第3話 下の階層へ行く

「ん、これは?」


 黒狼たちの住処に戻ると壁のほうで何かが赤く点滅していた。さっきの男が使用していたカメラだ。拾い上げてみると、そのカメラの画面にはいくつものコメントがせわしなく流れていた。

 男のもとに返しに行こうかとも考えたが、今回の件でこちらに報酬の一つもないのはどこか腑に落ちない。迷惑料としてありがたく頂戴することにした。


 赤い光が点滅していることやコメントが流れていることからまだ配信は切られていないのだろう。


 ちょうどいいかもしれないな。

 今見てくれている人たちに注意喚起をしておこう。俺と魔物たちの安寧を守るために。


 俺はカメラを設置し直し赤く点滅しているランプに向かって宣言した。


「俺は丘本太木。このダンジョンを荒らしに来るやつは覚悟しておけ!」


 できる限り威厳を感じさせる態度で声を張り上げ乱暴に配信を切った。

 こうしておけばむやみにこのダンジョンを荒らしに来るやつも少なくなるだろう。いわゆる牽制というやつだ。

 それにしてもこのカメラはどうしようか。配信でもしてみようか?


 ダンジョンに住んでいるというだけで話題性はバッチリだし、黒狼たちの可愛さが広まればこのダンジョンを荒らしに来る輩も減るかもしれない。それにうまくいけばお金が稼げる。そろそろ肉が食べたいと思っていたんだ。

 このダンジョンライフの唯一の欠点は肉が食べられないことだ。

 収入を得ることが出来れば何とかして外の世界から肉を持ってくることが出来るかもしれない。


 うん、配信しよう。


 俺は肉のため、ではなく、このダンジョンライフを守るためにダンジョン配信を始める決意をした。


 早く皆にも黒狼たちの可愛さを自慢したい。この可愛さを共有できる人がいないというのはよく考えれば寂しいものだ。

 俺はカメラを手に取り、さっそく操作方法を確かめた。


「そういえば、まず初めに配信サイトのチャンネルを作成しないとな。まあ、前調べたときは簡単だってあったし何とかなるだろ」


 俺は以前、同じように配信者になろうと思い立ったことがある。その時は機材も何もなく、お金にも余裕がなかったため断念した。しかし、今回は違う。最低限の機材はそろっているのだ。


 俺はポケットからスマホを取り出した。

 配信チャンネルを作成するためだ。もう充電は30%程度しかないので迅速に作業をしなければならない。

 このダンジョンライフには当然だが電気がない。

 放電する植物はいるが、まだスマホの充電につながる方法は見つけられないでいる。このカメラも同様に充電が今後の課題になるだろう。


 今最も有名なyo!tubeにチャンネルを作りすぐにスマホとカメラの電源を落とした。

 配信の申請が受理されるまでおおよそ3日はかかるらしい。その間に電力問題を何とかしなければ。

 幸いにも配信カメラの充電規格はスマホと同じタイプCだ。これなら手持ちの充電器で何とかなりそうだ。後はこの充電器にどうやって電気を流すかを考えば解決だ。そこが最も難しい点なのだけれど。


「うーん、だめだ。何も思いつかん」


 考え込んでいても何も思いつきそうにない。俺は充電器一式とスマホ、カメラを両手に抱え、とりあえず放電植物のところへ行ってみることにした。現場でしか得られないひらめきもあるというものだ。

 放電植物の生息地は黒狼たちに案内してもらった時に把握済みだ。


「ウォーーン」


 後ろに数匹の黒狼が嬉しそうについてきた。遊びに行くと思われているのだろう。多くは先の戦いで疲れたのか休憩しているというのに、元気なやつらだ。


 放電植物はここから数分ほど歩いた黒狼たちの水浴び場の近くに生息している。黒狼たちは水浴びの後に放電植物の放電する電気で虫やノミを除去するらしい。丁度良い刺激なのか、とても気持ちよさそうに電気を浴びているところを何度か見たことがある。


「夜になってみないと試してみることもできないなぁ。どうするか」


 ダンジョン内には朝と夜が存在している。詳しいことはわからないが、明るくなったり暗くなったりを周期的に行っているのだ。それを俺は朝と夜と表現している。そしてこの放電植物たちは夜にしか放電しない。昼に蓄えたエネルギーの余剰分を放電しているのではないだろうかと俺は考えている。どうにかしてその余剰エネルギーを分けてはもらえないものか。


「現状で役に立ちそうなものもないしなぁ。そうだ!」

「「「ウォッ!」」」


 大の字になっていた俺が突然起き上がったからか、隣でくつろいでいた黒狼たちが情けない声を上げて飛び上がった。

 ここはダンジョンの中でも入口からすぐの最上層だ。ここに役立ちそうなものがないのなら一つ下の層に行ってみればよいではないか!


「クゥン」


 一匹の黒狼が俺の背中に頭をこすりつけてきた。辺りを見ると休憩所で休憩していたはずの黒狼たちも集合している。


「もうこんな時間か」


 ダンジョン内が少しずつ暗くなっている。黒狼たちの水浴びの時間だ。

 今日はもう遅い。俺も黒狼たちも迷惑野郎を追い払って疲労困憊だ。下の階層を探索するのは明日にしよう。


「ヒャッホーーイ!」


 俺は衣類を脱ぎ捨て勢いよく黒狼たちのいる水浴び場に飛び込んだ。


 ♢


 「よし! 今日から下の階層への探索だな!」


  寝起きの俺の周りには黒狼たちが円を描くように眠っている。このモフモフな毛並み無しではもう眠ることなどできないくらいだ。

 俺が起きたことに気づいたのか、周りで眠っていた黒狼たちも次々と起きてきた。黒狼たちは一度伸びをするとそろって木の実が成っているところへ向かい出した。朝ごはんの時間だ。


 さて、どの黒狼を連れて行こうか。

 ここはダンジョンの第一層であり、すべての黒狼を連れて行ってしまっては留守の間にここを荒らされる危険性がある。この前牽制しておいたとはいえ、もしものことを考え備えておくに越したことは無い。


「よし、じゃあアル、ベー、ガン、デル。一つ下の階層に行くからお前らついてきてくれないか?」

「「「「ウォン!」」」」


 快く引き受けてくれたくれたみたいだ。黒狼は全部で8匹いる。昨日の戦闘で名前を付けていないことに不便さを感じたので早速命名してみることにした。目を合わせて名前を呼ぶと理解してくれたらしい。残りはイープ、ゼッター、イー、シターと命名しよう。指名した4匹は迷惑男の足にかみついた4匹だ。こいつらは群れの中でも特に勇敢で行動力がある。お供にはぴったりなのだ。


 ザッザッ


 残りの黒狼に命名し終わるのと同時に、ダンジョンの入口から足音が聞こえてきた。まさか、侵入者か?! 昨日あれだけ警告したのにもう来るなんて。黒狼たちも人の気配を察知したのか皆立ち上がり毛を逆立てて警戒している。



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