第26話 第25話 最後の素材集め②

「はぁ……倒せたし剥ぎ取るか……」


 サラマンダーを倒せたというのに、俺の気分は下がりきっていた。

 それもそうだ、全身血まみれで目の前には肉塊と化したサラマンダーが散乱し、その肉塊の一部が俺の頭の上に降り注いでいた。

 こんな状態でやりきったとか、倒せてよかったとかいう気持ちなんかよりも、なんでこんなことにって気持ちになるのは自然だ。


「セ、セシルさん……大丈夫ですか?」


 ニーナが話しかけてきてくれた。でも、少し距離を取られている……それもそうだよな、血なまぐさいんだしさ。


「大丈夫……怪我とかしてないからさ……とりあえず、剥ぎ取ろう……」


 そういうと俺は何とか原型を留めている部分から鱗を剥ぎ取り始めた。


「あ、あたしも手伝うよ!」


 アリシアも手伝ってくれるみたいだ。俺がこんな状態になっても、相変わらず2人とも優しいな。

 剥ぎ取る対象となっている鱗は、サラマンダーの体格に比例するように大きめだった。

 結構硬く、艶がある感じで上手く加工すれば何にでも使えそうな質感をしている。

 少し多めに取ってきて欲しいとメモに書いてあったため、それに従うように多めに剥ぎ取っていった。


「次は牙か……うーん、残っているといいんだけどな」


 俺はそう言いながら牙を探していた。運が良ければ牙だけ残っているとかありえるかもしれないからな。


「セシル、これってそうじゃない?」


 どうやらアリシアが見つけてくれたみたいだ。

 アリシアの方を向いて確認したが、何本か綺麗に残っている牙が落ちていた。


「運良く残ってたな。牙だけ見つからなくてまた倒すはめにならなくて助かった……」


 牙も何本か取り、ギルドへ報告するための部位も取っていった。

 正直ただの肉塊としか思えない部位だが、サラマンダーの部位だと分かるならなんだっていいはずだ。

 そんなことを思いつつ素材回収をしていると、アランがこっちにやって来て話しかけてきた。


「セシル……素材集めなんだろう? なぜこんな木っ端微塵にしたのだ」


「えっと……つい」


「状況に応じた魔法を使え。貴公もこんな目に会うのはごめんだろう」


 うぅ……体が汚れきって気分が落ち込んでいる時に、アランの言葉は余計に刺さる。

 本当に、いつまで力に振り回されているんだろうな……早めに稽古をつけてもらおう。

 正直、今のままだったら俺自身が嫌なんだ。

 そんなことを考えながらも、素材は集め終わり、俺たちは街へと戻っていった。

 流石にこんな状態で歩いて帰るのは大変だろうということで、アリシアの転移魔法で街へと帰っていった。


 *


 街へ着き、早速ギルドへと足を運んだんだが……他の冒険者の視線が刺さり、早くこの場を去りたかった。


「おいおい……あの子大丈夫か?」


「血なまぐさい……食事が台無しだよ……」


 ふとニーナたちの方を見たんだが、なんだか気まずそうな表情をしていた。

 なんか……ごめんな、みんな。


「それで、シルバー等級の冒険者がサラマンダーの依頼を受けたんですよね〜これって私の責任になりますか?」


「うーん……自己責任じゃないかな? 無理した冒険者が命を落とすなんてよくあるし気にしなくていいよ」


 受付まで行くと、会話が聞こえてきた。

 受付嬢同士で話をしているらしいが、この内容から察するに俺たちのことを話しているみたいだった。


「あの、サラマンダーを倒してきたんですけど」


 俺が受付嬢に話しかけると、1人の受付嬢が俺の方を見た瞬間、驚くような表情をし始めた。


「えっ……嘘っ……! 生きてる! ちゃんと倒したんですか!?」


「え? まぁ倒しましたよ?」


「ま、まさかシルバー等級が……凄いです……! ゴールド等級すら苦戦する魔物なんですよ!?」


 そうなのか。まぁ……それならこういった反応になるのは理解できるな。

 シルバー等級がゴールド等級でも苦戦する魔物を、返り血は浴びたものの無傷で倒してきたとなれば、誰だってこんな反応をするはずだ。


「あの……失礼ですよ? セシルさんは凄い人なんです。そんな言い方よくありませんよ?」


 ニーナが受付嬢に少し怒っている様子だった。

 まぁ、言い方には確かに問題はあるからな。


「ニーナ、別に気にしてないからいいよ。それに、誰だってこんな反応するさ」


「でも……なんだか馬鹿にされた気分です……」


 俺は何とかしてニーナをなだめていた。

 ちょっと怒っているだけなため、そんなに大事には至らなかった。


「あ、あの! 嫌じゃなければ昇格申請を出してもいいですか? シルバーのままでいるにはもったいないです!」


 受付嬢は随分と盛り上がっているみたいだった。

 別に申請を出して困るようなことはない為、俺は受付嬢にお願いすることにした。

 そして、その後は報酬を受け取り、次にシグの店へ素材を渡しに行った。


「なんか臭い……ねぇ、どうしたらそうなるの?」


 店に入った瞬間、シグに案の定何か言われてしまった。


「しょうがないだろ……魔法で倒したらこうなったんだ」


「『しょうがない』って……手加減せずに木っ端微塵にしたってことだよね? 素材は無事? 傷ついてたらもう一度行ってもらうからね」


 そう言ってシグは素材の確認を始めた。

 頼むからもう一度行けとかにならないで欲しいな。今は正直そういう気分じゃないのだから。


「ちゃんと綺麗なのを選んできたんだね。まぁこれでいいか。みんなお疲れ様、武器は2日後に出来上がるからそれまで待っててね」


 どうやら素材に問題はなかったようだ。そして、さっき説明された通り、2日後に完成した武器を渡してくれるらしい。

 ニーナたちのは新調するからいいが、俺の場合は強化だから今持っている剣を預ける必要があった。

 初めてニーナに買ってもらった剣がどんなふうに生まれ変わるのか楽しみだ。


 *


 そして、素材集めが終わり、まずはゆっくり休もうと宿屋に戻った。

 だが、すぐ横たわるわけにはいかず、俺はお風呂で体を洗うことにしたんだ。

 でも……なぜかアリシアまでついてきた。


「セシル! 2人きりなんて初めてだね!」


「えっ、あぁそうだな。2人きり……確かに初めてかもな」


 目の置き場に困り、いつも通りキョロキョロしてしまっていると、アリシアが俺に触れてきた。


「あのさ……セシルって本当に肌綺麗だよね……透き通ってるし……それにっ……!」


「ひゃっ……アリシア? あのさ……やめてくれないか?」


 相変わらずアリシアは俺の肌を褒めてきた。

 なんか恥ずかしい……肌が綺麗とか言われたことなかったからかな……。

 そんなことを思っていると――。


「セシル……!」


「ひっ……! ア、アリシア? あの……ごめん……俺っそういうのは……!」


 アリシアが俺に抱きついてきた。服を着た状態ならまだしも、お互いに裸で抱きつかれると、胸同士が直接当たったりと、少し困ってしまうことが多い。


「セシル……君と出会ってよかったよ……あのね、ずっと冒険者になりたかったんだ。君のおかげで、その夢が叶った」


「そ、それは良かったよ……だからまずは離れて――――」


「……嫌だ。セシル、しばらくこうしていい? セシルを見ていると……こうしたくなるからさ」


 大切な仲間の頼みは断れない……。

 俺はアリシアの頼みを受け入れ、それに俺も抱き返してあげた。

 その時のアリシアの表情は……とても嬉しそうだった。

 その後はアリシアに体を洗ってもらっていた。こんなことができるのは、女神が俺を女の子として転生させてくれたからかもしれない。

 前世は……異性関係なんて縁もなく。女の子とだって……幼少期の時ですら話すだけとか、そんなレベルだった。

 別に異性の体を利用してとか……そんなのは思っちゃいない。

 ただ、前世で作れなかった関係が作れたり、起きなかった出来事が起きたりと、そんなことに出くわすことが多く、正直楽しかったんだ。

 女の子に転生した時は正直困ったけど、案外悪くない。そうだ、気が向いたらちょっとだけ話し方を変えたり、一人称を変えたりしようかな。

 どうせ馴染めなくて元に戻るけど、少しだけ――女の子らしくしてもいいかなって、そう思えてきた。


「セシル、そろそろ出よっか」


 アリシアのその発言に賛同するように、俺はお風呂場から出た。


「なぁアリシア……もしだよ? 俺の話し方が変わったりしたらどう思う?」


 体を拭く際に少し聞いてみた。単に気になってしまったからだろう。


「うーん……あたしは今のセシルがいいかな。"俺"って言ったり、男勝りな口調な所が好きなんだよね! ……ちょっと惚れそうになるし」


 最後の一言は加えるべきじゃないと思うな。

 だって、少しドキッとしてしまったのだから。


「そっか、じゃあこのままでいようかな」


 そして、俺たちはニーナたちの元へと戻っていった。


「はぁ……これどうしましょう。クラリスさん、アランさん……何か案があれば教えてください」


「クリーニングとか……? この街に服屋あるし……」


「服など気にしたことはなかったな。基本的に鎧をまとっていたからな。まぁ……腕利きの奴に洗ってもらうのがいい」


 何故かアランが姿を現し、クラリスとニーナとで話していた。

 あれ? もう信用してくれたのか?


「アラン、姿を現すなんて珍しいな」


 俺がそう言うとアランは少し目線を逸らし、何か言ってきた。


「まぁ……過ごしていたら大体分かったんだ。貴公らが良い心の持ち主だということがな」


「信じてもらえて嬉しいよ! それで……俺の服を見つめてみんなは何してるんだ?」


 俺がそう聞くと、ニーナが申し訳なさそうに答えてくれた。


「先程、洗濯をしたのですが……汚れが落ちるどころかこびりついてしまって……どうしようもなくなったので相談していたのです」


「洗ってくれてたのか、ごめんな、俺の服なんだし俺がやるべきなのに」


「いえいえ、私がやりたかっただけなので気になさらず! でもどうしましょう……やはり服屋さんに相談しましょうかね」


 服屋……そういえば前に俺の服を探したいとかアリシアが言ってたな。

 まぁいい機会だ。予備の服をそこで買っていこう。


「それなら明日服屋に行ってみるか。安い服を何着か予備として買っておこう。ついでにクリーニングもしてもらおうか」


「そうですね! でも……明日着ていく服はどうしましょう? ……そうだ、私の予備の服を着ませんか? サイズなら割とピッタリだと思います!」


 ニーナの服を……着る? そんなの絶対ダメだ!

 俺は必死に抵抗した。嫌だとかそんなんじゃなくて、汚したり破ったりしたら申し訳なくて仕方なくなるんだ。

 借り物を汚すなんて、最低だしな。

 でも、ニーナは全く譲らなかった。「寝巻きで出かけるつもりですか?」とか「そんなはしたないセシルさん見たくありません」とか言ってきたんだ。

 どれも一理あるからか……しばらくして俺の方が折れてしまった。


「……分かった。ニーナがいいなら着ていくよ」


「おぉ〜! ニーナの服を着たセシルが見れるんだ……! せっかくなら髪型もニーナとお揃いにしよ!」


「や、やめとくよ……あはは……アリシア、なんでそんなに乗り気なんだ?」


 なんだか妙に乗り気なアリシアが少し怖かった。

 その後は明日の予定をみんなで決め、いつも通りサービスの食事をとって、眠くなるまで談笑していた。


「明日楽しみだな〜! ニーナの服着たセシル〜……ふふふっ……眼福……!」


「何言ってるんだ……ほら寝るぞ」


「はーい! それじゃあみんなおやすみ!」


 アリシアの挨拶に応じて、みんなはそれぞれのベッドで寝そべった。

 さて……明日は変なハプニングも起きず、平和な日になりますように。

 俺はそう祈りながら、眠りに落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る