第45話 童、法網をくぐる②
そうして数日、見藤は文献を読み漁ることとなる。しかし、どの文献にも書いてあることは似通っており、大して新しい収穫はなかった。キヨからの情報は座敷童という種族としての情報が主だったため、今回役に立つことはないだろう。
座敷童は「家」に憑く、それが全ての文献において共通していた。それは人に取り憑く霊や怪異とはまた違った性質を有しているかのように思えた。
「……、
見藤の中にひとつの可能性が浮かぶ。その可能性を確実とするために、見藤はすぐさま協力者に連絡をとった。
「来栖か、少し頼みたいことがある」
『珍しいですね。見藤さんが僕に頼み事なんて』
「少し訳ありだ」
『そういう事でしたら。喜んで』
「そうか、助かる」
不動産会社に勤めている来栖だ。この男は変わり者で事故物件を好き好んで担当しているため、こういった訳ありな頼みにも非常に理解がある。
電話口で怪異からの依頼であること、そしてこれからの計略について来栖に大雑把に伝える。すると来栖はその全貌を聞き終えた後、少し考えるように間を置いた。
そして ――、
『うーん、なかなか難しいですね』
「やっぱりな」
『まぁ、できない事はないと思いますが、詐欺紛いぎりぎりですかね』
「……、流石に法に触れるのはまずい。見つかると面倒だ」
『まぁ、不動産屋なんて法に触れるか触れないかのぎりぎりを攻める時もあるので大丈夫です、僕がなんとかします。それに、事が終われば何も妙なことはなかった、そうでしょう?』
「……すまんな、頼もしい限りだ」
『はは、見藤さんに言われると嬉しいですね。ですが、少し時間を下さい』
そんな会話がされていた。
見藤が考えたのは座敷童が憑いている家を一旦売却させ、空き家とすること。そして、その折に座敷童が社に戻れば人知れずもう一度家を買い戻す、という計略だったのだ。―― 勿論、住人には内緒で。
そのためには来栖の協力が必須だった。
しかしながら、いくら書類上で空き家としても意味がないだろう。それが唯一の難点だった。
座敷童特有の「家」に取り憑きその場をテリトリーとするという性分であれば、そのテリトリーの内に人間が存在してしまうと、座敷童が家を離れたときにそこに居た人間は不幸を被る。
人が住まう場所が座敷童にとっての「家」となるというのが、見藤が辿り着いた座敷童の本質だ。
それをどう解決するのか、見藤はさらに頭を抱えることになった。
* * *
そうして後日、事務所には来栖の姿があった。何やら書類やパソコンをローテーブルに広げ作業をしている。その向かいには見藤がソファーに座り、来栖の作業を見守っている。
見藤にはさっぱり分からないのだが、専門的なことは専門家に任せるべきなのだ。
「これで物件関連の手続き完了です。あとは……、」
「どうやってそこの住人を一時的に引っ越しさせるか、だな。少しの間だけでも人が住まない状況にさえすればいいんだが……。多分」
「ふふ、それなら僕がいい案を持ってきましたよ」
そう言うと来栖は一枚の紙を見藤に手渡した。そこには弁護士事務所の名と、債務不履行による物件差し押さえの文字が書かれていた。あまりの大事(おおごと)に見藤は一瞬目を見開き、慌てて来栖の顔を見た。
しかし、相変わらず来栖はにこにこと笑みを絶やさない。それが更に胡散臭さを助長させている。
「これは……、偽装ではないよな?一応……」
「違いますよ、連絡をもらってから色々調べました。時間はかかりましたが、なんと脱税まがいの事をしていたんです。まぁ、最近急激に成長した企業なので、もしやとは思っていたので。そこで知り合いの弁護士に頼んで物件を差し押さえするよう手配したまでです」
「……、」
そう言ってにこやかに笑う来栖の表情は黒縁の眼鏡も相まって非常に胡散臭い。追及はしない方が良さそうだ、と見藤は眉間を押さえた。
座敷童は勤勉を好み、公平性を重視する傾向がある。座敷童が言っていた、良くないことに手を出した、とはこのことなのだろうか。
そして、見藤から連絡をもらった後の来栖の着眼点、さらにそれを見越して弁護士事務所に協力を取り付ける人脈の広さ。
見藤が深く知ろうとしないだけで、来栖という人物はただの変わり者と言ってしまうにはなかなかに侮れないのかもしれない。
唯一の難点を解決するために見藤が考えたのは、「家」という座敷童のテリトリーから「人が
そうすればその家は正真正銘の空き家となり、座敷童がもたらす繁栄は受け取り手を失い、その繁栄に伴い対価として蓄積されるはずだった不幸も不要となるのではないか。
そして、座敷童はその家に憑く役割から解放されるのではないか、と。
座敷童からの依頼内容からすれば若干の齟齬が生まれてしまうが、そこは目を瞑ってもらうしかない。座敷童と住人との縁を断ち切った後、その家がどうなるのか分からない。
座敷童によってもたらされた繁栄という道標を失った後は、自分たちの力で世渡りをしてもらうしかない。それによりそのまま栄華を維持するのか、はたまた没落するのかどうか、それは人の行動と判断に委ねられるという訳だ。
その後どうなろうが見藤にも座敷童にも、こちらが知ったことではない。
「まぁ、事前通達をした後に一度現地に赴く必要はあります。そちらの方が信憑性も増しますからね。住人の方が引っ越したその後、債務不履行取り消し、また住居に戻ってもらうという流れになります」
「……そうだな、そうなるよな」
「見藤さんの風体なら、取り立て役として十分説得力あるので大丈夫ですよ」
「それは、」
「褒めてますよ」
なんともややこしい話になったものだ、と見藤は溜息をついた。にしても、債務不履行による物件を差し押さえとするならば、仮にその額を支払うと言い出したらどうするのか、見藤は色々不安になってきたのだが。
「大丈夫ですよ」
更に胡散臭い笑顔を見せる来栖に、見藤は考えることを放棄した。
* * *
後日、見藤の事務所。そこにはいつもの使い古したスーツではなく、やや小綺麗なスーツを身に纏った見藤の姿があった。そして普段は身につけていないネクタイまでピシっと綺麗に結ばれている。髪の毛は軽く整えられており、いつものような無精ひげは見当たらない。
そんな清潔感に不釣り合いな機嫌の悪い目つきは、さながら来栖の言ったような取り立て屋だ。奇しくもその恵まれた体格が、余計にその効果を相乗させている。そして、その隣には霧子の姿もあった。
「……これで二時間移動か、肩が凝りそうだ」
「文句言わないで行ってきなさい」
そう言うと霧子は見藤の広い背中をバァン、と景気よく叩いた。―― 地味に痛い様子だ。見藤は顔を顰めて、体を固めている。
今回の件、流石に詐欺紛いの事を計略した見藤は久保や東雲には黙っておこうと考え、一人で行動することにしたのだ。一応、見藤自身は事務所不在となることは事前に伝えている。何かあれば猫宮や霧子を頼るようにとも。
「それじゃあ、行ってくる。合図をしたら、よろしく頼むよ」
「ええ、任されたわ」
見藤と霧子の間で交わされる会話。重要な役割を任されたであろう霧子は、誇らしげに頷いた。
そうして見藤は来栖と待ち合わせをしていた駅へと向かう。もはや常習化した来栖の遅刻癖に辟易としながら、これから二人で起こす猿芝居にそれは、それは深い溜め息をつくのであった。
「来たか」
「はい、では行きましょうか」
反省の色も見せずに悠々とやってきた来栖は、普段着用しているあのふざけたネクタイを外している。一見すれば仕事のできる若手キャリア、と言った風貌だった。外見という自身のポテンシャルを上手く生かしている。
二人は、望まぬ来訪者となって東北を目指すのであった。
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