出来損ない、現る。

「退部します」

 実際には入部すらしてないけれど。

 ラノベや漫画なら今から面白くとんでもない学生生活が始まるのだろう。けれど、僕は面白くとんでもない学生生活なんて望んじゃいない。望んじゃいないから田んぼばかりの平べったい田舎に進学したというのに。

「無駄だ。公式に存在しない以上、退部は不可能だ」

 何という無茶苦茶な理屈だろうか。一休さんでもこれよりはマシなトンチを言うはずだ。

「いいから放っといてください」

「せっかく見つけた逸材を放置しろって言うのか? 目の前に二郎のヤサイマシマシカラメマシアブラマシマシが来たのにお預けを食らうようなもんだぞ。酷だとは思わないか」

「思いませんね。例えが分かりづらいし」

「短歌作るとモテるぞ。老若男女に」

「モテたくないです」

 そう言うと、デカい声の男はついに黙った。

「もう作りたくないんですよ。短歌」

 吐き捨てて部室を出た。いつの間にか窓の外はオレンジ色を帯びている。校門は東側だから反対側へ向かえば帰れる。さっさと帰りたい。帰って風呂に入れば全部忘れてしまえる。

 なのに、デカい声が背中に浴びせられる。

「嫌になったのは人間関係だろう。短歌じゃない」

 足を止めたくないのに進めなくなった。図星だったからかも知れない。

 振り返らずに答える。

「あんたに何が分かるのか」

「まだ聞いてないから分からん。けどな、短歌が嫌いになったやつは未練がましく「もう作りたくないんですよ」なんて言わねーよ」

 反論したいのにできない。悔しい。でも、ここで立ち尽くしていたらその通りだと答えるようなものだ。だから帰ろうと足を踏み出そうとする。しかし足が動かない。足元に目をやる。何かが絡まっていた。目を凝らして見る。文字が書かれた腕だ。耳なし芳一じゃあるまいし。けれど書かれている文字はお経ではない。AIが描写した看板のような存在しない文字の羅列だ。

「また来やがったか。出来損ない」

 デカい声の男は声を潜めて言った。

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