第21話 いぬがみけ

 長野はすべて山の中である。

 海鮮があるわけがない。

 食べられるものは蕎麦しかない。

 そんな偏見で臨んだ歓迎会には、葡萄牛とワインが出た。

 融合者はアルコールごときに体を犯されはしない。

 18歳未満でも飲酒は構わない。当然酔わないが。

 神戸から来て、牛肉自慢されても困る。

 海野さんもそれは気付いたようで、肉食べに来たわけじゃないですと、故郷の対応に若干切れていた。


 何が出るか、ふたを開けに来ただけなので、さっさと済まそうと思う。

 上池の北500メートルにある5キロのボスは、垂尾の日本犬。可愛くない柴犬を軽トラ大にしました。

 名前は大柴。柴って小さいって意味じゃなかった?


 もはや5キロボスは僕の相手ではなく、ボスエリアに入ると飛び掛かって来た犬に、正面から額に衝撃波の掌底を打ち込んで倒した。

 出たのは霊力のオーブ大。霊力が10上がる。

 見た目が霊力のオーブの一回り大きなものだったので、実験動物として浄化師より霊力の少ないズズちゃんに取らせた。


「全部スキルって訳じゃないのか」

「38の5キロボスから全部スキルが出たら、楽過ぎると思ったのかな」


 外れ扱いになったが、取得可能スキル数に霊力が関係すると判ってからは、再評価された。

 北上で出たのは、太めのコウノトリだった。どのオーブにも反応せず、何だか判らなかった。

 僕が獲ったら、サファイアの珠が出た。

 持つと勝手に融合して、飛行力が強化された。


「これ、猛禽類じゃないフュージョナーの飛行力を強化する。翼がないと駄目」

「なんなの、その条件いっぱいの割引券みたいなの」


 強化対象ではないアイちゃんが文句を言う。


「獲り易い翼のないフュージョンモンスター獲って、低飛行力の翼入れて、これで強化する、かな」

「誰がそんなめんどくさいことするの」

「北上か6、7キロで翼が生えるモンスターが見つかれば、ありじゃないか」


 確実に獲れる翼の生えるモンスターが見つからないと、役に立たないので、上池北ダンジョン自体がハズレのように思われてしまった。

 がっかり感に浸りながらのお昼になった。

 その間に情報が軍に拡散して、午後の開始までに、後付けの翼を持つフュージョナーが6人集まった。

 ズルズルと増えるのは判り切っているので、三日後の午後には小諸に行くことにした。


 小諸の6キロの回し車エリアには、一本角の牛が現れた。

 融合用ではないので、僕が倒したら色つきのオーブが出た。


「射撃のオーブですね」


 付いて来た先行隊長榎田中佐が言う。6キロなんだから少佐に任せればいいのに。

 人間はみんな射撃を持っている。

 射撃のないファミリアは角がない。


「誰も取らないとただのマナコアになっちゃうんだから、アンディ、食べちゃって」

「クウ?」

「烏が衝撃波吐くんだから、なんか出来るようになるかも」

「クッ!」


 射撃のオーブを飲んだアンディは、気弾を吐けるようになった。

 剣の切っ先からより射程が短く、散弾銃のスラッグショットみたいだけど、やれるとやれないじゃ大違い。


「大軍鶏は人気ですから、これは当たりですね」


 日本拳法の使い手、小諸の撲殺獣の山羊さんが嬉しそうである。 

 嘴の曲がった鳥は無理なんじゃないかと、ここでも猛禽類が外された。

 7キロ、8キロを見てみるので、何が出ても1日だけの予定だったので、調理主任を連れて行って射撃を取らせた。


 7キロは熊サイズの犬だった。

 頭は焦げ茶一色だが、体は焦げ茶と茶の斑で、腹は白い。

 フュージョンモンスターだった。


「三毛犬だ」

「ミケーヌ」

「狼です」


 海野さん、それは無理があると思うよ。


「海野さん、獲る?」

「獲ります。天駆は取れるのですし、翼も生やせるかもしれません」


 攻撃力、防御力、耐久力に優れた三毛犬は、海野さんと三角山羊の幸丸の二連装速射砲を浴びた後、接近戦で突きまくられて、あえなく沈んだ。

 頭髪が長さ15センチくらいの焦げ茶の和毛になった、以外の変化がない。


 変身時には僕も男なので隔離される。

 変身後の装甲は、琥珀と焦げ茶の斑のべっ甲色。 

 顔防具が黒でもおかしくないので、怪人仮面を上げた。

 三毛犬はスキルに恫喝の咆哮を持っていたが、格下の群れと戦う時くらいしか使い処がない。

 このモンスターは三毛犬なのに、お地元が狼だと言い張り、小諸狼と言う名になる。


「ズズちゃんはどうする? 負けるとは思えないが」

「犬と呼んで欲しい気はするけど」

「何を言ってるんだ」


 一方的に乳繰られ過ぎて、マゾっぽくなってきている。


「何が欲しいの」

「鳥。出来たら烏。青じゃなくてもいい。わたしは護身用だから」

「赤鷲はまだ厳しいか」


 ズズちゃんがパスしたので、午後は運のいい人を連れて入った。

 8キロに行くので、どんなに希望者がいても明日はやらない。

 帰って来たら、お義父さんがいた。


「明日8キロ行くだろ、犬っぽい2級が出たら俺が獲る」

「おかあさんズは?」

「一緒に来てる」


 そんなに都合よく行くものかと思ったのがフラグになってしまったのか、角の生えた巨大犬が出てしまった。

 体型はサモエド系か。体毛は黒虎毛。

 刺すと意図しない致命傷を与えてしまうかもしれないので、お義父さんが得物を短槍から長巻に替えた。


「よおし、よしよし」


 何かを撫ぜている訳ではない。変な気合を入れている。


「勝頼、行くぞ」

「グフ」


 策も何もなく飛び掛かって行った。

 巨大犬は似たような顔をした、長巻を振り回す女体化したおっさんに、なすすべもなく斬り伏せられて、降参した。

 勝頼は一緒に走って行っただけ。

 大怪我の癒えた犬が出て来る。あんまり変わっていない。色合いがはっきりしたくらい。


「狛犬だよな、どう見ても。お前は、金剛」

「ぐおう」


 狛犬と似た仕事をしているのが仁王様で、本名が金剛力士だからだそうな。

 巨大犬の名前は穢れエリア討伐の願いも込めて、拒魔犬になった。

 漢字が違うだけ。 

 射撃、天駆持ちだったのだが、9キロエリアのモンスターを狩り慣れている、飛行力のあるシフトボディが相手では、どうにもならなかった。


 午後は、自分の処で犬系が出るのを期待して2級を獲らなかった、榎田中佐が狩った。

 打撃でわからせた。やはり、ひどい絵面だった。


「これ、何日やってもらえるかな。食事前に報告して、入る前に確認したら、中佐限定なのに希望者が8人いた」

「明日、海野さんにボス単独討伐をしてもらったら、北海道に行くつもりだったんです。みんなの獲りたいものを早目に出した方が、北上が多く出来るようになるんじゃないかと」

「それはそうだね。じゃ、断るか」


 自分が獲っちゃったので、他人事。


「日程が決まってる訳じゃないので、4日で済むならやります。増えたらやらないと言うことで」

「出遅れに掛ける情けはないね」


 増やしたくないのか、この人は。

 海野さんは5キロの北上をやってもらう。レアモンが出なくても、北上だけでも地域貢献になり、適性値が上がると思う。

 ボス単独討伐は、出来るだけ適性値を上げてからの方が良いと思うので、用があるなら先にそっちを済ます。


 2人ずつ来ればいいのに、夜に4人来た。

 2級オーブの時に見た人ばかりで、また頼むよ、とか言われたのだけど、名前までは憶えていない。

 中佐ならば2級に後れを取る訳もないのだけど、お前の道具になるくらいなら死んでやる、ということも起きる。

 今回はハラキリ騒動になる事もなく、無事に全員一回で獲り終えた。


 海野さんが、単独討伐をする日がやって来た。

 僕は瞬殺してしまったので、参考にはならない。

 しかし、どちらも速射持ちの変身美少女忍者と山羊のコンビは、でかいだけの犬を翻弄して勝った。

 しかし、結晶の山が崩れて出て来たのは、ただのマナコアだった。


「そんな」

「いえ、貰いました、従魔の空きスロットが増えたんです」

「そんなのありか」


 僕の空跳がハズレになって行く。所詮試作機。


「どうする、拒魔犬獲る?」

「やらせてもらえるんですか」

「もう待たせる必要もないから、向こうの都合だけど、入れるようなら、2級オーブと拒魔犬を一度に取ってしまおう」

「わたし、一族最強です!」


 抱き付いて来て、泣き崩れてしまった。

 彼女も戦士系の家系に生まれて、浄化師だったのは肩身が狭かったそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る