第2話 将来の希望

 ダンジョンが出現して2年後に民間人が入れるようになって、お母さんが調理、上姉が治癒のスキルを得たので、手切れ金で買ったマンションを売って八王子に引っ越してきた。

 どちらのスキルもダンジョン内の安全な入り口付近で仕事が出来る。


 外の監視所に武器を返して、プレートを出して取得術技を報告し採掘人登録をした。

 ダンジョンから出て来る主なアイテムが、燃料になる霊核(マナコアと言う人が多いが日本の公文書では霊核)と金属類なので、世界中で鉱夫的な呼び方をされている。

 中学の部活もダンジョンマイナー部だった。


「一度出て家族や知り合いに報告してから、また入って来たいんですけど、武器はもう買えますか」

「大丈夫です。外の監視所で買えますよ。霊核はどうします」

「母親のファミリアにやりたいんで、持って出ます。今は一つだけです」


 プレートを触ってもらうと、収納の中の物が他人にも見える。


「はい、処理しました。お母さんの子はどんなのかしら」

「家猫よりはちょっと大きいマーゲイです」


 ちなみに、猫の名前はミーコである。


「四級のマーゲイはレアね」

「チュ」


 乳児サイズの大きな小麦色のリスが出て来て、相槌を打った。


「家もリスのつもりで行ったら、出て来たんです。索敵ならリスがいいんですよね」

「ファミリアは縁だから、来てくれた子がいいのよ。無理にファミリアにしようとしても死なれるだけだから」

「はい。姉も山猫獲りに行ったのに大猫だったんですよ」

「苗字が同じだと思ったけど、内山中尉の弟さん?」

「そうです。昼飯を奢ってくれる約束なんで、外で用をしてからまた来ます」


 上姉は治癒師で、看護学校を出て軍に入り、この少し先にある治療施設で特別技官をしている。

 お母さんと小姉は調理師(名称独占の資格ではなくて、調理スキル持ち)として、中が10キロの北大谷古墳 跡のダンジョン内の調理施設で働いているが、軍に家族用メールをしておくと、休憩時間に連絡してくれる。


 友人各位にもメールしてから、市役所に行く。

 適応値が30以上だと民法上は成人扱いなので、認知しなかった親の親権拒否が出来る。

 相続権は残るが将来の扶養義務がなくなるので、メリットしかない。

 用意しておいた書類を提出して、本人確認が済んで受理されれば終了。

 法律が変わったのに放っておいた、向こうに拒否権はない。今の日本は子供の権利を最大限守ってくれる。


 ダンジョンに戻ってもお昼までに時間があったので、槍と水鉄砲を買って、這い寄る焼き饂飩と黒いべったあを狩った。

 ダンジョン内では必要ないんだけど、外でファミリアを出しっぱなしにしておくには、持ち出しが許可されているこの小さい霊核を補給する必要があるので、いくらでも需要がある。 

新人や子供用の入り口のエリアの1キロくらい奥に治療用のプレハブがいくつも建っている。

 中央道から左右500メートルまでだと、人間が触っていると吸収されない。装備なのでファミリアが触っているだけでもいい。

 それ以上奥は、動かさないとじわじわ分解される。 

 治癒師がいる治療棟は道の横に並んでいる。入院用はその奥。


 上姉のいる治療棟に入ると、長毛で背中が黒と茶で腹が白い、でかい三毛猫が出迎えてくれた。

 オオヤマネコに近いサイズなんだけど、顔が家猫。ジャガイモみたいな名前の種類の猫をもう一回り大きくした感じ。

 毛が長い所為だが、4級従魔としては見た目最大。


「ダムゼル、出迎えありがと」

「みゅう」


 見上げて来るので、顎をちょっと撫ぜる。

 ファミリアはモンスターと同じ霊力の塊なのだけど、自意識がある。

 知能も人間並みで、こちらから仲良くしないと、マスター以外には家族でも懐かない。


「お前、ファースト浄化だって?」


 奥から上姉が声を掛けて来た。


「うん、なんで知ってる」

「昼休みに入ったら連絡が来た。浄化は国が育てたがってる。世界でレベル4までしかいないからな」

「地蜘蛛猿ならともかく、汚矮鬼は無理でしょ」

 

 浄化スキルをレベル3以上にするには、穢れエリアにいる穢れの魔獣とかイビルモンスターとか呼ばれている、触られると能力が半減する「負の霊力」を持ったモンスターを単独で倒さないといけない。


 一番弱いのが、チンパンジーサイズで高速で這い回る地蜘蛛猿、英語名はスパイダーゴブリン。ちなみに腰巻は着けていない。

 その上の汚矮鬼は、2メートルの跳び回る足長ゴリラ。戦闘職じゃないとほぼ無理。

 ただの矮鬼でも、生産職や支援職では独りでは倒せない。

 レベル4の浄化師は世界で8人、日本では防衛医大看護科を出た、自衛隊から軍人になった人が2人。

 お昼のサワラの西京焼き定食を食べながら、その辺の話をした。


「浄化師は男は100人に1人だからな。ほとんど女でしかも性格が戦闘向きじゃない。お前は結構頑張ってたろ」

「でも、主戦力にはなれないなって気はしてた。むしろ、がんっばってもどうにもならない体格の壁みたいのを感じてたんだ」


 友達に約二名強いのがいて、どうしても比較してしまう。


「それを逆転する手段が浄化なんじゃないか? 兎も角、レベル4になれたら、レポートを出したら情報料で手取りで1億くれるって」

「なんで? 汚矮鬼倒せばなれるのは判ってるのに」

「やる気出させるためじゃないか、日本で3人目だから。1億なんて戦車の10分の1だぜ」

「国家予算なら、そうなるのか」

「まあ、それはだいぶ先の話として、病棟から出た汚れ物の浄化なら、時給1500円だって」

「どれだけ出来るか判らないのに固定なの?」

「これも育成だな。やるならこの後からでも午後3時間出来るぞ」

「少しでも早い方が良いから、やらせてもらう」


 汚れ物といっても血塗れとかじゃなくて、シーツ類だった。

 浄化を意識して撫でると、新品同様になって行く。

 3時間やっても疲れた感じはなく、魔力切れみたいなのもなかった。

 なぜか魔力とは言わず霊力と言うのだけど。

 仕事はちゃんと出来たようで「規定でこれしか出せないの」と主任の人に言われて4500円を貰った。

 中学生の夏休みのバイトとしては、不満はない。


 出口で上姉と合流、少し待っているとお母さんと小姉の乗ったミニバンが来た。

 ダンジョンから出る謎のレアメタルのお陰で、電化製品の性能が段違いに上がり、自動車は全部電気自動車。

 公道なら自動操縦で車は動くので、手動にしなければ免許はいらない。

 エンジンルームがなくなったので、ファミリーユースはほとんどワンボックスかミニバン。

 6人乗りだけど自動操縦なので、運転席に誰も乗っていなくても構わない。

 5年くらい前からそうなった。


 駅ビルのレストラン街のイタリア料理店で、僕の誕生日が祝われた。

 話題は浄化スキルでどう生きるかの話の続きになった。

 先ずは、軍の情報を一番持っている上姉から。


「このまま洗濯室の手伝いをすれば、8月までにはレベル2になるだろ。汚れを消せるようになったら、湧水を清水に変えるだけで平均年収くらいはいくらしいぜ」

「いくら?」

「トン当たり5000円。慣れたら1日5、6トン出来るって」

「1日25000円として20日で月50万か」

「それは、男としてどうなの」


 なぜかお母さんが好戦的だ。


「適性値が40になったらウサギ革のアーマーが貼れるよね。38なら1週間でいけるんじゃないかしら。革必要ならバースデープレゼントに追加するけど」


 お母さんにはすでにコンバットブーツを貰っている。


「クモザルは獲りたいと思うけど、遥か未来の努力目標」

「クモザルの処までは竜一さんが連れて行ってくれるって」

「だれ?」

「北大谷古墳跡の先行隊長」


 小姉が横から言う。

 それぞれのダンジョンの攻略隊のトップを、先行隊長と呼ぶ。


斑狼まだらおおかみの今村中佐?」

「そう」

「すでに名前呼びなわけだ」

「あんたのファアーストスキルに影響すると思って言わなかったけど、だいぶ前から余剰霊気排泄介助やってる」


小姉はお母さんと一緒に行動しているので、情報を持っていた。


「これは浮気でも売春でもありませんってのね。既婚者?」

「バツイチ、9月に15になる娘1人」

「離婚原因は?」

「自衛隊が軍になって、モンスター相手のいつ死ぬか判らない仕事で、真理子さんがノイローゼになったんだって。辞めてくれって言われたけど、辞められなかったって」

「今は大丈夫よ、シェイプシフターだから」


 お母さんが庇う。

 シェイプシフターは人間の体を特別な収納に入れて、アイテムと霊核を融合させた戦闘用の体、シフトボディに憑依する感じで戦える。

 シフトボディが壊れても生身に影響はないが、戦闘不能になると生身と入れ替わってしまう。

 死ぬ危険がない訳じゃないが、日本はそれほど無茶はさせてない。


「お母さんがいいならいいけど。向こうの娘さんはどうなの」

「とっくに知ってる、と言うか、ママの手料理で真理子さんの精神不安定が直ったから、懐かれてる」

「僕が馬鹿みたいだ」

「知らぬは亭主ばかりなり、は違うか」


 軍の仕事を続けるなら籍を抜いてくれと言われて、戸籍上だけ離婚して一緒に住んでいるとの事。

 向こうの都合を聞いて全員で会う事になった。

 肉食獣的な子別れをさせられたような誕生日だった。

  

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