第3話 現実は穴に落ちたとかで最強になれたりはしない

  戦闘スケジュールの関係で2日後に引き合わされた今村竜一中佐は、48歳と聞いていたのだけど、30代半ばに見える、身長185センチの偉丈夫だった。

 俳優に転向した格闘家みたいな。

 個人の能力差が激しいので、プロスポーツ、競技スポーツはなくなってしまった。


 お母さんも10歳は若く見られる。ダンジョンに長く入っていると、若返るのはそれ程珍しくない。

 4級ファミリアオーブでも融合すると体毛が抜け、男でも次第に髭が薄くなって、5年くらいで生えて来なくなる。

 人間は猿のネオテニーだという説があるけど、ダンジョンを造ったものの世界はもっとネオテニーが進んでいるんじゃないかと思われている。


 先妻と言うかなんと言ったらいいのかの人、真理子まりこさんは、瘦せ型の美人だけど、印象に残らない脇役女優みたいな雰囲気だった。


 娘の愛理あいりさんは、ちょっときつい感じの、そこそこの美少女だ。

 筋肉質のスレンダーな体にショートヘアで、身長は150強くらいだが、殴り合いになったら勝てそうにない迫力がある。

 僕の身長は165センチ。15歳男子としては普通だ。15歳ちょうどなら、平均だったはず。


「お母さんを下さい」

「俺に勝てたらな」


 愛理さんが中佐の後ろ、小姉が僕の後ろでしょうもない小芝居を始めた。

 中佐が、いい年して拳を構えて見せる。


「それでいいなら、楽だな」

「楽過ぎるでしょ、乗らないで下さい。どこに僕の勝てる要素があるんです」

「こっちのファミリア相手ならワンチャン」

「ファミリアは?」

「甲斐犬の勝頼」

「3級じゃないですか。4級の柴犬にも勝てる気がしない」

「甲斐犬と言っても、シェパードよりでかいから」

「難易度上げてどうする」


 和やかに始まった顔合わせは、無国籍料理食べ放題の店になだれ込んだ。

 盛った食べ物を落とすと罰金を取られるプレートに、器用に様々な肉を山にして、僕の向こう側に中佐が座った。

 一度にあんまりたくさん盛ると注意されるはずなんだが、私服だけどこの見た目の人を注意する店員はいないようだ。


「本気でレベル4になる気なら、国で支援する。実は、穢れエリアの攻略が行き詰ってるんだ。スキルが高レベルで戦闘も出来る浄化師がいるのが前提なんじゃないかと言われてる」

「なんで浄化スキルだけ、こんなにレベルが上げにくいんでしょう」

「やっぱり、ダンジョン製作者駄目神説が有力なんだ。悪意とか試練じゃなくて、能力が低くて思い通りのものが出来なかったんだな。地水火風の属性なんて何の意味もないし」

「ダメ運営のバグじゃすまないんですよね、現実でやられると」

「そうなんだが、ファーストが浄化になる人間自体が少ない。地球人があちらさんの思惑から外れてたんじゃないかと言われている。ダンジョン出現前に25歳以上だったのにはいないし。戦闘の出来る浄化師は融合者同士の子供に出て来るんじゃないかと期待されている。君が先駆者になってくれてもいいんだが」


 なんだか僕の個人の将来の話がむだに大きくなっていく。                                                                                                                                                                                                 

 勇者の適性だとか戦闘奴隷のだとか言われている適性値だけど、40を越えると魔物革の装甲が皮膚の追加装甲として地肌に貼れるようになり、50を越えるとファミリアオーブと融合出来るようになる。


 浄化はスキルレベルが上げにくい代わりに、適性値が上がり易い。

 5日で40を越えたので、国からの補助で貰った、ボディアーマーの硬い所だけくらいの(全身のオーラバリアが強化されるので、隙間があっても構わない)ウサギ革を貼って、左手に直径40センチのバックラー、右手に刃渡り1メートルのコサックサーベル(どっちも銅製)を持って、ドンマちゃんとコロギーを狩りに行く。


 なぜか、バイク用の全身アーマーを着た愛理さんが着いて来る。


「親父が、嫌じゃなかったら唾付けとけって」

「唾って」

「性欲処理したげる」


 ちょっと待とうか。


「いきなり?」

「これからは能力の高い男の取り合いになるって。しかも独り占めは無理。融合者の浮気は離婚理由にならなくするらしい」

「それは初めて聞いた」

「まだ親父辺りにしか知らされていないことだって」

「それは言っていいの」

「軍事機密でも国家機密でもないから。あたしじゃいや?」

「そんなことはないっていうか、有難い」

「なら、今夜から一緒に寝よ」

「どこで」

「あんたの部屋、汚部屋?」

「ではないと、思う」


 プレート持ちと15歳未満では妊娠しない。

 今は性交同意年齢が13歳以上で、年齢差5歳までは合意なら合法。

 15歳以上は成人扱い。

 強姦は一発で適性値が一桁になる。再犯は殺人同等で激痛と同時にプレートが砕ける。

 プレートを持っていない犯罪者による強姦はある。


 取り敢えず、出て来たモンスターを交互に狩って行く。

 盾で止めないで、受け流して斬る。モンスターは人間より大きく重いものが多いので、受け止めない癖をつける。

 小さくても当たりはかなりきつい。

 愛理さんは盾に当てずに斬り伏せたり、盾で弾くだけで致命傷にして止めを刺したりしている。

 明らかに僕より強い。


「凄いね、慣れてる?」

「中学入ってから、親父の子ってことで、この辺までは入らせてもらってるから」

「もしかして、僕の護衛?」

「男にはプライドがあるから、パワーレベリングはいやがるだろうって」

「関係者各位に気を遣わせちゃってる感じなの?」

「あたしも15になるまでは1キロまでだし、一人じゃ入れないから丁度良かった」

「9月とは聞いてるけど、何日?」

「3日」

「その後はどうすんの」

「スキル次第」


 まあ、そうだよね。

 午前中いっぱい虫取りをして、上姉とお昼を食べた。


「あんたがやじゃなかったら、洗濯物じゃなくて、患者さんの清拭してくれない? 体じゃなくて頭だけでいいから。洗うより簡単で、される方は気持ちいいらしい」

「全く知らない人の頭の毛触るのか。しかも汚れてる」

「それだから普通は頼まないんだけど、うっかり怪我の患者さんに弟が浄化師になったって言っちゃったら、前にやってもらったことがある人がいて、個人的に頼めないかって言われたんだよ」

「浄化を意識すると、薄い膜みたいのが出来る感じで、直接汚れを触らなくてもいいんだけどね。取り敢えず1人やってみる。他人に直接喜ばれることをすると適性値の上りが速いんだよね?」

「うん、それは統計的事実。50になったらファミリアオーブ融合出来るし」

「でも、クモザル相手なら3級じゃないと駄目なんだよね」


 ファミリアオーブは大きさで等級があって、ミーコや普通のリスは4級。メガリスと言う3級のリスもいる。

 戦闘に参加させるなら、3級以上じゃないと索敵か牽制にしか使えない。


「リスなら敏捷性高くすれば攪乱には使えるけど、戦闘不能にされると、修復可能でもペットロスっぽくなって、本人が戦闘出来なくなった例が複数あるのも事実」

「ママがおかしくなっちゃったのも、仲良かった軍の人にそれがあったのよね」


 愛理さんが言った。


「そうなの。そこそこ強くないと駄目だな。どんなのがいいんだろ」

「2体獲れるから、ゴリラとやるなら一体目は飛べるのがいいんじゃない?」

「千葉の羽ウサギか、熱海のコッパ天狗、長野のモモンガ辺りか。モモンガって本当に飛行力持ちなの?」

「うん、地べたに張り付いた姿勢から飛べる。最強はエゾモモンガ。でかい上に機動性が格違い」

「捕獲例が1匹だけあるURでしょ。そんなんじゃなくても、飛行物獲るのが無理」

「ま、18までにレベル4になれたら儲けもの、くらいに思ってればいいよ」


 世界初になる第一歩として、患者さんの頭の浄化をやってみる。

 知らない他人の髪の毛に触るのは、それほど気にならなかった。

 やれると言ったら希望者はいくらでもいて、2時間で10人、1人1000円貰った。

 清水作りより儲かるし、適性値も高くなるんだけど、大概金持ちで我儘なのが体中やってくれと言い出して、めんどくさくなってやめてしまうのだそうだ。

 1トン5000円だって、食えないわけじゃない。浄化水なら1トン1万円だ。


 愛理さんは本当に一緒に家に帰った。

 今時点でも家族を養える収入を得られる男になったんだから、かまわないと中佐も言う。

 二人とも融合者になって、子供が出来るなら結婚に拘らなくても良いと。

 融合者同士じゃないと子供が出来ないが、ファミリアオーブを融合しただけでも融合者なので、子供は出来る。


 恥ずかしいと言うより気まずい感じの夕食の後、変に恥ずかしがらない方が良いからと、一緒にお風呂に入った。

 体操や水泳のような上半身がしっかりした感じじゃなく、陸上系のアスリート体型だった。

 もうね、お楽しみどころじゃなかったですよ。内臓が溶けて流れ出てるんじゃないかと言う具合。


 ベランダもバルコニーもないので窓の外で騒ぐ生き物もなく、穏やかな朝を迎えた。


「あんたのことなんて呼ぼうか。普段なんて呼ばれてる?」

「お母さんはあなたかシュン、上姉と小姉はお前、あんた、シュン。学校だとシュンかシュンシュン」

「パンダかよ。名前がどっちもシュンか」

「ま、そうだけど。君は三人ともアイちゃんだったね」

「あんたもそれでいいよ。シュンにする」


 ちゃんまで名前か。

 アイちゃんが小さくてもベッドが狭いので、家具を出来るだけ収納して、ダブルベッドを買うことにした。



 

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