第31話 新たな街との別れ
「セシル――おーい! はぁ……今話したいんだけどなぁ」
なんの声だ? この声は――リリー? じゃあ夢の中だろうな。
俺にウィルの手紙を届けに来た時、何やら話したいことがある様子だった。だから、また夢の中に契約の印を通じて現れたのだろう。
「リリー? 話があるのか?」
目を開き、目の前にいるリリーに話しかけた。
別にただ話しかけただけなのに、なぜか嬉しそうな顔をしていた。
「セシル! よかったぁ……もうすぐ時間切れになるところだったよ」
「俺の夢に入り込むのも時間制限とかあるのか?」
「当たり前でしょ? あのさ、古代魔法って万能じゃないからね〜? できないこともあるんだよ〜」
古代魔法も万能じゃないのか。まぁ、万能だったらみんな古代魔法を学ぶだろうしな。
「そうそう! 話をしたくてさ! え〜っと……依頼主にかなり怒られてしまってさ〜面倒なことになってるんだ〜」
その面倒なことが大きなことじゃなければいいんだが――いや、今までの経験からして俺の性格上「はいそうですか」で済ませられないものなんだろう。
少し身構えてリリーの話を聞くことにした。リリーはなんだか、躊躇いながらも俺に話をしてくれた。
「殺せなくて、指輪も奪ってこれなかったからね……報酬金は全部没収されたよ。それに、ウィルの妹が人質に取られてしまってさぁ……キミを殺せなかったら、代償に妹を洗脳して奴隷にするんだって」
ウィルの妹? なんで……そんな関係ない子に手を出すんだ?
今はまだ敵だけど、俺はウィルのことが心配になってきた。こんな条件を突きつけられて、無理やりまた俺を殺させようとしてくる。
こんなの、正直まともな精神状態でやれるはずがない。
「あと、ボクも何かされるみたい。まぁニンゲンじゃないし、珍しい生物だからね〜研究されるんじゃないかな? バラバラにされて……肉体の一部を切り取られ――怖いよセシルっ!」
そう言ってリリーは俺に抱きついてきた。
――本心でやったんじゃないのは分かる。かまって欲しいか、俺の反応を見て楽しむかだ。
じゃあこっちも乗ってあげようかなと思い。リリーの頭を撫でてこう言った。
「大丈夫、俺が何とか対策を考えるよ。殺しに来たのは正直迷惑だけど、だからって死んで欲しいなんて思ってないさ。リリー、お前は一応俺の知り合いなんだからさ」
そう言うと、なんだかリリーは照れくさそうにこっちを見てきた。
「……っ! 分かっててやってるでしょ……! うぅ……こんなことされたのウィル以来だ! ぐぬぬ〜色気を出してきてさぁ!」
一度殺しに来た奴なのに、なんだか可愛らしいなって、そう思えた。
「まぁ……話したいことは話したから、次はお願いを聞いてよ」
「いいぞ。無理なことじゃなかったらな」
その発言の後、リリーはこっちをしっかりと見ながら俺に話しかけてきた。
「ウィルは殺さないで。あと……依頼主の対処も一緒に手伝って欲しいな。こんなお願い――聞いてもらえるとは思ってない。だけど、お願い……!」
頭を下げてきた――――こいつが頭を下げるなんて、正直想像すらしてこなかった。
――殺しに来た刺客、俺たちの仲を乱した不定形の人外。
そんな奴の言うことは聞きたくない――――なんて思えなかった。だから――――頭を上げさせて、俺はこう言った。
「分かった、ウィルは殺さないよ。元々殺すつもりなんてなかったからそれは大丈夫だ。あと、依頼主の対処は――実態が分からないから上手くやれないと思うけど、全力を尽くすよ」
「…………ありがとう、セシル。優しいニンゲンだね。あのさ……この一件が終わって、依頼主の情報も抜き取ってキミに話したら――本当の姿を見せてあげる。キミになら、見せてもいいかなって」
安堵の表情、微かな微笑み、そんな穏やかとも言える雰囲気をリリーは出していた。
「あっ……もうお別れだね。ほら見て、消えかかってる! 不思議だよね〜」
「本当だ。じゃあ次会うのはウィルとの戦いの時かも知れないのか」
「うん! 約束、ちゃんと守ってね! またねセシル! いつかボクと、と――――」
言い切る前にリリーは消えてしまった。最後に何を言いかけたのかは聞き取れなかったけど、あの表情から察するに、リリーにとってプラスのことだろうな。
俺も夢から覚めそうだ。リリーとの約束を思い返してみながら徐々に目を覚ましていく。
――――あぁ、俺ってお人好しなんだな。
*
「触れると思ったか? アリシア、貴公やはり危険だ! 斬り捨てる!」
「ご、ごめんって! 違うの! 服が寄れてたから直してあげようかなって!」
騒がしいな、なんだろう?
俺はゆっくりと目を開けた。そこには、クラリスとアリシアが言い争いをしていた。
雰囲気的に、クラリスに憑依したアランが言い争ってるのか? そんな気がする。
「アリシア……また何かしたのか……?」
アリシアに問いかけてみると、まぁ予想してた答えが返ってきた。
「あたし何もしてないよ! ただ身だしなみを整えようとしたのに、『オーラが危険だ!』ってアランがクラリスに憑依してあたしに言ってきたんだ」
「きっと放っておけばクラリスは邪悪な手つきでみだらな行為をされていたに違いない。セシル、アリシアに変なことされたことはないか?」
変なことって言われてもな……2人きりで入った時妙に距離が近かったり、抱きついてきたりしたくらいか? でも、それって変じゃないしな……。
俺は少し悩んだ末、アランが気にしすぎなんだと伝えた。
実際そんな感じはするんだ。アリシアが無闇にみだらな行為をするような子に見えないからな。
「気にしすぎか……ふむ、近頃の子はこういうのが普通なのか? 私の時代はあまりなかったからな」
「あたし別に近頃の子じゃないけど…………まぁいっか! 納得してくれたなら安心!」
こうして騒がしい朝は終わりを迎えた。
朝食後、俺はある提案をしたんだ。「そろそろ元いた街に戻らないか?」と。
正直宿暮らしに飽きてきたのもあるし、この街でやりたいことも全部済ませた。
あとは……ウィルと再戦しなきゃいけないってのもあるしな。
ニーナとアリシアは反対しなかった。それに、クラリスは新しい街に行けると聞いてかなり嬉しそうだった。
そして、話が終わり俺たちは元いた街へ戻ることにした。
荷造りをし、宿屋から出て出発と行きたいところだけど、シグに挨拶しておきたい。
そう考え、シグの店へ出向くことになった。
「シグ、おはよう」
「おはよう。その荷物の量……もう他の街に行くんだね」
「元いた街に戻ろうと思ってさ。戻る前にお世話になったから挨拶をしてこうかなって」
そう言うと、シグは少しだけ笑いながらこう言ってきた。
「ふふっ、別にしなくてもいいのに。まぁ、しばらく寂しくなるね。面白い冒険者なんてあなたたちが久しぶりなんだから」
面白いなんて言われてしまったけど、別に嫌な気分ではなかった。
「最後にニーナに伝えたいことがあるんだけど、いい? 大したことじゃないよ」
「私ですか……? なんでしょう?」
シグはそう言うとニーナに近づき、何やら話し始めた。
「あなたって……もしかしてあの家系の子?」
「…………違います。勘違いしてますよ? あの家から……出てくる人は皆さん上級職からスタートの人なんです。僧侶の私がそんなわけ……」
「そうなんだ、じゃあ私の勘違いかな。あと、自分の能力を過小評価しちゃダメだよ? あなたの魔力は、正直見ただけで分かるくらい高いんだから」
その後もしばらく何かを話している様子だった。
ニーナの魔力が高いのは、初めて彼女の治癒魔法を見た時に何となく分かっていた。
あんな一瞬で傷を治したんだ。それも跡を1つも残さずに。
それよりも"あの家系"ってなんだろう? ニーナはやっぱりいい家系の出身者なのだろうか……それでも、大切な仲間なのは変わりないが。
今度、嫌がられなければ聞いてみようかな。
そして、ニーナとシグが話しているうちにお別れの時間がやってきたんだ。
「ごめんね、話し込んじゃって。お別れ前の挨拶は短い方がいいよ、名残惜しくなるからね。それじゃ、またどこかで会えたらいいね」
シグが手を振ってくれた。それに、微かだけど笑みを浮かべている。
普段は仏頂面で、無愛想な子だけど、こういう時にはちゃんと感情を表に出してくれる。
とても可愛らしくて素敵な子だったな。ドラゴニュートのシグ。俺の心にずっと刻んでおこう。
「じゃ、じゃあねシグ!」
「お世話になりました!」
「最後に……しっぽ触りたかったな……」
店の外に行き、転移の準備を始めていた。
各自お別れの挨拶を言い、次は俺の番だった。
「シグ、武器の件ありがとうな。君のおかげで、みんな戦いやすくなったと思うよ! 暇な時、また会いに行くからな!」
その言葉の後、転移魔法をアリシアが使い、俺たちはエリシェという街に別れを告げた。
――――さよなら、エリシェ。新しい出会いをありがとう。
*
目を開けると懐かしい風景が広がっていた。あの街に帰ってきたみたいだ。
その時、ふと思い出したんだ"昇格申請ってどうなってるんだ"って。
まぁ、急ぐことじゃない。ウィルの件が終わったら、ギルドに確認しに行こう。何せ、ここは本部だからこういう話は聞きやすいはずだ。
俺はそんなことを思いながら、久しぶりに俺たちの家へと帰宅するために足を進めていた。
次の更新予定
訳あり少女の冒険譚 橋野ユウ @Yu_hashino_EXAM
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