第30話 稽古の成果

 次の日、俺は昨日と同じく稽古をするために、いつもより早くに起きて昨日と同じ草原へと向かっていた。

 そこではアランに昨日学んだことの復習などを中心に行っていった。そして、一段落つきアランと何気ない話をしていたんだ。


「セシル、今まで何も学んでこなかったのが惜しいくらいの成長ぶりだな」


「そうか? アランが丁寧に教えてくれるから、俺もすんなり覚えられるんだと思うぞ」


 この言葉に嘘なんて交じっていない。本当にアランは丁寧に教えてくれているんだ。

 どこがダメなのか。どう改善するべきなのか。そういったことをちゃんと伝えてくれる。

 そんな教え方をしてもらったら、自然と色んなことが身につくはずだ。


「ふっ、おだてても何も出ないぞセシル。まぁ、生前は指南役をしていたこともあったからな」


 生前か――アランと俺は死んだことがあるという共通点がある。

 こんなこと話しても信じてもらえないとは思うけど、少しだけ話してみたいって気持ちもあるんだ。

 一度死を経験した者同士、なんだか話が合いそうな気がしてさ。


「セシル、最後に模擬戦闘でもしないか? 復習も踏まえて、どこまで学んだのか見てみたいのでな」


「模擬戦ってやつか? 俺もちょうど確かめてみたかったんだ。早速始めよう!」


 俺はそう言ってアランと模擬戦闘を始めようとしていた。

 この模擬戦闘のルールとしては、"魔法を使わず、剣術や体術のみでの戦い"とのことだ。

 つまり、正面で正々堂々戦うってことらしい。


「よし、殺しはしないがある程度本気で行くからなセシル」


「こっちも手加減しないぞアラン!」


 そして、アランと俺との模擬戦闘が始まった。

 アランは真っ先に剣を俺に向かって振りかざしてきた。かなりの速度で、正直言って避けられる自信が無かった。

 だから、俺は無理に避けようともせず剣でその攻撃を防いだ。

 甲高い金属がぶつかり合う音が辺りに響き渡った。しばらくアランと俺の剣が交わり続けた。

 このままでは何の進展もない状態がずっと続いていくはずだ。だから、俺はこの後にどう攻撃するのかを考えていた。

 このまま力の強さを利用して押し切るのもいいけど、それじゃあ面白みがあまりない。

 だったら、あえて体術を使って攻撃に転じるのもいいかも知れない。そう思い、俺は一瞬力を緩めて隙を誘った。

 アランはどうやらこの誘いに乗ってくれるみたいだ。一瞬隙を見せたのを感じ取って、自身の剣を俺の剣に押し当ててきた。

 アランの体がさっきよりも近くに寄ってきてくれた。これなら、思いっきり拳を腹部に当てられる。

 アランと俺の距離がかなり近くになった瞬間、俺は両手でつかんでいた剣を片手でつかむように切り替え、空いた片手で思い切りアランの腹部に掌底を食らわせた。


「ぐっ……! やるな!」


 アランは不意を突かれて吹き飛ばされたものの、踏ん張って岩などに激突しないようにしていた。

 やっぱり稽古をして正解だった。さっきのシチュエーションは、恐らく何もしていない状態の俺だったら魔法に頼ってしまっていたはずだ。

 魔法が効く相手だったらそれは正解だけど、ウィルのような魔法を無効化する奴相手なら、自分で隙を作ってしまう悪手となりえるんだ。


「ならばこれならどうだ? いくぞ!」


 そう言ってアランは猛スピードで俺に突っ込んできた。同時に、かなりの速さで剣を振ってきている。

 俺は受けるので精一杯だったが、このままじゃやられっぱなしだ。こんなんじゃ何も変わっていない。

 そんな気持ちが俺を動かした。攻撃を受けるのをやめて、俺も今まで学んできた剣術を利用して反撃を始めた。

 激しい競り合いだった。何度も何度も互いの剣先がぶつかり合い、甲高い音を辺りに振りまいていた。

 アランも俺も、お互いに自信の体に剣先をぶつけられないように応戦していた。

 この様子は――教わったばかりの素人と教官の戦いではなく、まるで本当に騎士同士の戦いのように思えた。


「セシル……素晴らしいぞ! ここまでやれるなんてな! こちらとしても教えた甲斐があったというものだ!」


 素晴らしいなんて言われて、嬉しくない奴なんていないはずだ。

 だからなのか、俺の顔は少しだけ笑みを浮かべてしまっていた。この状況にそぐわないと言われてもおかしくない表情だ。

 だけど――成長が実感できて嬉しかったんだ。


「ありがとうな、アラン!」


 その言葉と同時に、俺はアランの癖とも言える隙を見つけた。

 剣を横向きに振る時、半身が無防備に近い形になるんだ。

 アランも分かっているのか、そう簡単にその隙を突かせないように工夫はしていた。並の相手なら気づいたとしてもその隙を突くことなんてできないだろう。

 だけど――俺ならきっとできる。だって、アランに1日中みっちりと戦い方などを教えてもらったのだから。

 そう考えていると、隙を突くチャンスが訪れた。横向きに剣を振ってきたんだ。

 今回は左半身が無防備に近い形になっている。――だから、俺はその一瞬でアランの左半身に剣を突き刺した。


「ほう……!」


 アランは大きく怯み、軽く倒れ込んでしまった。


「あっ……! ごめんな! やりすぎたか!?」


 俺は慌ててアランに近づいた。幽霊だから死ぬことはないけど、なんだか不安になってしまう。


「問題ない。少しびっくりしただけだ。まさか……私の弱点を突いてくるとはな……工夫はしていたが、こうも見事にやられるとは」


「昔の俺なら多分気づくことすらできなかったよ。本当にありがとうなアラン! …………これなら……あいつにも勝てるかも」


「あいつ……? 因縁の相手でもいるのか?」


 ついうっかりウィルのことを呟いてしまい、アランにそれを聞かれてしまった。

 隠し通す意味なんてないため、俺はあの時のことを簡潔にアランに伝えてあげた。


「なるほどな……セシルはそれで私に稽古をつけて欲しいと頼んだのか」


「負けるなんて、初めてだったからさ……こんなんじゃ誰も守れないって気づかされたんだ」


「まぁ、確実にそうとは言えないが、次戦うとしても負けることはないだろうな。貴公はもう十分成長したはずだ」


 成長した……そうかもな。

 少なくとも、初めて負けたあの日から大分成長しているはずだ。


「今のところは時間を作って教えられることはもうないな。気になったことが追加で出てきた時に、また貴公に教える。ひとまず宿へ戻るとしよう」


「そうだな。みんな待ってるだろうし、行こうか」


 そう言って俺たちは宿へと戻って行った。


 *


 宿屋に戻ると、なんだか騒がしかった。というか、フロントでニーナたち3人と1人の女の子が話していたんだ。


「あっ、あの……セシルさんっていますか?」


「セ……セシルは出かけてっ……あの……あたし無理! ニーナ代わりにやって!」


「えぇ……まぁいいですよ。気を取り直して、要件はなんでしょうか?」


「お手紙が届いてまして! セシルさん宛です!」


 また手紙か……? なんか嫌な予感がしてきた。

 俺はそう思いながらも、帰ってきたことを伝えるためにニーナたちへ近づいて行ったんだ。


「あっ! 噂をすればセシルさん戻ってきましたね!」


「セシルお姉ちゃん……アランと遊んでてずるい……私もアランと遊びたいな……」


 遊んでるわけじゃないんだけどな……。でもクラリスからアランを離す時間が多くなったのは事実だ。

 俺はクラリスを撫で、きっとどこかそばにいるであろうアランに話しかけた。

 どうやら、アランは既にクラリスのそばにいたらしい。

 クラリスがアランの存在に気づくと、柔らかな笑顔を見せてくれた。


「セシルさん、お手紙です。差出人は――」


 待てよ? この状況前にも見たよな……ということは、もしかしてまたウィルからの手紙か?


「ウィリアムさんからです。えっと、頼まれた際に言われたのですが、どうやら早めに返信が欲しいらしく、手紙の空欄に何かメッセージを書いて送り返して欲しいとのことです」


 やっぱりな。でもなんで俺がここにいることが分かったんだ?

 しばらく留守にするとか言ってるわけないし……まて、夢にリリーが出てきたよな? 夢で繋がっているということは……この契約の印がある限り、リリーに今いる場所がバレてることも考えられる。

 となればリリーがウィルに話したんだな……あいつ、ストーカーみたいなことするんだな。

 そう思いつつも、俺はウィルからの手紙に目を通した。

『もし生きているなら、空欄に何かしらメッセージをよこせ。最後の戦いをしようじゃないか。お互いに命を賭して戦うぞ』

 こんなことが書かれていた。メッセージか……再戦の予定でも書いておくか。

 俺はその手紙に、『夢で特殊な理由でリリーが出てきた。どうせまた出てくるはずだから、その時に再戦の時間を伝える。殺しはしない、ただ俺が勝ったら色々と話してもらうぞ』と書き込んだ。


「はい、書きましたよ。じゃあ送り返してくださいね」


 そういうと、配達員の女の子は手紙に目を通した瞬間なぜかにやけ始めた。


「ふふっ……なるほどね……」


 ――こいつ、もしかして!

 そう思った俺は、失礼なのを承知で配達員の子の腹部を確認した。

 服をめくってしまったが――もし間違いなら真摯に謝ればなんとかなるはずだ。

 ――――そして、腹部には……印がついていた。


「お前……リリーか!」


「へっ……? いや違いますよ! 誰ですかリリーって……それに服をめくるなんて……」


 俺はその子の耳元へと近づき、こう伝えた。


「リリー……ストーカーみたいなことはやめてくれないか……? 頼む……仲間との時間を邪魔しないでくれ……」


 そう伝えると、配達員の子は声を変え、俺に小声で話しかけた。


「ごめんね……ボクは別にストーカーするつもりじゃなくて……とにかく……続きはまた夢の中で話すよ……! ちょっと色々あってさ……」


 色々……? まさかリリーたちも厄介事に巻き込まれてとかないよな?

 そうなったら……またやることが増えてしまう。


「て、手紙は受け取りました! それでは失礼します!」


 そう言って配達員に扮したリリーはどこかへ行ってしまった。

 その後、俺たちは部屋に戻ったんだが――リリーの言葉が気になって仕方なかった。

 それに、また夢の中に出てくるのは確実だ。その時何を聞かされるのか、何を話すべきなのかを考え込んでしまっていた。

 まぁ、それは後で考えるか。今はみんなとの時間を大切にしよう。

 俺はそう思い、残った時間を大切に過ごすことにした。

 残りの時間は――とても有意義だった。みんなで笑い合い、就寝の時間が来るまで楽しい時間を過ごしていた。

 明日もいい1日になりますようにと、そう心の中で祈りながら、俺は瞼を閉じて眠りに落ちていった。

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