『幸せの価値』
『雪』
『幸せの価値』
店内BGMとして流れているヒットソングと途切れる事の無い多数の話し声。休日のファミレスにて、我意に介さずと言わんばかりに巨大なパフェを頬張る友人の姿を一瞥した後に、小さな溜め息を溢す。よくもまあパフェ一つでそれほどまでに幸せそうな顔をするものだ、と思った。私なんて、騒がしい空間に嫌気が差しっぱなしで、何もせずとも気が滅入ってしまっているというのに。
「ふぉうふぁ、ふぃふぁふぃふぁふぁ?」
モゴモゴ、と咀嚼と会話の共存を試みた友人に頭を振って、黙ってパフェを食べるように促す。彼女の怪訝そうな表情は僅か一瞬で、それ以降は興味を失ったかのように、また巨大パフェの解体作業に戻った。一口毎にコロコロと変わる表情と、世話しなくパタパタと動く手足。忙しそうだが、何処か楽しげで満足そうな少女の性格にある種の羨ましさすら感じる。周りを一瞥しても、端から見ればおおよその人々は楽しげで明るい表情を浮かべている。少なくとも、お通夜みたいな雰囲気で温くなった珈琲を飲んでいるのは私くらいなものだ。ティーカップから口を離し、ソーサーの上に戻す。僅かに波打った砂糖もミルクも入っていない真っ黒な液体は、私の心象を表しているかのようで奇妙な親近感を覚える。……美味しいかは別として。
一応、先に断っておくと私は別に批判主義の人間では無いし、幸福論が嫌いな訳ではない。幸福論に関しては厳密に言うと嫌いの部類に入るのかも知れないが、此処では些細な事だ。ただ、私には幸福という一過性の事象に対して、目の前に座る少女のように一喜一憂出来ないというただそれだけの話。幸せだとか不幸だとか、真に共感の得られないモノを生涯を生き抜くための指針にしたくないというだけ。可愛げが無いのなんて百も承知。ただ、私の人生を良くしてくれるのは、私だけ。それは確固たる事実だ。他人や環境が多少の影響を与える事はあれど、最後のジャッジを下すのは自分自身。故に私はどうしてもそんな曖昧な感性に身を委ねる気には慣れなかった。
「ご馳走さまでした!」
此方の思考を打ち切るように少女の声が響く。気が付けば、天高く聳え立っていたパフェは跡形もなく彼女の胃袋に納められており、満足げにお腹を擦る少女がそこに居た。
「ねぇ、イズミ。貴女は今幸せですか?」
突然の質問にも関わらず、彼女は花が咲くような笑顔で勿論だと頷いた。思えば彼女が不幸だと口にするところは見た事が無い気がする。
「幸せと不幸を表裏一体と捉え、考えない事にするよりも、幸せだけを享受する、そういうのもアリですね」
小首を傾げながら氷の溶けきったお冷に口を付けている彼女に何でもありませんよと笑みを返して、私は再びティーカップを手に取ると、温かい珈琲を口にした。
『幸せの価値』 『雪』 @snow_03
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