帰路(あるいは岐路)

 謎の生き物はユルいと言った途端に踵を返して校舎を離れていった。

「あーあ、かわいそうに。神龍(仮)帰っちまった。八雲くんがユルいって言ったせいじゃね」

 デカい声の男は不満そうに口を尖らせた。

「でも、実際ユルいじゃないですか。あれ、フェリシモの通販で売ってそうです」

「間違っちゃねーな」

 デカい声の男は口を開けて笑う。ギザギザした歯をしているなと思った。

「あー面白ろ。八雲くん、最高だな! 飯奢ってやるから一緒に食ってかねー? 駅前の中華」

「嫌です」

「なんで即否定すんの? 奢るって言ってるのに?」

 デカい声の男は残念そうに肩を落とす。多分わざとだ。

「駅前の中華、マズいし。それに母がもう晩飯作ってますから失礼します」

 肩を落としたままのデカい声の男を放置して校門を出る。スマホを取り出す。案の定、母からメッセージが来ている。

『晩ごはんは天ぷら』

『パレマルシェでちくわ買ってきて』

 OKのスタンプを押して国道を南へ向かう。

 そういえば、デカい声の男の名前を聞いていなかった。別に聞きたくもないけど。

 唯一知っている情報として戦闘短歌部を検索してみる。SNSのアカウントが検索結果に出た。

 ヘッダーに筆書きの「言葉は暴力」「脳は虐殺器官」「殺す気で詠め」が載っている。間違いなくこのアカウントだ。

 ポストの内容は歌会を催したとか、文芸フリマで歌集を売ったとか。至って普通の大学短歌会のアカウントにしか見えない。

 無論、出来損ないに関するポストなんてない。あれは結局、何だったんだろう。

 なんて考えていたらパレマルシェに寄らずに自宅に着いてしまった。

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