第44話 童、法網をくぐる
季節外れの花火を皆で楽しんだ
怪異調査に追われた夏はとうに過ぎ去り、本格的な秋を迎える。その頃には見藤の仕事も落ち着きを取り戻していた。
そんな事務所はいつも通りだ。見藤が事務机に向かい、久保と東雲は応接スペースのソファーに座り、一時の休憩を楽しんでいたのだが。
「なぁ、最近おかしいと思わへん?」
きっかけは東雲の一言だった。その言葉に、休憩がてらコーヒーを飲んでいた久保も頷く。現に今しがた見藤から出された茶菓子がひとつ、減っている。久保自身は食べた覚えがない。
その茶菓子は見藤のお気に入りで、饅頭のような和風の焼き菓子だがコーヒーとの組み合わせがよいのだと久保と東雲に出してくれたものだ。
それはぽってりとした丸い形をした焼き菓子で、薄いカステラ生地に包まれた黄色い餡はしっとりとした食感にやさしい甘さだ。そのやさしい甘さと、コーヒーのほろ苦さがなんとも言えない美味しさなのだ。久保自身も食べた後には自分で購入するほど気に入っていた。
そんな楽しみにしていた茶菓子が、ないのだ。あからさまに落胆している久保を尻目に、東雲は悠々と自分の分の茶菓子を頬張っている。そして、そんな東雲を恨めしそうに眺める久保。
しかし最近、事務所内で起こる異変は久保も感じていた。こうして菓子が突然減ったり、何やらどたばたと走り回るような足音が響いたり、子どもの笑い声がふとした瞬間に聞こえてくるのだ。
「まぁ、何かしら用事があれば向こうから出て来るだろう。今は俺たちの反応を見て楽しんでいるだけだ」
かく言う見藤は普段通り過ごしているため害はなさそうなのだが、如何せん何も説明がないというのは些か不安になるというものだ。猫宮に尋ねてみても、面倒くさそうに欠伸をするだけだった。
「まぁ、思い当たる怪異 ―― 妖怪なんて座敷童ぐらいしか……うわ!」
「どしたん……、うひゃ、」
久保は思わず仰け反った。その反応を見た東雲も久保の視線の先にあるものを見てしまい、同じような反応をしてしまった。
ローテーブルの下だ。瞬きもせず、目がこちらをじっとりと見ている。その視線は二つ。
「やっと気づいた」
そう呆れるように話す怪異の姿は子どもだった。ローテーブルの下からよじよじと這い出て来る様はなんともシュールだ。その姿は五、六歳程度の少年の姿をしており、縞模様の黒い着物を身に着けている。
少年の怪異は這い出てきたローテーブルの下へ手を伸ばすと、三歳くらいだろうか―― 少女の手を引いた。少女も、赤と白を基調とした着物を身に着けており、髪はおかっぱに切り揃えられている。二人が並ぶとなんとも七五三のようだ。
「早く名を呼ばれないかと思っていたよ」
少し慨したように話す少年座敷童は、事務机に頬杖を付いている見藤を一瞥すると溜息をついた。その様子に手を繋いでいる少女座敷童も、うんうんと力強く頷いている。
「本当に座敷童や」
「どうも」
そう呟いた東雲に座敷童は軽く会釈をした。それに東雲も会釈で返す。なんとも不思議な光景だ。
「で、うちの事務所まで遠路はるばる来た理由は?」
「えらく性急だな。お前の評判は聞いているぞ」
「そりゃどうも」
見藤は相変わらず頬杖をついていて、座敷童に尋ねた。
怪異然り、妖怪の類が見藤の事務所を訪れるということは、何かしら解決して欲しい事柄があるのだ。勿論そのすべてを見藤が解決できるかどうかは依頼内容によるのだが、善処はするつもりだ。
「取り憑いている家を離れたいんだ。でも、家に残す不幸は僕らの本意じゃない」
少年座敷童の話によると、彼らが取り憑いている家は代々商いを営んできたそうだ。現代においてもそれは変わらず、現在では一流企業にも名を連ねるほど大きくなった。
しかし、やはりそれだけではこの競争社会、生き残れはしないだろう。
「それがよくない事に手を出し始めた。僕らでは人の強欲さは止められない」
「だから、離れる。でも、あの子は関係ないの。何も知らない、知る必要がない」
語る座敷童は残念そうだ。人の強欲さは底を知らない。そして、強欲が故に身をも滅ぼすことを見藤は知っている。それは最早因果だ、こちらが手を差し伸べ助けてやる義理はない。
しかし、少女座敷童の言葉に少し引っかかることがある。久保が尋ねると、少年座敷童が丁寧に説明してくれた。
「あの子?」
「僕たちとよく遊んでくれていた子。もうすぐ成人して家を出るんだ。だからその折を見て、僕たちは
「成程な。その子に不幸が及ばないように、なんとかお前達を社に帰せという訳か」
「そうだ」
見藤が少年座敷童の言葉を引き継ぎ、座敷童達の依頼内容を確認する。
そして、座敷童は思い出す。その子と共に遊び、何かあれば一緒に悲しんだ時のことを。子どもというのは純粋だ。座敷童はその純粋さが酷く愛おしかった。
しかし、子どもはやがて大人になる。その頃には純粋さは失われ、世の汚さに打ちのめされることもあるだろう。そうなる前に思い出は綺麗なまま、離れてしまう方がいい ――。
そんな思いを抱きながら、少年座敷童は悔しそうに呟く。
「掟だ。掟が僕たちを縛る」
「掟」その言葉に見藤は眉を顰める。彼には否が応でも思い出す出来事があるのだ。
見藤は大きく溜息をつき、口を開く。
「その言葉は嫌いだ」
その声は驚くほど冷え切っていた。
見藤自身、そんなつもりで呟いた訳ではなかったのだろう。言い終えた後に少し気まずそうな表情を見せたが、幸いなことに座敷童達は気にする素振りを見せていない。
「で、……それの抜け穴をつく方法を俺に考えろ、ってことか」
「それを頼みたい」
なかなか難儀な依頼だ。見藤は眉間を押さえ大きく溜息をついた。
ここまでの話を整理するとこうだ。
座敷童が取り憑いた家を離れるとその家は没落し、不幸が訪れる。その不幸はその家の者すべてに及ぶ。聞くと過去には一家全員が食中毒で亡くなる、と言った事例があったそうだ。
座敷童が家を離れると訪れる不幸は「掟」だという。これは必然として決められた事象なのだ。座敷童にもたらされた幸運の代償として不幸がその家に蓄積される。
その不幸から逃すためにはどうすればいいのか。それは座敷童にも分からない。座敷童達に好かれた人間だけを掟の理から外すのは些か困難だ。
「どうするかな……、少し時間をくれ」
頬杖をついた見藤はそう言うと視線を窓の外へと向けた。その姿は少しだけ、哀愁を漂わせていた。
―― もし、あの時。掟の抜け穴をつくことができたなら、と考えずにはいられないのだろう。
最近、こうして過去を思い出させるような出来事ばかりであるように思う。それもこれも
見藤のそんな様子を見ていた久保と東雲は、彼を気にしながらも目の前に座りお茶菓子を頬張る座敷童に問いを投げかける。
「にしてもどうして、座敷童が家に住み着くとその家は繁栄するんだろう。これも認知が関係しているとか?」
「少なからずそれはある。でも、それは専ら僕らの役割だ。そして役割に応じた力を持つことを赦される代わりに掟が存在するんだ。掟を守っていればその分、力は増す」
「……役割?」
久保の言葉に少年座敷童は頷く。
人が社会を作り、ある程度繫栄する時代になると、ある種の妖には役割が与えられたのだという。それは誰から与えられた役割であったかなど、とうの昔に忘れ去られてしまった。
その役割に見合った力を得る代わりに掟が存在した。その掟を破るとどうなるのか、それは想像に容易い。
「そうだ、だから中には増えすぎた人間を間引く役割を持つ妖怪だっていたんだぞ?」
「うわぁ、物騒……」
「本当だ。むぐ、これ美味しいな」
「もっと食べる?」
久保の反応もさることながら、小難しい話をする少年座敷童に餌付けをしている東雲の豪胆さは関心に値するだろう。少女座敷童はすっかり東雲に懐いているのか、膝の上に座り茶菓子を頬張っている。その光景は先ほどまで小難しい話をしていたとは思えないほど微笑ましい。
茶菓子を一通り食べ終えた頃当たりだろうか。少年座敷童が見藤を振り返り、申し訳なさそうに口を開いた。
「難しい頼みだとは分かっているつもりだ。でも、」
「まぁ、なんとかやってみるさ。そんな顔をするな。子どもにそんな顔をさせたとなれば叱られるのは俺だ」
「む、……少なくとも僕たちはお前よりずっとずっと年上だ」
「はいはい」
拗ねたように答えた座敷童を目にした見藤は、少しだけ目尻を下げた。そして、誰に叱られるというのだろうか ――、十中八九この場にいない霧子のことだろう。
怪異である霧子と同列の存在が見藤に手を出す事を彼女は極端に嫌うが、こうして依頼人として事務所を訪れる分には許容しているらしい。そして、その怪異が子どもの姿をしているとなれば尚更のこと。そんな霧子の一面を見藤は十分に理解していたのだろう。
そうして、座敷童が憑いているという家の情報をもらった。その家は事業が成功してからというもの、なかなかに繁栄しているようだ。地方に不動産を数件所有しているらしい。座敷童達が住み着いているという家屋もそれなりの大きさを構えているというではないか。
それにはやはり、座敷童がもたらす繫栄というものが影響しているのは確かだが、些か規模が大きすぎると見藤は首を傾げていた。
そうした
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