第5話 電気問題解決!

「「「「キャンキャン!」」」」 


 上層に戻ると4匹の黒狼が勢いよく飛びついてきた。イープ、ゼッター、イー、シターだ。相当寂しかったのか甘えた声を発している。


「重いよ、どいてくれないか」


大型犬4匹に飛び掛かられたようなものだ。こいつらを押しのけながら自力で立ち上がるのは難しい。


「これはこれは! 黒狼もこんなにかわいらしい声を出すんですねぇ!」


 松井さんが横でシャッターを押し始めた。アル、ベー、ガン、デルの4匹はもう慣れたのか見向きもしていないが、イープたちはまだ明らかに警戒している。


「イーもシターもそう警戒するな。まだ聞きたいことがあるので松井さん、来てくれませんか? イープ、ゼッター連れてきてくれ」

「もうちょっとだけぇ!」


 イープとゼッターに松井さんを強引にイーとシターから引き離してもらい、そのまま放電植物のところまで連れてきてもらった。


「うーむ、悪くないですねぇ。黒狼に引きずられるなんて貴重な体験です!」


 松井さんは相変わらず変わった人だ。ここまでくると尊敬すらしてしまう。


「着きました。ここです」


 もう少し引きずられていたかったのか松井さんは名残惜しいような表情をしていた。しかし、辺り一面に生えている放電植物を見ると、人が変わったように興奮気味に観察を始めた。


「ほうほう、これは、ヨルビカリですな! 名前の通り夜に光る植物で、多くのダンジョンに生息している植物です。ヨルビカリが放電しているところにチンデの実を置いておけば勝手に蓄電されます」

「つまり充電ができるようになるのは明日からですね。それと、このチンデの樹皮でどのようにして実を包むのでしょうか」

「チンデの樹皮を3時間ほど水に漬けてください。そうすれば柔らかくなり簡単に加工できるようになりますよ」


 そういいながら松井さんは、腰にかけているポーチからなにやら小さな小道具箱をを取り出した。


「私がチンデの樹皮を加工するときに使っている道具です。これらを使えばうまくチンデのカバーを作れるでしょう。差し上げますので使ってみてください」

 

 本当に松井さんには頭が上がらない。何かお返しができればよいのだけれど。


「何から何までありがとうございます。何か俺にできることはありませんか?」

「いえいえ、私も面白い資料を集めることが出来ましたので。ですが、できれば黒狼の毛を少々いただくことはできませんか?」


 本当にどこまでもぶれない男だ。


「デル、お前の毛を少し分けてもらえないか?」


 デルは8匹の中で最も毛量が多く、とても綺麗な毛並みをしている。せっかく提供するのなら、こちらも自慢の毛を渡したほうが良いだろう。

 デルはウォン! と一声なくと松井さんの隣に座り込んだ。


「おお! ちょっといただきますねー」


 デルの頭を撫でながら松井さんは小さなハサミでデルの体毛を採取した。


「ありがとうございました。それでは、私はこの辺で失礼します。何かあればご連絡ください」


 松井さんは一礼し、連絡先の書かれた名刺を置いてダンジョンの外へ帰って行った。

 あの人がいなければ電気問題は解決しなかったかもしれない。今後のことを考えても、有識者とつながれたことは大きいだろう。


「よし、やるぞ!」


 俺は電気問題を解決するために仕込みの作業を行うことにした。持ってきたチンデの皮を水浴び場に並べて浸し、実をヨビカリの花畑に配置する。黒狼たちの邪魔にならないように配置しなければならないので、かなり利用できるスペースは限られている。

 放電植物はヨビカリだけではないと松井さんは言っていた。これ以上電力が必要になってきた場合、どこか他の場所で放電植物を見つける必要もあるかもしれない。

 あたりがだんだんと暗くなってきた。もう夜が来たようだ。


 黒狼たちも次々に水浴び場に入って行く。


「残りは明日だな」


 今日はいろいろなことがあった。恐らく初配信は明後日になるだろう。明日はチンデの実を試してみよう。うまくいけば大革命だ。


 ♢


「「「ウォン! ウォン!」」」

「ん? 朝か?」


 黒狼たちは今日も元気だ。

 イーがうつらうつらな俺を引きずり、ある場所へと連れて行く。


「ウォン!」


 ついた場所はヨルビカリの生息地だった。


「もう溜まったかな」


 近くに転がっているチンデの実を拾い上げようとした瞬間


「ウォン!」


 イーが俺の服をグイッと引っ張ってきた。突然の出来事に、俺は思わず情けない声を上げ尻もちをついてしまった。

 危ない危ない。そういえば蓄電したチンデの実に直接触ってはいけないのだ。


「イー、助かったよ」


 イーは黒狼たちの中では少し小さいが、とても賢い。どうやら松井さんと樹皮の加工について話していたことを憶えていたようだ。

 隣の湖で顔を洗い、浸していたチンデの樹皮を回収した。かなりの時間水に漬けていたからか、樹皮は少し厚めの布みたいになっていた。


「すごいな。こうも柔らかくなるのか。確かこれを実のカバーにするんだったよな」


 ヨルビカリの花畑から水浴び場を挟んで向こう側に置いていたチンデの実をとりに向かった。


「いてっ!」


 これだけ距離を離して保管していたのにもかかわらず、静電気ほどの電気を蓄えていたらしい。寝ぼけたままあの実を触っていたら相当痛い思いをしていたかもしれない。イーに感謝だ。

 ぴたぴたと濡れた樹皮を実の表面にまとわせる。しかし樹皮の大きさが足りずうまく覆うことが出来ない。


「そういえば小道具をもらっていたっけ」


昨日松井さんからもらった小道具箱を取り出した。中には小型ナイフやホッチキスなど樹皮を加工するのに使いやすそうな物がいくつか入っていた。


「これはありがたい!」


 濡れた樹皮同士をホッチキスで止めると樹皮は充分な大きさになった。くっつけた樹皮で実を包み込む。ラグビーボールみたいだ。ただ、片方の先端部分は実を出し入れするために切り取っている。後は乾かせば樹皮が固まり完成するはずだ。


「「「ウォン!」」」


 振り向くと黒狼たちが集まっていた。尻尾を元気よく振っている。よし、チンデのカバーが乾くまでこいつらと思いっきり遊ぶか!


「もう、だめだ」


 数時間後、黒狼たちと思いっきり遊んだ俺は水浴び場の近くで倒れ込むように大の字になった。黒狼たちはまだ遊び足りないようで、湖の外周で追いかけっこをしている。魔物の体力恐るべし。


「ふう、もう乾いたかな」


 一息ついて乾かしているチンデのカバーを手に取った。


「うん、カチカチだ」


 上手くできたようだ。まだ水に浮かべている樹皮の中から二枚を選び、雑巾のように水を絞る。思いっきり絞っても破れる気配はない。かなり丈夫なようだ。絞った樹皮を両手に巻き付け蓄電しているチンデの実に恐る恐る触れてみる。


「何も感じないな」


 樹皮の絶縁性は本物らしい。蓄電済みの実をさっき出来上がったカバーの中に入れた。確かカバーの上からコンセントを差し込めば充電できるはずだ。

 充電が残りわずかなスマホを取り出し充電ケーブルにつなぐ。

 文明レベルで革命が起きるか否か! いざ!


 ブーッ


 スマホが低い音と共に振動した。画面右上には充電中のマークが表示されている。


「よっしゃー!」


 思わず大きな声が出てしまい、走り回っていた黒狼たちが一斉に駆け寄ってきた。

 これで配信ができるだけの電力を手に入れることが出来た。チャンネルの申請状況も、少し早い気はするが、明日には承認される予定と表示されている。


 明日。いよいよ初配信だ。


 初めての配信場所は昨日松井さんと見つけた下層部にしよう。きれいな草原が広がって綺麗だったからきっと映えることだろう。

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