第7話 角兎

 配信を終えた俺はカメラを木から取り外した。他の黒狼たちの待つ上の層へと帰ることにしよう。

 片づけを終え、上の層へとつながる階段を上ろうとした時だった。後ろから何かの鳴き声が聞こえてきた。


「「「キュインッ」」」


 しかもその音は1つではない。大量に聞こえてくる。

 鳴き声はこの前松井さんと見つけたチンデの森の方角から聞こえてくる。ゼッターとデルも警戒しているようだ。チンデの森をよく見てみると気の根元で何かが動いているのが見えた。俺はそれを確認すべく慎重に近づいてみることにした。


「ええっ!?」


 そこにいたのは数えることもできないほどの大量の兎だった。

 その兎は額には小さなこぶのようなものがある。それが角の様に見えるため、ひとまず角兎ホーンラビットと呼ぶことにしよう。


 俺が配信している間ずっとその木の後ろにいたのだろうか。

 可愛らしい見た目をしているが魔物である。数も黒狼たちとは比べ物にならないほどいる。襲撃されたらひとたまりもないだろう。


 しかし角兎たちに敵意は無いらしく、それどころか俺の足の周りに群がり可愛らしく高い鳴き声を上げている。


 俺は角兎たちと交流を試みるためにその場に座ってみた。


 デルとゼッターの気持ちもわかる。なんせ、いきなり現れた得体のしれない生物なのだから。しかし、ダンジョンライフをおくるうえでいかなる魔物であっても対立することは避けたい。理想を言えば、黒狼たちのように家族として共存していくことが望ましいと考えている。この角兎たちとも家族になれるだろうか。


「デル、ゼッター、威嚇しないで。安心して。敵じゃないから」

「「クゥン……」」


 俺の後ろで唸り声を出し続けているデルとゼッターをひとまずなだめた。

 黒狼の威嚇が無くなった途端に大量の角兎たちが俺の膝の上に乗り始めた。


「なあ、これから仲良くしてくれないか?」

「「「キュゥン!!!」」」


 角兎たちは理解してくれたのか再び高い鳴き声を上げてくれた。なるほど、角兎には黒狼とはまた違った可愛さがあるな。

 これは今後の配信活動のネタにもなる。角兎たちと出会えてのはそういった意味でも運が良い。


 そんなことを考えていると、角兎のうちの1匹がデルとゼッターに近づいて行った。

 デルとゼッターには襲わないように言っているから大丈夫だと思うが、少しひやひやしてしまう。


 角兎はデルの足元から不思議そうに2匹の黒狼を見上げている。黒狼を初めてみたのだろう。


「キュンッキュンッ」


 何度か鳴いた後、その角兎は背中をデルの足にこすりつけ始めた。

 友好の証ということでよいのだろうか。

 デルとゼッターもその意思を感じ取ったのか、鼻先で角兎に軽く触れ始めた。

 他の角兎たちも2匹の周りに集まりだした。近づいても平気なのだと気づいたのだろう。これで敵意がないことは完全に伝わったはずだ。

 デルとゼッターに頭を擦り付けているのを見て気づいたが、俺の膝の上にいる角兎たちも俺に背中をこすりつけるような動きをしている。


「かわいいなぁ」


 黒狼たちももちろんかわいいが、小動物に囲まれているというのはまた違った幸せを感じる。いや、動物ではなく魔物なのだから小魔物なのか?


「キュキュン」

「ん、なんだ?」


 突然角兎たちが滝の奥へと走り出した。

 ついて来てと言っているようだ。


 滝の奥はまだ探索をしていない。何かあるのだろうか。とりあえずついていってみよう。

 時折数匹の角兎が立ち止まりことらを振り返ってくる。見失ってしまわないように気を使ってくれているのだろうか。

 滝の横を通り過ぎしばらく行くと、低い木々が生い茂る森に出た。

 木々は2メートルほどの高さしかなく、根元には小動物が掘ったらしき穴がいくつも開いている。

 案内してくれた角兎たちは次々とその穴に入って行った。


 どうやらここが角兎の住処のようだ。教えてくれたということは俺を信用してくれているということで間違いないだろう。


 たしかにここなら水場が近くにあるので涼しくて過ごしやすいのかもしれない。


「「「キュウンッ!」」」


 先ほど穴に入っていった角兎のうちの数匹が出てきた。何かを転がしてきている。


「もらっていいのか?」

「「「キュキュン!」」」


 角兎たちが運んできたのは木になる果実だった。その果実は初めて見るもので、上層でとれるものとは異なる種類の様だ。

 穴の中からこの果実を持ってきたということは、角兎たちは食料を巣の中に貯めておく性質を持っているのかもしれない。


「うん、おいしいっ」


 相変わらずダンジョン内の果実は美味しい。

 それにしてもどうして角兎たちが来たのだろう。松井さんとチンデの森に訪れたときは魔物の気配は微塵も感じなかった。もしかしたら、俺が配信している声が聞こえたのだろうか。それで危険かどうかを確認するために俺の様子を伺っていた。ありえそうな話だ。

 何はともあれ、これからは角兎たちも家族だ。より一層、配信活動を頑張らなければいけない理由が出来た。


「「「キュウン?」」」


 角兎たちは俺が何を考えているのか不思議に思っているようだった。


「みんなでこのダンジョンを守っていこうな」

「「「キュン!!!」」」


 そう。

 俺1人ではこのダンジョンを守りきることは難しいかもしれない。でも、このダンジョンに住むみんなで協力していけばこのダンジョンを守りきることも難しくないはずだ。


「「ウォウォン!」」


 突然デルとゼッターが俺の服を引っ張った。

 最初はどうしたのかと思ったが、2匹が上の階へつながる階段を見ていることに気づいた。


 なるほど、他の黒狼たちにも角兎を紹介した方が良いということか。たしかに、互いに認識していないといざという時に困惑してしまう。

 しかし、角兎たち全員を上に連れて行くのは大変だ。この群れの中から数匹だけを連れて行くことにしよう。


「ほかの黒狼たちにも会わせたいんだけど、皆でいくことは難しいんだ。何匹か一緒に来てくれる子はいるかな?」


 俺が角兎たちにそう聞くと、角兎たちはギュッと身を寄せ合いかわいらしい声を響かせた。これは相談をしているのだろうか。


「「キュキュン!」」


 相談の結果、2匹が俺の足元によってきた。

 試しに手を差し出してみると、1匹が手のひらの上に飛び乗ってきた。なんだこれ、可愛すぎる。

 続けてもう1匹をゼッターの背中に乗せてみた。落ちないようにかゼッターの背中にしがみついている。これもまたキュートだ。


「行こうか」


 2匹をそれぞデルとゼッターの背中にのせ、配信で使った機材を持った。いつもは落ち着きなく俺の周りをうろうろしながらついてくるゼッターも、角兎を落とさないようになのか慎重に歩みを進めているようだ。

 急な出会いかたをしてしまったが、魔物も異種族間で仲間意識をもつことがあることが分かった重要な1日となった。

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