第23話 アランの過去

 クラリスと出会った日、俺たちはそのまま宿に泊まって過ごした。

 宿暮らしなんて初めてで、ニーナの家で過ごす時とは違った雰囲気を味わえた。

 食事も入浴も何1つ同じようなことがなく、新鮮味があって楽しい時間だったが……どうしてもアランのことが気になって仕方なかった。

 クラリスと一緒にいる幽霊……絶対普通じゃない理由があるはずなんだ。だから、俺は次の日の朝聞いてみることにした。

 アランに拒否されなければいいんだが……まぁ拒否されても別の機会にやればいい。

 俺はそんなことを思いながら寝て、次の日の朝、いつも通り目覚めた。

 窓から刺す朝日が心地いい。こんな平和な日々が続いてくれればどれほどいいのだろうか。


「セシルさん……アリシアさんがベッドから落ちてます」


 ニーナのそんな言葉を聞いて、俺はアリシアの方を向いた。

 ニーナの言う通り、アリシアはベッドから落っこちており、それでもなお心地よく寝ている様子だった。


「ニーナ、アリシアはこっちで起こしておくよ。クラリスの方を見てくれないかな」


 俺はニーナにそう言って、アリシアを起こしていた。


「んんぅ……何……? あたしまだ寝たいよ……」


「アリシア、今日も素材を集めるんだから早く起きなきゃダメだぞ?」


「そっか……そういえばそんな予定だったね。いけないな、村にいた頃から何も変わってないや。いつもティーナが早起きして何もかもやってくれていたんだよね」


 ティーナか……懐かしい名前だな。彼女は今どうしているんだろうか? あの村が襲われずに平和な日々を送れているといいんだけどな。

 そんなことを考えていたら、クラリスも起きてきたみたいだった。


「ふぁ~お姉ちゃんたちおはよ~」


「おはようクラリス」


 俺は一足先にクラリスへ挨拶をした。寝ぼけている表情はまだ幼く、可愛らしさを孕んでいる。そんな感じだった。


「クラリスさん、髪を梳いてあげますね。綺麗な髪をしているんです。しっかり手入れしないともったいないですよ」


「ありがとうニーナお姉ちゃん……! 手入れなんて……初めてやってもらうかも……ずっとしてこなかったから」


 そういってクラリスはニーナに髪の手入れをしてもらっていた。手入れをしてもらったことはないとは言うものの、非常にサラサラとしてきめ細かい髪質に見えた。

 元からこんな感じだからだろうか? とても手入れしていないようには見えない。

 手入れといえば……俺もそういうことをしないといけないのかもしれないな。

 いや、男の時もちゃんとしてはいたんだ。でも、こういった女の子の髪の手入れは男とはわけが違う。

 だからやってこなかったのもあるんだが、いつかニーナやアリシアに教えてもらおうかな。

 ……なんでこんなこと考えているんだ? まさか、体に慣れすぎて精神も女の子らしくなりつつあるのか?

 勘弁してくれ……俺はまだ男の名残は残しておきたいんだ。だって、これを無くしたら俺じゃなくなる気がするからな。


「クラリスさん、綺麗な髪ですね~羨ましいです」


「ニーナお姉ちゃんも……綺麗だと思う……貴族……? そんな気がする……」


「……貴族じゃありませんよ。ただの……冒険者ですよ」


 ニーナがまた暗い顔を一瞬だけだが見せていた。

 貴族とか、家柄がいいとかは言わない方がいいのかもしれないな。彼女には何か言えない事情がやっぱりあるんだ。

 そんなことを言っていると、クラリスの表情が次第に変わっていった。まさか……。


「ニーナ、クラリスの世話をしているのか? 助かるな」


「あっ、アランさんですか? いきなり雰囲気が変わるので少し驚いちゃいましたよ」


「ニーナ、貴公……いや、言わないでおく。だが、貴公の先祖のことは知っているとだけ伝えておく」


「あはは……何のことでしょうか? それよりも、せっかく仲間になったんですから憑依ではなく姿を現して話して欲しいです!」


 そういうとクラリスに憑依したアランは少し考える素振を見せた。


「考えておく。まずは信頼できるか見極めてからだ」

 

 アランは相変わらず警戒心が高い様子だった。

 そうだ、せっかくアランが憑依といった形で現れてくれたんだ。この機会に話をしてもらえるか取り合ってみよう。

 俺はそう考え、アランに話しかけた。


「アラン、少し聞きたいことがあるんだけどいいかな? できれば2人きりで話したいんだ」


「なぜ2人きりなのだ?」


「俺個人の事情だからかな。嫌ならまた別の機会にしてもいい」


 さて、どう出てくれるのだろうか。

 俺はアランの回答を待っていた。この時間は短いようで長く感じた。

 ふとさっきから一言も話していないアリシアの方を見たが……1人で隠れるように弓の手入れをしていた。アランの雰囲気が苦手だからだろうか?


「まぁ手短な話であればいい。2人きりとなると……姿を現す必要があるな。見られると困る、人気のない所で話すぞ」


 アランは承諾してくれた。よかった、これで聞きたいことが早めに聞ける。

 俺は3人に少し外に出ると伝え、人気のない場所に移動した。そこで、アランは姿を現し俺と話を始めた。


「さて、話とはなんだ?」


 アランは相変わらず威圧的に聞いてきた。


「アランのことについて聞きたくてさ。クラリスにくっついている理由とかかな」


「……少し暗い話になるがいいな?」


 暗い話なんて前世で聞きなれている。俺は問題ないと伝えた。

 そう伝えると、アランは俺に話し始めるようだった。


「ベルリスという国を知っているか?」


「知らないな……どっかにあるのか?」

 

「……もう滅んだ。数千年前、魔王によってな」


 滅んだ国とかあるんだな。いや、当たり前か。魔王が国を滅ぼさずにいるわけがない。


「私はその国の騎士だったんだ。国を守るため、日々努力を続けていた。それも虚しく、魔王が送り込んだ軍勢によって国は無残にも滅ぼされた」


 俺は何も言えなかった。アランは幽霊だからこういう話が飛んでくるのは予測していたが、流石に何か言えるほど陽気な性格じゃない。


「私はその後もさまよい続けていた。無念が強かったのだろう、ずっと廃城を守っているつもりだったんだ」


「そこで出会ったんだな、クラリスと」


「そうだ、最初は城を荒らしに来た賊の仲間と思い殺そうとしたんだが……彼女は国王の娘と瓜二つだった。だから殺せなかったのだ」


 国王の娘と瓜二つか……偶然のおかげでクラリスは死ぬことなくこんな強い奴が一緒にいてくれるようになったんだな。

 その後もアランは色々と話してくれたが……正直結構思っていたよりも暗い話だった。

 国王の娘は、アランが駆け付けた時にはもう死んでしまっていたらしい。それも、弄ばれるように殺されていたんだとか。

 彼女と仲が良かったアランはその場面を見て限界が来てしまったらしい。自分の体に鞭を打ちながら必死に戦っていたが、絶望と共に息絶えたんだ。

 ……その話を聞き、俺は絶対に魔王を復活させるわけにはいかないと思った。

 私欲のために人の命を弄ぶ奴なんて……大嫌いだ。


「そうだ、これはクラリスには言うなよ? クラリスという名は、国王の娘のものだったのだ。……私の未練といってもおかしくないよな」


「絶対に言わないでおくよ。でも、その名前を付けるってことは……今度こそ守り抜くっていう気持ちの表れか?」


「察しがいいな、その通りだ。彼女は絶対に守り抜く、人生を終えるその瞬間までな。これは償いでもあるんだ」


 償いか……。その考えは嫌いじゃない。

 だけど、それを抱えすぎて欲しくないのもある。そういった思いはいつか呪いになって自分を縛ってしまうからだ。

 俺は恐る恐るアランにそれを伝えた。


「セシル、貴公は……不思議な奴だな。私を思っての助言など、そう言える者はいない。ましてやこんな幽霊なんかにな」


「幽霊でも、大切な仲間だからな」


「ふっ、仲間か……そうだな」


 その後も少しだけ会話をしていた。ただの談笑だけど、アランは微かに笑った様子を見せたり、冗談を言ったりしてくれた。

 話の中で、俺はアランにも魔王の一部を封じている魔道具の話をしておこうと思った。


「アラン、魔王の件だけどさ……俺は今その魔王の一部が封印されている魔道具を持っているんだ」


「……左様か、悪用するなよ?」


「するわけないよ。俺はこれを狙ってる奴らから守り抜くからな。だからそのためにももっと実力を鍛えないといけなくてさ」


「では……時が来たら鍛錬をしてやろう。まだ信頼しきったわけではないが、話し方から悪い奴ではないだろうと感じ取れるからな」


「本当か!?」


 嬉しかったからか、俺は少し大きな声を出してしまった。

 自分の未熟さを無くせるなら、喜んで特訓する。それも仲間から教えてもらえるなんてありがたい。


「だが、完全に悪い奴ではないと確信してからだ。貴公だけではなく、あの2人も含めてな」


「確信してもらえるように頑張るよ! その……ありがとうアラン。俺にそんなことを提案してくれるなんてさ」


「私も昔は新兵を教育していたのだ。久しぶりにやってみたいのもあるからな」


 新兵を教育するってことは……アランって結構上の立場の人だったのかもしれないな。


「セシル、そろそろ戻ろう。今日は出かけるのであろう? こんな所で時間をつぶしていてはもったいない」


「そうだな、戻ろうか。色々教えてくれてありがとうなアラン」


「気にするな」


 俺はそう会話を交え、ニーナたちが待っている宿まで戻っていった。

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