第19話 掴めなかった勝機

 運命の日が来た。手紙を送ってきた最後の刺客との戦いだ。

 俺はその日、いつも通り朝を過ごしていたが、緊張感からか上手くリラックスできなかった。

 守るべきものを守る、そう決めたはずなのに、それが俺にとってプレッシャーになってしまっていた。


「2人とも……俺は今から出かけるからさ、依頼をするなら2人でお願いしてもいいかな?」


 俺は2人に出かけることを告げた。アリシアの表情は曇り、ニーナは疑問に思って俺に話しかけてきた。


「セシルさん……行かないでくださいよ。セシルさんがいないと不安です……」


「ごめん、決めたことだからさ。申し訳ないとは思うけど、分かって欲しい」


「セシルさん……うぅ、分かりました、今日はアリシアさんと依頼に行きます」


 ニーナの表情が俺に刺さる。でも、こうしなきゃ彼女にも被害が出るかもしれないんだ。

 俺が問題を背負えばいいのなら、喜んで背負ってみせる。


「セシル、指輪は預かるよ。……帰ってきてね、ちゃんと元気な姿で」


 アリシアは事情を知っているからか、俺を止めることはしなかった。


「大丈夫、帰ってくるよ」


 そして、俺は家から出ようとした。その瞬間だった。


「セシル……! 絶対勝ってきて!」


 アリシアが去り際に話しかけてきた。勝つに決まってる。俺は……強いんだから。


「勝ってくるよ!」


 そういって俺は指示された場所へ向かっていった。


 *


 指定された場所は静かな森の中だった。そこに、そいつは1人で佇んでいた。

 風貌は人狼みたいな感じだ。人型ではあるが、狼の特徴が多く出ている。

 かなりの高身長で、見るからに強そうだが……大丈夫なはずだ。


「お前がセシルだな? リリーが世話になったな」


 俺が話しかけてすらいないのに俺の気配を感じ取りそいつは話しかけてきた。


「そうだ。お前が最後の刺客だな? 待ってる人がいるんだ、さっさと終わらせるぞ」


「待ち人か……お前も俺と同じだな。俺の名はウィリアム。ウィルとでも呼んでくれ……まぁ、直ぐに忘れることになるが」


 ウィル……リリーの言ってた奴か。

 俺はその言葉の後、リリーの時とは違い持ってきた剣を抜いた。

 そして、名乗りが終わった瞬間、かなりの速度で俺に向かって攻撃してきた。


「ぐっ……!」


 危なかった、構えてなければ胸部を思いっきり殴られていただろう。

 それに……かなり重い一撃だった。初めて痛みを感じたんだ。激痛ではなく、軽く殴られた程度ではあるが。


「ちょっとは間をおけよ……!」


 俺はそう言い、ウィルに向かって切りつけた。

 だが、軽々とかわされ反撃を受け、それに利き腕を攻撃されたため、衝撃で剣を落としてしまった。

 それを見逃さず、ウィルは落ちた剣を蹴り飛ばし手の届かない所へやった。

 かなり戦い慣れている。それに攻撃力も高い……! 俺にとっては厄介な相手だな。


「お前……見た感じ傷すらついていないな。骨を折るつもりで殴ったんだが……リリーの言ってた通り、かなり頑丈なんだな」


「俺よりも戦い慣れているのは感じるが……残念だけど俺に傷を負わせられると思わないことだな!」


 今度は俺から攻撃をした。きっと避けられる、そう思っていたため、工夫して攻撃することにしたんだ。

 まずは左で殴る……避けられた、想定済みだ。この攻撃はメインじゃない。俺は悟られないように引っ込めていた右腕に力を込め、思いっきり奴の体に一撃を食らわせた。


「ぐっ……いい一撃じゃないか」


「防御だけじゃないんでね……!」


 効いてる。着実に食らわせていけば勝てる……!

 俺はそう確信し、攻撃に集中するために《プロティス》を発動した。

 さっきは突然のことで発動できなかったが、ウィルに隙が生まれたことで上手く発動できた。


「てやっ!」


 俺は攻撃に全てを集中させ、ウィルに向かっていった。

 できるだけ全速力で、さっきと同じ所に追加でダメージを与えることを目的としてだ。


「同じ様なことは通用せん!」


 ウィルも馬鹿じゃないんだろう。俺を迎え撃つために構えていた。

 でも無駄だ、攻撃しても《プロティス》があるんだ。そう簡単にダメージは通らない!

 予想通りウィルは迎撃してきた。俺はそんなことを気にとめず、ウィルに一撃を食らわせようとしたのだが。


「あがっ!?」


 《プロティス》が破られた。ありえない……アリシアもリリーも破れなかったんだ。そんな簡単に破られるわけない……!

 俺の中で生まれた余裕が打ち砕かれ、しかも思いっきり一撃を胸部に食らってしまった。

 予想外の一撃ということもあり、俺は大きく怯んでしまった。


「なんで……破られたんだ……ありえない……」


 疑問に思っていた俺に向かって、ウィルは喋りかけてきた。


「魔法で守っていたようだが……無駄だな。よく見ろ、俺の首元をな」


 そう言われ首元に目をやると、ネックレスが付いていた。

 単なるファッションではなく、何か意味があるものだとウィルの口ぶりから察せられた。


「特殊なネックレスなんだ。魔法を無効化してくれる。世の中は魔法ばかりで俺のような物理で戦うやつは不利になるんでね。有利に戦えるように戦いの際はこれをつけてさせてもらってる」


「げほっ……わざわざ教えるなんて……自分から弱点を言ってるのと同じだ……!」


 俺はそう言い放ち、ウィルのネックレスを破壊しようと試みた。

 だが……防がれた。しかも、ウィルは笑っている。

 まさか……罠だったのか? 俺はそれに大人しく嵌ってしまったのか?

 そう思っている時だった。


「来ると思った。説明したらみんな狙ってくるからな」


 その言葉の後、ウィルはまた俺に一撃を食らわせた。

 焦りすぎた、もっと慎重にやらないといけない。頑丈な体なんだ、攻撃を受け続けても対処を考えられる余裕はあるはず。

 魔法は使えない。戦闘経験は格上。そんな奴に勝てる方法を、俺は攻撃を受けたり、与えたりしながら考えていた。


「食らえっ……!」


 また隙が欲しい。そう思った俺は何とかして隙を作らせようと取り組んでいた。

 ウィルも相当防御が硬いようだが、それでも俺の攻撃を受ける度に僅かに怯む。いくら鍛えていても耐え切れるのには限度があるはずだ。

 だが、やはり場馴れしてる相手だからか、なかなか決定打を与えられない。それどころか、2〜3回攻撃を与えた後からはもう普通にかわされることが多かった。


「惜しいな……恵まれた能力はあるのに、実力が伴ってないとは」


 そんなことをいいながら、ウィルはまた一撃を食らわせようとしてきた。

 何とかやり返さないと……!

 そんな焦りが、俺の判断を鈍らせた。


「《ゲイルシュレッダー》……!」


 馬鹿だった。効かないなんて分かっていたのに、まだやり慣れている魔法で攻撃してしまった。

 案の定、全くダメージを与えられなかった。そして、俺の魔法を撃った後に生じた隙を、ウィルは的確に突いてきた。


「あがっ……!? うっ……げほっ……!」


 激痛が走った。思いっきり腹に一撃を受けてしまった。

 しかも……この痛みは内側からの痛みだ……内蔵にダメージを受けたんだろう。

 内側は、外側よりも脆い……生物なら当然のことだ。

 人間として転生させたからなんだろう。いくら頑丈にしてくれたとしても、そういった要素は完全には取り除けなかったのかもしれない。


「効いたな」


 そのままウィルは俺の頭を蹴り飛ばしてきた。

 かなりの衝撃で吹き飛ばされ、木に激突した。軽い目眩を覚えた……立てはするが、結構きつい。


「セシル……お前、おかしいんじゃないか? さっきの拳は内蔵を破壊するようにやったんだ。何故まだ生きてる?」


 その口ぶりから理解できた。普通の人間なら死んでたんだろうな。

 だけど俺は普通じゃない。おかげでまだ生きていられたんだ。


「それに頭に蹴りを食らってもなお立てるとは……お前に実力があれば、もっと楽しめたはずなのに……惜しい、本当に惜しいな」


「実力実力ってうるさいぞ……! げほっ、楽しむとか……馬鹿なこと言ってないで……戦うぞ! まだ俺は終わってない!」


 実力差なんて分かってる。それをしつこく言われて腹が立ってきたんだろう。

 激痛なんてもう忘れた。目眩もマシになった。さっきまでの威勢を破壊する勢いで、戦ってやる!

 俺は気持ちを入れ直し、再度ウィルに立ち向かった。


「まだ足掻くか……!」


 何とかまた一撃を入れられた。一瞬だが表情が歪むから、攻撃が通っているのは分かる。あと何回かやればこっちに好機が来るはず。

 俺は必死に食らいついていった。何度も何度も攻撃を受けたが、まだやれると自分に言い聞かせ、戦いを続けた。

 だが……限界が来たのかもしれない。痛みを誤魔化しきれなくなってきた。

 俺のあの怯み様を見て、ウィルは執拗に俺の内部へのダメージを意識して攻撃してきた。

 食らっていくと分かるんだ。こいつは、比較的脆い人体の弱点を狙うように攻撃方法を変えてるって。

 だけども、ウィルも同じようにダメージを受けている様子だった。

 あと少しなんだ……あと……!

 そんな希望を打ち砕くかの如く、ウィルは俺に連続して攻撃をしてきた。


「もう大人しくしろ!」


「がぁっ!? うぐっ……まだ……まだ……!」


 みぞおちや肝臓、腎臓といった部位に集中的に攻撃してくる。

 拳1つ1つが……重い……激痛も増してきた。

 守りたいが……守れない……最初とは違い、上手く守る隙を与えないような感覚で攻撃してきている。

 でも死ねない……! そんな必死さが、俺の体を動かした。


「ぅぐっ!?」


 一瞬の隙が生じた際に、ウィルの右腕に思いっきり攻撃してやった。拳に全力を込めて……骨をへし折ってやろうという意識でやった。

 案の定……効いたみたいだ。


「やるな……だがこれで終わりだ!」


 そう言い放ち、ウィルは左腕で俺の額を殴打した。

 耳鳴り……立ちくらみ……目が霞む……。

 せっかく好機がやってきたと思ったのに、俺はもう立つこともできず、その場に倒れ込んだ。


「ははっ……久方ぶりの痛みだ。骨を持っていかれるとは驚いた……治るまでだいぶかかるな……」


「どう……も……ははっ……次は左腕を砕いて……やるよ……!」


「まだ生きてるのか……。あれだけ食らって血を吐かず、内蔵も骨も無事だなんてな……」


 関心している様だった。それもそうか……こんな奴、いくら殺し屋でも出会わないもんな。

 何とか立ち上がろうともがいている時だった。


「だが無駄だ、諦めて楽になれ」


 そう言うと、ウィルは俺の頭に最後の一撃を加えてきた。

 痛みすらもう感じない、恐らく最後の一撃で俺の意識はなくなりかけているんだろう。

 音が霞んで聞こえてきた。視界ももう……。

 死なないはずだ……そう女神がしてくれた……現にまだ立てそうではあるんだ。

 でも、俺は死への恐怖心を感じてしまった。前世で感じた感覚と似ているからだろう。

 息も……乱れてきた……心臓も高鳴ってきた……。

 死にたくない、まだやるべきことがある。それなのに、それなのになんで……。

 恐怖、哀傷、無念……負の感情が押し寄せてきた。


「じゃあな、セシル。願わくばもっと腕を磨いたお前と戦いたかったが……これも仕事だ、恨まないでくれよ」


 ウィル……まだ終わってない……。

 口は動かず、心でしか言い返せなかった。

 ごめん……ニーナ、アリシア……帰れなくてさ……。

 俺の意識は、そこで途絶えてしまった。


 *


 暗闇……俺は暗闇の中にいる気がした。

 どこだろうな、死後の世界なんだろうか? そんなことを思っていたら、声が聞こえてきた。


「ほら、仲間が呼んでますよ。早く目覚めたらどうですか?」


 女神の声だ……起きるって言っても……俺はもう……。


「あの〜、死んでませんよ〜? そう簡単に死ぬわけないでしょう。何のためにその能力を与えたと思ってるんですか」


 死んでない……?

 そう思った瞬間だった。目の前に、一筋の光が見えた。

 俺は無意識に、その光の方へと進んで行った。そして、光に包まれ……不思議な感覚がした。


「あっ、やっと目覚めそうですね。では、目覚めたらクリスタルで連絡くださいね〜」


 この女神……俺が死にかけてるって言うのに楽観的な態度を取るなんてな……。

 その後……また声が聞こえてきた。すすり泣く声だ……ニーナの声だろう……それに、アリシアの声も聞こえる。

 目覚めないと……そう思い、俺はまぶたを開けた。

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