第002話「かわいくない女の子」
「ふー! ふー! 100万もあればゆりりんたんに赤スパ投げ放題だあ!」
「あー、早く大金ゲットして毎日パチンコいきてえな」
「こ、こ、これだけお金を貢げば……聖司もあたしを客じゃなくて一人の女として見てくれるはずよ……」
「なんとか横領した金がバレる前に元に戻しておかなければ……」
「薬……薬を買わなきゃ……! か、体が痒い! 頭がおかしくなりそうっ!」
「…………」
ダンジョン探索の当日、集合場所である都内の某駅前にやってきた俺は、早くも帰りたい気持ちでいっぱいになっていた。
どう見てもヤバい奴らしかいないんだが……。人生詰んでて、もうなりふり構わなくなった人間のオフ会のような雰囲気じゃねーか。
大金に釣られて早まったかもしれない……。年も24歳の俺が一番若そうなくらいだし……。
いや、一人だけ明らかに俺より年下っぽいやつがいるな。高校生か、もしくは中学生かもしれない女の子だ。あんな子供が参加して大丈夫なんだろうか……。
「……なにこっち見てんですか?」
ジロジロと見ているのに気づいたのか、その中学生くらいの少女はイラっとした様子で俺にガンをつけてきた。
正直……あまりかわいくない女の子だ。
目つきは悪いし、髪はチリチリのボサボサだし、顔はそばかすでいっぱいだ。
身長も低く、体は細いけど不健康そうで胸は断崖絶壁。足はO脚で猫背なのが、よりその少女を陰鬱に感じさせている。
声もだみ声だし、はっきりいって男にモテなさそうな要素をこれでもかと詰め込んだような少女だ。
だが、こんな子供が危険なダンジョンに潜ろうというのだから、大人の俺としては見過ごすわけにはいかない。
俺は少女を安心させようと、キメ顔を作って優しい口調で話しかけた。
「君、こんな危ないことに参加するのはやめたほうがいいよ。人生は長いんだ、学生はもっとちゃんと青春を謳歌したほうがいい。さあ、今からでも遅くないから帰りなさい」
決まったな……。かっこいいお兄さんに声をかけられたことで、この少女もきっと俺に惚れてしまったことだろう。
「は? 若ければ誰でもいいってタイプ? 私がブスだからワンチャンあるとか思った? マジキモいんだけど」
「……」
どうやら性格も悪そうだった。
「いや……でも本当にダンジョンは危ないんだ。余程切羽詰まった理由もなしに、こんなの参加するなんて馬鹿げてるよ」
再び少女を諭すように説得する。しかし、彼女はそんな俺に対してゴミでも見るかのような視線を向けてきた。
「両親は事故で死んで親戚の家に預けられたけど、叔父と叔母からは毎日虐待されてる。学校に行ったらひどいいじめが待ってるし、教師は見て見ぬふり。当然友達も一人もいないし、ブスだからパパ活みたいなことしても金なんて稼げない。自殺しようとしたけど、どうせ死ぬなら最後にダンジョンで一発あてて大金でも稼げたらって思ってここに来たわけだけど……なにか文句ある?」
「……申し訳ありませんでした」
「で? お兄さんはどんな切羽詰まった状況でこんなのに参加してるわけ?」
「……大変失礼いたしました」
俺は部長の大切にしていた花瓶を割ってしまったときのように、ぺこ~っと頭を90度に曲げると、そそくさと逃げるように少女の側を離れた。
◇
「おー、お前ら。集まってるなぁ」
しばらくその場で待っていると、ダンジョン探索会社の社員らしき男が俺たちに近づいてきた。
案の定……とでもいうべきだろうか。どう見ても堅気ではなさそうな強面の男である。
これは本格的にやばそうだぞ……と思った俺は、辞退を申し出る決心をしてその男に話しかけた。
「あのぉ……やっぱり俺……辞退させてもらっても……」
しかし、俺が言い終わる前に、男は俺の肩を組んできた。
「なはははは! あんちゃん不安か? 大丈夫だって! ほら、これ前金な」
男は肩にかけていた鞄の中から帯のついた札束を取り出すと、それを俺に渡してくる。
「50万円ある。仮に探索に失敗してもそれは持って帰ってもいいぜ。ほれ、他の参加者も受け取りにきな」
「「「うおおおおおおおお!!!」」」
参加者たちは目の色を変えて、我先にと前金を受け取りに男に群がる。
俺は手元ある札束をジッと見つめた。
ま、まあちょっと話を聞くくらいなら大丈夫だろう。それでやばそうだったら改めて辞退すればいいんだし……。
自分にそう言い聞かせながら、俺は鞄の中に札束をねじ込んだ。
「お前ら、ダンジョンについてどれくらい知っている?」
参加者を引き連れて、これから行くダンジョンへ繋がる魔法陣があるという空き家にやってきたところで、男は俺たちにそう質問してきた。
男の名は
「えーと、魔法陣に触れたらダンジョンに転移するんですよね? それで、ボスを倒さない限りは外には出られない……でしたっけ?」
俺の回答に三島は頷いた。
「ああ、大体そんな感じだ。補足すると、ボスを倒す以外にも帰還の魔法陣を見つけられればダンジョンから脱出することはできるがな。ボスがヤバそうな場合は、そこから脱出する。その際は前金の50万は返さなくていい」
「「「おお~……!!」」」
前金を返さなくていいという話を聞いて、参加者たちが感嘆の声をあげる。
「続きを話すぞ。魔法陣――俺たちは"転移陣"と呼んでいるが。転移陣の文様によってダンジョンの難易度や出現するモンスターの種類が変わってくる」
三島は俺たちに背を向けると、空き家の畳を剥がして、その下に隠されていた転移陣を露出させた。
その転移陣にはゾンビのようなモンスターと、星のマークが一つ描かれている。
「転移陣に描かれている星のマークは、難易度を表している。星一つが初級ダンジョン、星五つが最上級ダンジョンといった具合だな」
そして、ゾンビが描かれているので、このダンジョンに出現するのはゾンビ系モンスターということらしい。
「ダンジョンには武器は持ち込めない。だが、これが結構曖昧な判定でな……ほら、お前らこれを持て」
三島は部屋の隅に置いてあった金属バットやゴルフクラブを俺たちに配り始めた。
「銃や火薬系の武器は完全にアウトだ。それに包丁や剣などの刃渡りのある武器も持ち込めない。だが、バットやゴルフクラブといったスポーツ用品はセーフらしい」
なるほど、確かにこれらを持ち込めるなら素手なんかとは比べ物にならないくらい有利に戦えるな。
「そして、ダンジョンの攻略報酬である"魔導具"も持ち込める」
ダンジョンのボスを倒すと、ドロップアイテムとして地球には存在しないような不思議な道具が手に入るらしい。
それらは"魔導具"と呼ばれ、物によってはオークションで億を超える値段で落札されたりするそうだ。ダンジョン探索のバイトの報酬が異常に高いのも、その魔導具が高値で取引されるからだろう。
「ダンジョン内は電波も何故か通じていて、電話や動画撮影も可能だ。だが、少しでも集中力を切らすと死に直結するから、そのようなながら行為は絶対にするなよ」
今でも馬鹿な動画配信者がバズるためだけにダンジョンに潜っては、モンスターに襲われて死ぬニュースを定期的に見る。
世間ではダンジョン配信イコール『死んでみた動画』という認識だし、三島もその危険性は十分理解しているのだろう。
「今の世の中、真面目にダンジョンを探索するような人間は馬鹿だと嘲笑われる。だが、俺はそうは思わない。星一つのダンジョンであれば、危険ではあるが攻略は可能なんだ。そして、おそらくダンジョンとは、星一つのダンジョンから魔導具を集めて上のクラスを目指すようにできているのだと俺は睨んでいる」
……おお。
ただの「ヤのつく人」かと思ってたけど、もしかしてガチでダンジョン攻略のプロなのか?
金だけが目的だったけど、こういうこと言われるとなんだかワクワクしてくるな。
三島の言葉に他の参加者たちも感銘を受けたのか、目を輝かせて彼の話に耳を傾けている。
「ここは星一つのゾンビダンジョンだ。ゾンビは動きが鈍いので、バットやゴルフクラブで十分対応できるはずだ。どうだ? 報酬からして騙されているんじゃないかと不安なやつもいるかもしれないが、俺はクリア可能だと確信している。……まあ、帰りたいやつは帰ってもらって構わないが」
挑発するような笑みを浮かべながら、三島は参加者たちを見回す。
だが、誰も部屋を出て行こうとはしない。
俺たちはお互いに目配せしあったあと、全員が探索に参加の意思を示すように頷いた。
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