンビか……。動きが素早いようなら厄介だな。お前ら! なんとかして俺が火炎の杖を当てる隙を作れ! 嚙まれないように気をつけろ! こいつを倒せば報酬の100万はお前らのもんだ、気合入れていけよ!!」
「「「う、うおおおおぉぉぉ!!」」」
恐怖を振り払うかのように、俺たちはバットやゴルフクラブを握り締めると、一斉に雄叫びを上げてゾンビたちへと突撃した。
だが、ボスの犬型ゾンビはその見た目の通り、人型とは比べ物にならないほどに素早く、俺たちの攻撃をひらりひらりと回避していく。
そして――
『グルルル……グワァッ!』
「ぎゃあぁーーーーッ!」
俺たちの中で一番動きの鈍かったオタクが首筋に犬型ゾンビの牙を立てられ、血しぶきを上げながらその場に崩れ落ちる。
彼はびくんびくんと痙攣したまま動かなくなってしまった。
「きゃーーーー!」
「う、うわぁぁ!!」
それを見たホスト狂いと横領がパニックを起こし、犬型ゾンビから距離をとろうと後ずさるが、その隙を見逃すほどボスの護衛たちは甘くなかったようで、人型ゾンビたちが彼らに一斉に向かっていった。
足がもつれて尻もちをついたホスト狂いと横領に人型ゾンビが群がり、その首筋に噛みつく。
「あいつらはもう駄目だ! 朝霧ぃ! ボケっとしてねーで死にたくなけりゃお前も戦えぇ!」
「う……うぁ……」
こ、こんなの聞いてねえよ……。三島のやつ自信満々だったじゃねーか。全員無事に帰れる流れだったろ! なんなんだよこの展開はっ!!
俺は足をガクガクと震わせながら、その場に立ち尽くしてしまう。
しかしそんなことはゾンビたちには関係ないようで、オタクの首筋に噛みついていた犬型ゾンビが、ゆっくりと彼から離れるとこちらへ向かってくる。
その口元は血で真っ赤に染まっており、まるで俺を食い殺すのが楽しみで仕方ないといった様子だ。
「う、うわ! うわぁぁぁぁ!」
恐怖に顔を歪め、がむしゃらに金属バットを振り回す。
すると、強運というべきなのか、飛びかかってきた犬型ゾンビの頭部に偶然にも金属バットが当たり、そのまま地面に叩き落とすことに成功した。
だが、その一撃では犬型ゾンビを絶命させるには至らなかったようで、奴は頭をおさえてよろよろと立ち上がる。
「朝霧でかした! そこから離れろ! 火炎の杖を使う!」
俺が犬型ゾンビから慌てて距離をとった直後、三島は手にしていた"火炎の杖"を振りかざした。
すると、杖の先端から炎の塊が発射され――
――ドガァァァァン!!
激しい爆発音とともに、犬型ゾンビの頭が木っ端みじんに吹き飛び、ひどい悪臭と肉片があたりに散乱する。
あまりの光景に、俺は思わず胃の中のものを吐き出してしまった。
「よっしゃー! これでまた新たな魔導具ゲットだぜー!」
そんな俺とは対照的に、三島は歓声を上げると一ノ瀬や二村とハイタッチを交わし、お互いの健闘を称えあっている。
「や、やった……のか?」
犠牲者は出てしまった。それでも俺たちは、見事にダンジョンボスを倒したのだ。
これで無事100万円をゲットできたことになる。
家に帰ったら大家さんに家賃を払って、そしてホワイトカラーの会社に就職しよう。こんな仕事なんて二度とやらないぞ……。
そんなことを考えながら、ふと犬型ゾンビの死体に視線を向けると――
「……あ、あれ? あいつまだ動いてないか?」
頭部が吹き飛んだはずの犬型ゾンビが、ピクピクと痙攣しながらその場から起き上がろうともがいているのが見えた。
もう戦いは終わったと全員が気を緩ませており、三島たちは背を向けてハイタッチをしているせいか、それに気付いていない。
そして、体だけとなった犬型ゾンビは、何事もなかったかのように立ち上がると、三島たちへと襲いかかろうと走り出した。
も、もしかしてアンデッドだから頭が吹き飛んでも動けるのか!?
「み、三島さん後ろッ!」
「――あ?」
慌てて三島に声をかけるも、彼が犬型ゾンビの接近には気づいたときには、その首は鋭い爪で斬り裂かれていた。
首から大量の血を吹き上げながら、その場に崩れ落ちる三島。
続けざまにその背後にいた一ノ瀬と二村も襲われ、あっという間に無残な死体と成り果てる。
犬型ゾンビは顔のない身体をこちらへ向けると、まるで俺を嘲笑うかのように、小刻みな動きでカタカタと骨を鳴らした。
ふ、ふざけんなよ! なにがベテランダンジョン攻略者だよ! 全然役に立たねえじゃねえか!
俺は再び胃の中のものを吐き出すと、その場から一目散に逃げ出そうと走り出した。
「お、おい! 君も早く逃げるぞ!」
近くでボーっと突っ立っていた陰キャJKの手を握って走り出そうとするが、彼女はなぜかその場から動こうとしない。
次の瞬間、彼女はぐらりと体を傾かせ、そのまま地面に倒れ込んでしまった。
「……は? え?」
仰向けになった彼女の顔は、瞳孔が開ききっており、口からはだらりと舌が垂れている。頭からはどくどくと血が流れ出ており、すでに生命活動を停止しているのは明白だった。
ふと、後ろを振り向くと、ゾンビとなったオタクが血塗れの金属バットを握り締めて佇んでおり、俺は声にならない悲鳴を漏らす。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
死んだ! 死んだ! みんな死んだ! あんな子供まであっさり殺されちまった!
周りを見ると他の参加者たちは既に全員が殺されており、ゾンビたちがその死体に群がっている。
俺は股間から温かい液体を垂れ流しながら、必死に出口に向かって駆け出した。
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