第29話 アランとの稽古
「ふぁぁ……今日は稽古の日か。さっさと起きて準備しないとな」
稽古の日ということもあってか、俺は普段よりも早起きだった。
服を着替え、身だしなみを整えていると、ニーナが起きてきてくれた。
そして、アランも姿を現し、俺に話しかけてきてくれた。
「ニーナ、セシルを貸してはくれぬか? どうやら稽古をつけて欲しいみたいでな」
「そうなんですね〜大丈夫ですよ! それに、稽古というのであればセシルさんもっと強くなっちゃうんですね! ふふっ、なんだか楽しみです」
ニーナがそう言ってくれるとなんだか気合いが入るな。稽古が終わる頃には見違えるほど強くなってあげよう。
食事も終わり、俺とアランは草原へと向かっていった。
*
草原は広く、魔物なんていそうにもなかった。早速アランは何かを教えてくれるみたいだった。
「では、私からは武術について教える。魔法は使えないんでな……そこは自分でなんとかしてくれ」
「分かった。俺もちょうど武術を学びたかったんだ。よろしく頼む!」
そして、その言葉の後稽古が始まった。
まずは基礎をしっかりと教えてくれるみたいで、剣の振り方、構え方、適切な体勢などを細かく丁寧に教えてくれていた。
「セシル……なぜそんなヘナヘナなのだ」
「えっ……? これちゃんとしてないか?」
「してない! もう一度教えるからな? しっかり聞いておけ」
素人の俺には馴染みのない話だったからか、結構頭に入れるのに時間がかかってしまった。
それに、握ったことのない剣の話をされてもよく分からないことが多く、何度もアランに説明することがあった。
その度にアランは「なぜ今まで生き残れてきたのだ……?」と疑問に思っていた。
なんで生き残れてきたのかっていうのは――女神のおかげなんだよな。
ただ、そろそろ能力だけで何とかできる環境じゃなくなってきた。ウィルなんてそうだ、あんなのがいれば、このままの俺ならいつか殺される。
だからこそ、少しでも手慣れの奴と戦えるように、動きとかの練習をしておきたかったんだ。
「そういえば、セシルはあまり疲れを見せないな? まだ疲れていないのならば、追加で数時間教えていいか?」
「あはは……そんなに肉体的な疲れは感じなくてさ。だからあと何時間でもいけるぞ」
身体能力がおかしいのもあり、肉体的な疲れはほとんど感じない。
俺が疲れたって感じるのは、体が動かないとかではなく、精神的に疲れてきたというのがほとんどだ。
その後も稽古は続いていった。剣の次は体術、これも基本的なことから中心に教えて貰っていた。
「セシル、試しにそこの岩に拳をぶつけてみてくれ」
「え? あぁ、分かった。そりゃっ!」
――分かっていたが、岩は粉々になってしまった。
アランは正直目の前でこんなのを見せられたせいか、しばらく固まっていた。
その後、俺に話しかけてきてくれた。
「……なぜそんな腰が抜けた構えで岩が壊せるのだ」
「お、俺力はかなりあってさ! あはは……知識がないだけで! その!」
「ふむ……才能があるということか? ではその才能を与えた親に感謝するんだな。あとは、その恵まれた才能を活かせなかったことを悔いるのだ」
親に感謝って言われてもな……女神って今の俺の親って感じだし、女神に感謝しておこうかな。
こんなこと女神の前で言ったら、騒ぎ出して大変なことになりそうだ。
「セシル、力が備わっているのは分かった。では次に戦い方を教える。そうすれば、その力も上手く使えるはずだ」
「ありがとうな。えっと、じゃあ今から剣術と体術の両方でそれをするってことか?」
「その通りだ。では再開といこう、まずは復習がてら剣術からだ」
そう言われ、俺は剣術での戦い方や、相手の攻撃の対処法を教えて貰っていた。
学生時代を思い出すな。俺って運動が出来なくて、いつも誰かに教えて貰っていたんだ。
そんな思い出をフラッシュバックさせながらも、アランの稽古を真剣に受けていた。
少しずつだけど、身についてきている気がしてきた。最初はガチガチだった俺の体も、自然と動けるようになってきていたんだ。
そして、何よりも楽しくなってきた。自分が少しずつ成長しているって、そう実感できたからだろう。
「ふっ、セシルそんなに楽しいか? 笑顔が出てきているぞ」
「えっ? はは……まぁ、楽しいよ! 成長してるって実感できるからさ!」
そう伝えると、アランは微笑んでくれた。鎧越しだから、微笑んだ表情をしているか分からないけど、雰囲気で微笑んでいるんだって分かったんだ。
「剣術はまぁ様になってきたな。やはり見立て通り、貴公は基礎さえ教えれば十分なタイプだったか」
「そうかな?」
「うむ、私の知らない所で何かを学んでいたりしていたか? それか、飲み込みが早いとか言われていたか?」
あー……飲み込みの早さならゲームとかでよく言われていたな。
少し教えて動画を見せれば、人並み以上に動けるから凄いとか、そういうのは言われたことがある。
仕事でも……まぁ覚えるのに関しては早かった。実際にそれを活かせるのかは別としてな。
「えっと……ま、まぁ昔言われていたな! あはは……でもそんなに凄くないよ」
「凄いかどうかではなく、こちらとしても教えがいがあるから聞いたのだ。ほら、今日教えたことの総確認をするぞ」
その後、今日教えてもらった基礎の総確認を行った。沢山教えてもらったから覚え切れるか不安だったけど、どうやら体が覚えてくれているみたいだった。
今日の稽古はこれで終わりらしい。明日は応用として、アランと模擬戦闘をするんだとか。
その後、追加で何か教えるかは模擬戦闘次第で決めるそうだ。
*
宿に戻ると、一足早くニーナが出迎えてくれた。
「セシルさんっ! どうでしたか?」
「色々身についたみたいで、有意義な時間を過ごせたよ」
「それはよかったです! あと、汗をたくさんかいてるみたいなので、お風呂に入ってきてはどうですか?」
確かに、汗は結構かいていた。このままくつろいでも汚れとかが付きそうだし、俺はニーナに言われた通りにお風呂で体を洗っていた。
その後は、お風呂から出てこの前買った私服に着替えてのんびりと過ごしていた。
この服……すごく落ち着くな。
「セシルさん、この後2人で散歩に行きませんか? 久しぶりに2人きりで過ごしてみたくて……」
「俺はいいけど、アリシアとかクラリスは大丈夫なのか?」
そう言うと、聞き付けてきたのかアリシアが話しかけてきた。
「あたしはクラリスと遊んでるから大丈夫! ニーナと2人きりで楽しんできて!」
アリシアがそういうのなら、ニーナの誘いに乗ってあげよう。
俺はそう考え、ニーナと2人きりで街中を散歩することにした。
「最初はずっと2人きりで過ごしていましたよね。今はこうして色んな仲間が増えて、すごく賑やかです!」
「そうだな。でもさ、俺はこんなに仲間が増えてもニーナとの出会いは忘れていないよ」
「もう……そんなこと言わないでください! その……私もセシルさんとの出会いは……忘れられるわけなくて……えへへ」
なんだか照れ始めていた。ちょっとまずかったかな?
でもこんな表情のニーナが凄く好きなんだ。可愛らしくて――俺にとっての癒しなんだ。
「ニーナ、手を繋がないか?」
「ふふっ、いいですよ! ……なんだかカップルみたいですね」
カップル……ニーナとカップルだって? 俺としてはいいけど……女の子同士だし、ニーナはそれでいいのかな?
いや待てよ……比喩表現だ、本気で言ってるわけじゃない。
心の中で自分を落ち着かせていた。心は男だ、こんな可愛い子に『カップルみたいですね』なんて言われたらドキドキするのは当たり前だ。
「カ、カップルなんてそんな! えっと……俺たち女の子同士だし! その……べ、別に俺はいいんだけど! あの……」
動揺が隠せず、ニーナに笑われてしまった。
「セシルさんってば、ただの例えですよ。まぁでも……もしセシルさんが…………いえ、言わないでおきます!」
なんだよそれ、ちゃんと言ってくれよ!
こうやってはぐらかされたりすると、余計に考え込んでしまう。
「セシルさん……あの痛いです……握りすぎですっ……あうっ」
「えっ!? ごめん! 怪我してないか!? 俺そんなに強く握ったわけじゃないけどな……」
心の動揺が体にまで出てしまった。
全く……元はと言えば俺が手を繋ごうなんて提案したからだな。
そんな動揺を紛らわせようと、俺はニーナと些細な会話を続けていた。
何を話しても、ニーナは笑ってくれる。逆にニーナが何を話しても、俺は自然と笑みがこぼれる。
そんな心地いい時間を過ごしていると、ふとニーナが「空を見てください」と言ってきた。
言われた通りに空を見上げると――――綺麗な夕日が広がっていた。
「綺麗ですね〜、なんだか1日がもうすぐ終わるって合図なのに、虚しさとか感じませんよね」
「虚しさか……実はさ、俺ってニーナと出会う前はずっと1人だったんだ。友達もいなくてさ……前話したっけ?」
「寂しい生活をされてたのは聞きましたが、まさか友達もいないなんて思いませんでした……妹や姉もいませんでしたか?」
「いないよ、ずっと1人だったんだ」
そう言うと、ニーナは俺の頭を撫でてきた。
「セシルさん、大丈夫ですよ。もう1人ではありませんからね。私も、アリシアさんもクラリスさんもいます。ちょっと変わり者ですがアランさんだっていますし」
「そうだな、みんながいてくれるから……結構毎日が楽しいんだ。感謝してもしきれないよ、本当に」
そんな会話をしつつ、夕日を眺めていた。
昔は――夕日に対して何も思わなかったんだ。でも今は、夕日を見かけたら1日の出来事を振り返るようになってる。
きっと、前世では無価値だった1日が、転生して価値のある1日に変わってきたからこうなったんだと思う。
――だから、こんな1日がずっと続くように。いや続けさせるために、俺がみんなを守らないと。
――力を使いこなして、絶対に負けないようにしないと。
そんな決意が、なぜか自然と生まれてきた。
「セシルさん、そろそろ戻りましょうか」
「そうだな、もうすぐ夕食時だし戻ろう」
そう会話を交し、ニーナと手を繋ぎながら宿へと戻っていった。
明日の稽古も、頑張ろう。
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