第20話 敗北の後で

 暗闇から目覚めた後、聞き慣れていた声が聞こえてきたため、俺は目を開けた。

 ――そこには、心配そうに俺の顔を見つめるアリシアがいた。


「アリシア……? 俺……森にいたはずじゃ……?」

 

「……っ! ニーナ! ニーナ! セシルが起きたよ!」


 アリシアに話しかけた途端、ニーナを大声で呼んでいた。

 そのすぐ後、ニーナがこちらにやってきたが……何度も泣いていたのだろう。目が軽く充血し、頬に涙の跡が残っていた。

 ニーナ……本当にごめん。


「セシルさん! ううっ……目覚めなくて……何日も目覚めなくて……! あぅ……心配だったんですよ!? ぐすん……セシルさんっ!」


 ニーナは寝たままの俺に抱きついてきた。暖かくて、安心した。

 俺は……彼女を泣かせてしまった。アリシアも、きっと泣きたくて仕方なかったんだろう。

 俺が負けたばかりに……こんな悲しい思いをさせてしまった。


「みんな……ごめんな。ちゃんと帰るつもりだったんだけど、負けちゃってさ。特に怪我はないから安心してくれ! ……体は少し痛むけどな」


「負けるって……セシルが負けるなんてありえないよ! どんな奴だったの? まさか卑怯な手を使ったりとか……?」


 アリシアが聞いてきたため、俺はあの時の経緯を話した。

 能力は完全に俺の方が上だったけど、経験の差で負けたこと。魔法が封じられて十分に戦えなかったこと。

 そういった、俺の主観から判断した負けた要因を2人に話した。2人は驚いた顔をしていたけど、ちゃんと最後まで話を聞いてくれた。


「セシル、そんな奴に目をつけられたんだね……。だったらさ、死んだって勘違いしているうちに避難しない?」


「街を出るのか? いいとは思うけど、2人は大丈夫なのか? しばらく宿暮らしになるはずだ」


「大丈夫、あたしはそういうのに抵抗ないよ! むしろセシルにまた被害が出る方が嫌だからさ」


「私も大丈夫ですっ! お金は……貯まってます! 足りなくなっても、またその街で稼げばいいんです!」


 この案にニーナは賛成みたいだ。2人に迷惑をかけちゃうな……俺が不甲斐ないばかりにこんな目に遭わせるなんてさ。

 きっと俺を家まで運んでくれたのはアリシアで、ずっと看病してくれたのはニーナだ。

 ここまでしてくれた2人に何かしてあげたかった。お礼とか、そういうのかもしれない。

 そうだ、最近は忙しくてやろうと思っていたことが色々と出来ていなかった。

 ニーナの武器とか、俺の服を探したりとかだ。

 新しい街に行くついでに、気分転換も兼ねてそういうことをしてあげようと思い、俺は2人にそれを告げた。

 2人は笑顔で受け入れてくれた。服に関しては実はあまり乗り気じゃないけど、2人の喜ぶ顔が見たいから、そんなことはどうでもいいんだ。

 そうして、俺たちは早速荷造りを始めることにした。この家を手放す訳でもないから、最低限必要な物だけ持っていく感じだ。

 荷造りを始めていると、何やら声が聞こえてきた。

 ――女神の声だ。俺をずっと呼んでいる。

 流石に無視するわけにもいかない為、俺は2人に外の空気を吸いたいと言って外に出た。


「女神様、多分ずっと話しかけてくれていましたよね?」


「ようやく気付いてくれましたか! 無視され続けていたので悲しかったですよ」


「無視したわけではなくて……まぁ荷造りとかしていたんです」


 俺がすぐに連絡を返せなかったことを告げると、女神は何となく納得してくれているみたいだった。

 どうやら心配だったから目覚めた後すぐに連絡が欲しかったみたいだ。でも、ニーナやアリシアをそっちのけで女神に連絡を取るなんて、そんなこと俺にはできないんだ。

 女神には申し訳ないけど、分かって欲しい。


「それで、まずは先の戦いお疲れさまでした。まぁ負けましたけど、生きていてくれてよかったです」


「ありがとうございます。でも……実力不足を痛感しました。能力があっても使いこなせないと意味がないってはっきりと分からせられましたよ」


「あれは……流石に想定してませんよ。魔法を無力化なんて卑怯ですよね!」


 いや……俺の能力も大分卑怯だとは思うけど、言わないでおくか。


「それで、お話を聞いてたんですけど他の街に避難するみたいですね?」


 どうやら会話を聞いていたみたいだ。俺は特に隠すほどでもないと考えたため、素直に答えることにした。


「そうですね、避難というか……まぁ時間稼ぎみたいなものだと思います。遅かれ早かれ見つかると思いますし……」


「それなら、見つかるまでの間に鍛錬でもしたらどうですか? 強い魔物や武術に長けた人を通じて学んでいくんです」


 そうだな……そうするのが今後の為になりそうだ。

 魔法に関しては正直使いこなせてるというか、火力で強引に押してる感じだけど戦える。

 だけど問題は肉弾戦だ。前世で格闘技をやっていたわけでもなく、ただの一般人だからそういうのとは全く縁がなかった。

 それもあって……負けたんだろうな。


「セシルさん、落ち込まないでくださいね? あなたは強いんです! ええ、それもこの世界の頂点に立てるほどです!」


「そ……そうですね」


「私の与えた力を存分に発揮できるように頑張ってください! ほら、そうしたら人助けもしやすくなりますしね!」


 良かった。俺がこの力をそういうことに使いたいっていうのは忘れられていないみたいだった。

 1度の敗北で挫けていたら、誰も救えやしないよな。今後もしかしたらもっと大変なことが起きるかもしれない。

 その時に備えて……頑張っていかないと!


「セシルさんを殺すように指示してきた奴らですが……やはり組織とかそういうのだと思います」


「そうなんですね……」


「指輪を狙ってきていることは確かです。もし手に渡れば……うぅ、考えたくないです。あの時代に戻るのは勘弁ですよ……死者が多くて大変でしたから」


 女神は仕事が増えるから嫌だみたいなことを言っているが、俺は……無実の人が殺されるのが嫌だな。

 指輪が渡った後の最悪のパターンを考えてしまうが、俺がちゃんと守り抜けばそんなことは起きないはずだ。

 それに、その組織とやらもこちらで早めに潰しておけば根本が断てる。

 刺客の件が解決し、リリーから依頼主の話を聞いた後……その依頼主が女神の言う通り組織だったとしたら、本格的に動かないといけない。

 そうやって自分の中で考えを整理した後、俺は女神と少し雑談をし、ニーナたちの所へ戻っていった。


「ニーナ荷物多くない……?」


「えっと……思い出の品とかありますので……あとは大切な物もです」


 ニーナたちはもう準備が終わっているみたいだった。俺も急いで準備を終え、出発の時が来た。


「じゃあ出発だね。少しの間こことはお別れだけど、きっと戻ってこれるよ! それじゃあ転移魔法で移動するね!」


「アリシアさん、行ったことない場所は無理なのでは?」


「大丈夫! 的はずれな所には転移しないからさ! あたしこう見えても魔法は得意なんだ!」


 こういった魔法が得意な仲間ができて本当に良かった。有事の際には動きやすいし、なんせ俺とニーナに出来ないことが出来るっていうのが本当に心強いんだ。


「なるべく栄えている所をイメージするからね! それじゃあ準備はいい?」


「大丈夫です!」


 俺もニーナに続いて頷いた。


「それじゃあ出発! 《シフト》!」


 アリシアが魔法を唱えた後、俺たちは薄い光に包まれていった。


 *


 一瞬の内だった、光に包まれて気づいた瞬間にはもう街の目の前にいた。

 今まで住んでいた街よりは小さいものの、結構栄えていそうだ。


「着いたみたいだね! この様子だと、大分賑やかな街に来れたみたい!」


「不便なく暮らせそうだな。そうだ、この街の名前ってなんだ?」


 俺がそう言うと、ニーナは街の入口に設置されていた看板を見に行き、その後俺たちに名前を告げに来た。


「エリシェって言うみたいです! 何となく耳にしたことがあります。結構手馴れの冒険者が訪れる街なんだとか……」


 なるほど……そういうことなら都合がいい。近辺に強い魔物や、武術に長けている人が必ずいるはずだ。

 それらを通じて、俺の実力を上げていこう。それに、俺がそういう取り組みをすることでニーナやアリシアの実力も上がるはずだ。

 俺のやろうとしていたことが実現できそうな街に来れるなんて、珍しく運がいいな。

 さて、街に着いたからには早速何かをしようということになった。

 宿探しもいいけど、俺はまずニーナの武器を探してあげたい。

 流石にあの街周辺より魔物が強いであろう場所に来たのに、ニーナの武器をそのままにして戦うのは気が引ける。

 だから、俺たちは武器屋に向かうことにした。

 武器屋につき、早速扉を開けると――――。


「ん、いらっしゃい。ふーん女の子3人か、珍しいね」


 あの街とは違い、ちょっと強気な女の子が店主をやっていた。

 角にしっぽ……それに小さいながらも翼がついている。これってなんていうんだっけ……竜娘? いや、ドラゴニュートだよな正しくは。


「何見てるの? 私に何か付いているの?」


「いえ、そういうわけではなくて……ただ初めて見る種族だったので」


「ドラゴニュート見るの初めてなんだ。じゃあよその人なんだね。それに、武器から察するに駆け出し? こんな街に来ても何もできないよ」


 なんだろう……お世辞にも性格がいいとは言えない子だ。

 俺はその子の発言に呆気に取られながらも、ニーナの武器を探していることを伝えた。


「武器か、ちょっと待ってて、ピッタリなものを探すためにあなたたちの能力を診断してあげる」


 そういうとその子は鏡を持ってきた。

 不思議な鏡だ……俺たちのことが筒抜けにされているようなそんな感じがする。

 アリシア、ニーナを写していき、最後に俺の番になったが……鏡は嫌な音を立て始めた。


「……やめとこう、壊れそうだよ。というか、あなたに関しては少し写すだけで分かったよ」


「あはは……そうですか。じゃあ早速武器を――」


「うちに合いそうなのはないよ。1から作らないとダメ。あなたたち、見た目に反してかなりの実力者なんだね。等級は何?」


 そう聞かれ、俺は等級を答えた。それを耳にした途端、その子は意外って感じの表情をしていた。

 どうやらもっと上かと思っていたらしい。もっと積極的に難易度の高い依頼をこなして早く等級を上げるべきとも言われたな。


「あなたたち、面白そうだから特別に武器を作ってあげるよ。その代わり、素材は持ってきてね?」


「それくらいならもちろんやりますよ。任せてください」


「いい返事。じゃあメモを渡すからそれに合わせたものを持ってきてね。そうだ、あなたの剣は強化するだけにしてあげる」


「えっ? 何故ですか?」


 そういうとその子は軽く微笑み、俺にこう言ってきた。


「修理した跡があるし、大切に使っている感じもするからきっと思い入れがあるんだろうって思ったの」


 そんなの分かるのか……凄いな。

 俺はかなり驚いていたのだろう「面白い表情をしてるね」とか言われてしまった。


「あともう1つ。鉱石みたいな採取系はギルドの依頼外でやってね? ギルドにせっかく集めた物を奪われるのは嫌でしょ?」


「助言ありがとうございます。えっと……場所は書かれている所に行けばあるんですかね?」


「うん、間違いなくあるよ。もし何か聞きたいことがあったらまた来てね」


 そう言われ、俺たちはメモを受け取った。

 最初は接しづらい子かと思ったけど、結構優しい人だったな。

 そうだ、名前を聞かないと!

 俺はそう思い、彼女に名前を尋ねた。


「あの、名前はなんて言うんですか?」


「"シグ"って呼んで。ちなみにあなたたちは? まさか教えないとか言わないよね?」


 そんなことするわけない。まず俺から名乗り、次にアリシアとニーナも名乗っていった。


「ありがと。そうだ、アリシア、あなたは木でこしらえた弓よりも、強化素材の弓の方が合ってるよ。射撃の精度が上がるからね」


「え、えと、あっ……ありが……ありがとっ!」


「人見知り……? まぁいいや。次にニーナだけど、あなたの長所を補助する杖がいいと思う。どんな物がいいかは分かっているから、安心してね」


「私の長所……とりあえず、教えて下さりありがとうございます!」


 シグ……凄いな、少し接するだけで武器に関するアドバイスが出てくるなんて。

 でも俺に対するアドバイスは結構適当だった。なんだよ「あなたは武器がなくても良さそうだけど、とりあえず足を引っ張らない品質まで強化しとくね」ってさ。


 そして、武器屋を後にしようとした時だった。


「そうだ、最近のこの街に変な子が来てるから気をつけてね」


「変な子ですか?」


「うん、独り言が激しくて、急に人格が変わったりする子。街のごろつきはみんな彼女に痛めつけられてるから、気をつけて」


「分かりました、気をつけておきます」


 シグに軽く忠告され、俺たちは店の外に出た。

 まずは魔物の素材から集めよう。そう決めて、俺たちは依頼を探しにギルドへ向かっていった。

 

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