第25話 最後の素材集め

 なんだか話し声が聞こえてくる。もう朝なのかと、そう思い目を開ける。

 そこには既に目覚め、話をしているニーナたちがいた。

 どうやら今回は俺が1番遅く起きてきたらしい。


「ふぁ……おはようみんな」


 いつも通りみんなに朝の挨拶をした。遅く起きてきたことを責め立てられるわけでもなく、笑顔で俺に返事をしてくれた。


「セシルお姉ちゃん……起きるの遅いね……寝坊はよくないよ」


「あはは……クラリスに言われるとなんか刺さるな」


 年下の女の子に注意されてしまうなんて、俺もまだまだだ。

 だいぶ早起きする生活には慣れてきたと思ったんだけどな。どうやら、安定して早起きするにはまだまだ時間がかかりそうだ。


「先程、宿屋の人が食事を持ってきてくれましたよ。皆さんで一緒に食べましょうか」


 ニーナのその言葉を聞き、ふとテーブルの方を見ると、そこには既に食事が並べられていた。

 決して量は多くないが、それでも用意してもらえるなんてありがたい。

 この宿に泊まってしばらく経つが、食事のサービスは本当にありがたかった。

 おかげで予算も浮くし、それに普通に美味しい。

 そういえばこういう食事のサービスって、俺の世界の宿泊施設にもあったな。


「うげ……卵あるんだけど……ニーナ食べてくれない?」


「好き嫌いはよくありませんよ? ちゃんと食べてくださいね?」


「へぇ……エルフって……長生きなのに嫌いな食べ物とかあるんだ……子供みたい……」


 3人の談笑が聞こえてくる。本当に微笑ましい。無言の食事よりも遥かに楽しいな。

 俺はそんなことを思いながら、話を混じえながら食事を続けていた。

 程よい量の料理なのもあり、食べ切るのにはあまり時間はかからなかった。

 食事を終え、今日やることを3人に話すことにした。

 今日は最後の素材集めだ。"サラマンダー"という魔物の鱗と牙を適量集める必要があるらしい。


「この地域ってサラマンダーが生息しているのですね……あの魔物、書物で目にした程度の知識しかありませんが、かなり大きいはずてす」


「あたしの矢じゃ貫けないとかだったら困るなぁ……でもセシルがなんとかしてくれるよね」


「悪いけど俺は万能じゃないんだぞ……? できないことだってあるんだし」


 そう伝えるとアリシアは微笑みながら、「セシルは強いから大丈夫でしょ!」と言ってきた。

 期待というのは嬉しい半面、プレッシャーになるな……。


「セシルお姉ちゃんと……アランがいれば……大丈夫……! 勝てるよ……多分余裕だよ……」


「クラリスまで……分かったよ、今回の討伐は俺に任せてくれ。その代わり、後方支援はよろしくな」


「もちろん!」


「任せてください!」


 アリシアとニーナが元気よく返事をしてくれた。

 俺が前線に立つことはこれで決まったな。さて、みんなに被害が行かないように頑張って立ち回らないと。

 俺はそう心に決め、みんなを連れてギルドへ向かった。


 *


 ギルドに着くと、俺たちは早速掲示されている"サラマンダー"の討伐依頼を見つけ、受付嬢の元に持っていった。


「えっと……失礼ですが等級は"シルバー"3人と"ブロンズ"1人ですよね?」


「そうですが……? もしかして今の等級では受けられないとかですか?」


 もしそうなら正直困る。ここに来て足止めを食らうなんて正直ごめんだ。

 今までが順調に進んでいるからか、俺はそんなことを思いながら受付嬢の発言を待っていた。

 アリシアやニーナは不思議そうな顔をしている。頼むから、受けられないとかそういうのはやめてほしい。


「いえ、受けられますが……多分太刀打ちできずに死にますよ? せめてゴールドかプラチナ等級になってから挑戦した方が……」


 よかった、受けられるみたいだ。

 俺は等級は低くても、負けることはないとか言って受付嬢を安心させようとしていた。

 受付嬢は「この人何言ってるんだろう?」みたいな顔をしていたが……まぁそうなるよな。

 だってこんなおかしな能力の奴が、下から2番目の等級にいるわけないんだから。


「分かりましたよ……頑張ってきてくださいね。………………多分死ぬんだろうなぁ……」


「何か言いましたか?」


「い、いえ何も! 無事を祈ってますね!」


 この受付嬢……なんか嫌だな。最初の街の子の方が接しやすかったな……彼女は何か独特な雰囲気があるんだ。

 まぁ依頼も受けられた。そんなことを考えている暇なんてない。

 俺はそう気持ちを切り替え、目的の場所へと向かっていった。


 *


 若干離れた場所だけども、遠いという程じゃない。

 依頼書に書かれている、サラマンダーの出没地はそんな場所だった。

 俺たちは歩きながら、和気あいあいとした雰囲気を出して向かっていったのだが、妙にクラリスがくっついてくる。


「セシルお姉ちゃん……私疲れたな……おんぶして……いいよね……?」


「え? まぁいいけど……そんなに歩いたかな?」


 俺はそう言いながらもクラリスをおんぶしてあげた。

 体重は軽いため、さほど苦労せずにできたのだが……ニーナたちの目線が刺さる。


「クラリスさん、セシルさんはあなただけのものではありませんよ?」


「そうだよ、あたしもくっつきたい!」


 俺の取り合いとかやめてくれないか……? そういうのは苦手だ……俺にはそんな魅力ないだろうに。


「軽かったらよかったのにね……ふふ……セシルお姉ちゃんの背中……落ち着く……」


「クラリス……あと少ししたら下ろしていいか?」


「…………ダメ……セシルお姉ちゃん嫌だったの……?」


「い、嫌じゃないよ! あはは……目的地に着くまでこうしてあげるからな」


 困ったな……これじゃあクラリスに入れ込んでいるように思われても仕方ない。

 俺はふとニーナたちを見たのだが……なんだか2人で話している様子だった。


「アリシアさん……セシルさんがクラリスさんに取られましたね……」


「しょうがないよ……セシルって誰にでも好かれそうだしさ」


 違う……取った取られたとかそういう問題じゃない……。

 仲間が増えていくとこんな問題も生じるのか……もう少し立ち振る舞いを考える必要があるな。

 そして、そんなことをしている間に、目的地に着いてしまったようだ。

 見た感じ、森とかそういう感じではなく、ゴツゴツとした岩に囲まれた場所だった。

 何だか今までと雰囲気が違うと感じ、俺は気合を入れ、クラリスを背中から下ろし、サラマンダーを探し始めた。

 辺りを見渡しながら移動していると、何やら怪しそうな洞穴があった。

 その洞穴に近づくと――――サラマンダーがゆっくりと進みながら洞穴から出てきた。

 四足歩行で、トカゲに近い見た目だった。それに鱗も赤く――なんとも言えない体臭を放っていた。


「うわ……大きいな……それになんか匂いが独特だな……」


「そ、そんなこと言ってないで戦いますよ! ほ、ほらその……もう襲いかかる雰囲気が表情から出ています!」


 ニーナからそう言われ、俺は集中し始めた。

 クラリスは知らない間に1番後ろに下がり、アリシアは弓を構えて臨戦態勢を取っていた。


「ニーナ、なるべく俺に攻撃を引きつけるからな」


「わ、分かりました! では皆さんに強化魔法をかけさせてください! 《エンハンス》!」


 そう言って、ニーナは俺たち全員に魔法をかけてくれた。

 相変わらず何だか力と勇気が込み上げる不思議な感覚がしてくる。これって、他の人がやってもそうなのか?


「グガァッ!」


 そんなことを考えている隙に、1番前にいた俺へとサラマンダーは攻撃をしてきた。

 ――だが、もう既に俺は《プロティス》で身を守っていた。


「おっと……悪いけどそう簡単には通らないぞ!」


 俺はそう言い、魔法を放った。


「《アクエリアスレイザー》!」


 俺の掌から一直線に魔法が発射された。その様は水を放つと言うよりも、圧縮した水のビームが放たれている様子だった。


「ギィッ!?」


 目で追う前に、《アクエリアスレイザー》はサラマンダーの腕を貫通していた。

 それもかなりの威力だったのだろう。一瞬で体勢を崩し、悲痛な声を上げていた。

 というか……多分片腕がもう使い物にならないほどのダメージを受けたんだと思う。ちぎれていないのが不思議なくらいだ。


「グギギ……! グガッ!」


 何とか片手と両足でバランスを取りながら、俺に向かって火の玉を勢いよく放ってきた。

 ――正直、守れるとは分かっていても怖い。

 もし貫通したら? もし魔力が切れたら? そんなことをふと考えてしまう。

 ウィルのような特殊な奴じゃない限り、そんなことはありえないとは分かっているが……あの経験が、些細なことに対しての恐怖を植え付けるきっかけになっていた。


「……っ! ううっ……! ……よかった、無事だ」


 こんな力を持っているのに、《プロティス》が破られたあの瞬間が強く記憶に残り、いらぬ恐怖を感じていた。

 大丈夫、もう起こらない。あれはイレギュラーな経験だ。

 そう自分に言い聞かせ、反撃のために気持ちを入れ替えた。


「やってくれたなっ……! 《ウォーターランス》!」


 俺は火の玉を放ち、隙が生まれたサラマンダーに向かって、さっきとは違う魔法を放った。

 水で生成した槍がサラマンダーに向かっていく。不思議とその槍のサイズは――なんだか大きかった。

 ――勢いよく突き刺さり、サラマンダーは大きく怯むものの踏ん張っている様子だった。

 そろそろトドメをさせそうだが、中々そのチャンスをくれない。

 どうしたものかと考えている瞬間だった。俺の横を、高速で矢が過ぎ去っていった。


「グギィッ!?」


 その矢は思いきりサラマンダーの片目に突き刺さった。

 かなり奥まで刺さっている――恐らく内部を傷つけていると考えられた。


「図体だけで大したことないね! セシル、今だよ!」


 アリシアにそう声をかけられ、俺はサラマンダーに向かっていった。

 そして、奴の体に触れ魔法を唱えた。


「《エクスプロード》!」


 手元が一瞬眩い光をあげた。俺はその光を直視はできず、一瞬の間だけ目をつぶってしまった。

 ――爆発音の後で、なんだか聞いていたら不快になるような音が俺のそばで聞こえてきた。

 グチャグチャとか、ビチャッみたいな音だ。俺は目を開けたのだが――――。


「嘘だろ……もう最悪だ……」


 無惨にも弾け飛んだサラマンダーが、肉塊となって俺の目の前に散乱していた。

 それに、頭の上に若干の重みを感じる……それに、体全体が生臭い。

 俺は頭の上に触れたり、体を見たりしたのだが――。


「おえっ……頭の上に肉片が……しかも、血で服が濡れて……うっ……吐きそうだ……」


 あの不快な音は、俺の体に肉片や血が降りかかる時の音だったのだと、その様子を見て確信できた。

 "魔法の同時発動はできない"それが裏目に出るのが、その隙に攻撃を受けてしまうとかならまだよかった。

 まさか……肉片とか血が降りかかるとか……そんなのよりは俺にとってはマシだったのだから。

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