第4話 どうやらバズっていたらしい

「誰だ……?」


 目の前に現われたのは、情けなく顎髭を生やした男性だった。身に着けている装備を見たところあまり戦い慣れしているようには見えない。

 恐らくダンジョンの周辺にある武器屋で急ごしらえでもしてきたのだろう。微妙にサイズの合っていない防具に、不釣りあいな小さなナイフを持っている。


 いくら不格好でも油断してはいけない。

 また俺たちに危害を加えるつもりのあるやつだったら全力で撃退しなければならない。

 しかし、それは杞憂に終わった。その男は俺の顔を見ると武器と防具を脱ぎ捨てこちらに走ってきたのだ。


「君は今話題の男! 丘本太木くんじゃないか! 本物かい?! 写真を撮っても?」

「……はい?」


 その男はとても興奮しており俺の全身を嘗め回すようにシャッターを連射し始めた。

 俺が今話題の男?


 このダンジョンに俺が足を踏み入れたのはつい数日前の事だ。魔物も一切討伐していないし討伐したとして外の世界に伝わるはずもない。唯一心当たりがあるとすれば昨日の配信で大見得をきったことくらいだが、そう簡単に有名になるほどバズるとは思えない。まあ、この男に聞けば分かることか。


「俺が話題の男というのはどういう意味ですか?」

「ええっ!? 知らないのかい?!」


 男は大げさな仕草で体いっぱいに驚きを表現した。


「ええ、しばらくダンジョンの外には出ていないので……」

「なるほど、そういうことでしたか! では、この僕がお教えしましょう!」


 一々言動が大げさなやつだ。その男はなぜか自慢げに俺がどのように話題になっているかを語り始めた。


「街の中にある大型モニターはご存じですよね?」

「ええ、まあ話題のニュースとかを取り上げてますよね」

「そうなんです。そこでですね、君の昨日の配信が取り上げられているんですよ! なんせ魔物たちを巧みに操って挑戦者を撃退した稀有な例ですからね!」

「昨日の配信が、ですか?」

「はい! どのニュースも君の話題一色ですよ! 実はこのダンジョンのラスボスなんじゃないか? なんて言っている人もいるくらいです!」

「なるほど……。とりあえず、色々教えていただきありがとうございます」


 街の真ん中には大型のモニターが設置されており、そこでは毎日今話題の出来事などがニュースとして取り上げられている。どうやら昨日は俺が映った配信が流れていたのだという。

 こんなことになるとは思っていなかったが、そのお陰で俺の昨日の警告も多くの人たちにも伝わってくれたのならむしろ好都合だ。


 未だ興奮気味にシャッターを押し続けている男は、とどまるところを知らずに俺に質問をしだした。


「ところで丘本さんは今から何をしようとしていたのですか? もしかして魔物の集会とかですか?!」


 中々に馴れ馴れしいやつだ。もしかしたら俺が凶悪な性格で襲ってくるかもしれないなんて微塵も考えていないのだろうか。


「今から下の階層に行こと思っているんです。そこで電気問題を解決できる方法がないか考えようとしていたところです」

「なるほど! それなら僕もご一緒してよろしいですか?」

「え……?」

「僕は、ダンジョンの植物に詳しいのですよ。きっと役に立つとおもいますよぉ」


 それが本当なら特に断る理由もない。それどころか俺はダンジョンの植物に関してまるっきりの素人なので、むしろありがたい申し出だ。ぜひ一緒についてきてもらうことにしよう。


「そうなんですね。それでは、お願いします」

「はい、こちらこそお願いします! おっと、自己紹介がまだでしたね! 僕は、松井優作まついゆうさくと申します!」

「松井さんですね。俺は、名乗る必要もないですよね。よろしくお願いします。それでは、早速ですが行きましょう」

「はい!」


 俺と松井さんは共に下の階層へと向かった。

 下の階にはこの階層とはまた違った植物や魔物たちが生息しているはずだ。そこで電気問題を解決する糸口が見つかることを祈ろう。


 ♢


 下の階層へ行くためには薄暗い螺旋階段を下らなければならないようだ。とはいってもそう長いものではなく、下る前からすでに底が見えている。

 しかし不思議なことに、その空間は真っ暗で魔物の一匹どころか植物さえも生えてる気配がない。


 松井さんはというと、この不思議な空間よりも一緒についてきている4匹の黒狼たちに興味津々なようだ。さっきから言葉とは思えない奇声を上げながらカメラを向けて感動している。黒狼たちは鬱陶しそうにしているが、俺の客人だと理解しているのか無反応を貫き通している。


「松井さん、暗いので転ばないように用心してくださいね」


 俺は黒狼に夢中な松井さんに一応注意し壁に手を当てながら慎重に階段をくだった。

 階段を終えると目の壁が唐突に開いた。いきなり入ってきたまぶしい光に思わず両手で目を覆ったが、それでもしばらくは目を開けることが出来なかった。

 光に目を鳴らすために恐る恐る目を開けてみると、俺は言葉を失った。


 そこは、辺り一面緑で覆いつくされた草原で、果実のなった木々が点々と生えていた。その奥に大きな滝まで流れておりとても神秘的な景色だ。

 ここがダンジョン内であることを忘れてしまいそうになるほどの絶景。

 滝から流れる水は一切の濁りがない。飲み水はここから調達した方が良いかもしれない。


「ダンジョンの中にこんな場所があったなんて」

「美しいですねぇ。丘本さんもこの階層に来るのは初めてなんですか?」

「はい。実は数日前にこのダンジョンに来たばかりで、黒狼たちと一緒に上層で生活していたんですよ」

「黒狼たちと、ですか。丘本さんがラスボスなのでは、と噂される意味が少し分かった気がしますよ」

「そうですか?」


 絶景に見とれていた俺だったが、松井さんが何かに気づいたようで俺の肩を強く揺らしだした。


「丘本さん! あれなんかどうです?!」


 松井さんがある植物を指差しながら興奮気味に言った。

 指を差された方向を見てみると、そこには一際立派な木々が群生していた。その木にはラグビーボールのような楕円体だえんたいの黄色い実がなっている。


「あの木がどうかしたんですか?」

「木ではなく実のほうです! あれが丘本さんの電気問題を解決してくれるかもしれませんよ!」

「あれがですか?」

「はい、近くまで行ってみましょう」


 その木の下には楕円体の実がいくつか転がっていた。

 この実が本当に電気問題を解決してくれるのだろうか。


「この実はどういった性質があるんですか?」

「この実はなんと蓄電する性質があるのですよ! 放電する植物と合わせればモバイルバッテリーのように利用することが出来るんです! この木と放電する植物は多くのダンジョンで発見されているのできっとこのダンジョンのどこかにも放電植物がありますよ」


 そういうことか。この実に上層にある放電植物の電気をためれば良いのか。


「ただ一つ注意点がありましてねぇ」

「何でしょう?」


 松井さんは小型のナイフでその実をつける木の皮を少し切りとった


「そのまま触っちゃうと感電してしまうんで、この木の皮で包まないといけないんですよ」

「この木の皮にはどのような性質が?」

「この木はチンデの木というんですがね、チンデの樹皮には絶縁の性質がありましてね。実とセットで入手できるもんですから重宝するんですよ。電気を利用したいときは樹皮の上からコンセントを突き刺せば使えます」

「なるほど、ありがとうございます。まさかこうも早く解決することが出来るとは思ってもみませんでした」

「実は私はダンジョン内の植物を研究する植物学者でしてね。仕事柄よく様々なダンジョンに入ることがあるんですよ。その時に電気問題を解消する手段としてよくこの方法を用いてるってわけです」

「植物学者だったんですね。それは心強い人と知り合えて光栄です」

「いえいえ私こそご一緒出来て光栄ですよ。なんせ丘本さんみたいにダンジョンで暮らそうなんて人には初めて出会いましたからね」


 これで電気問題は解決できそうだ。そろそろ上層に帰ろう。黒狼たちも待っている。

 緑の草原を楽しそうに走り回っているアル、ベー、ガン、デルの4匹を呼び戻し帰路につくことにした。アルたちはどこか物足りなそうだ。今度他の皆も連れてきて思いっきり遊ぶことにしよう。

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