第18話 嵐が去った後

「セシル、おーいセシル〜」


 アリシアの声……朝が来たんだろうか?

 俺は目をゆっくりと開け、声の方を向いた。そこには、思った通りアリシアがいた。


「セシル、地べたで寝るなんて珍しいね。夜中に起きて途中で寝ちゃった?」


「そう……みたいだな。はしたなくてごめんな」


 そう言うとアリシアは微かに微笑んで、「気にしてないよ」と言ってくれた。

 ニーナはまだ目覚めていないみたいだ。それに、朝日もまだ登りきっていない。


「あのさ……あたし、このままいてもいいのかなって」


 突然のことで俺は驚いてしまった。

 何故? どうして? なにか不快なことでも……いや、きっと昨日の出来事だろうな。


「アリシア、ニーナの件か? それについて……話すことがあるんだけどさ」


「話……? それなら外でしない? ニーナに聞かれたらまずいでしょ?」


 俺はそう言われ、そのまま家の外に出た。

 そして、俺はアリシアに昨日の件について説明した。

 あのニーナは偽物で、俺を殺しに来た奴だったってこと、そいつはもう懲らしめたから襲ってこないこと、そして……今寝てるニーナは本物だってことを伝えた。

 なるべく丁寧に、誤解を与えないようにだ。


「そっか……信じ難いけど、セシルが嘘なんてつくわけないよね」


「アリシア、だからさ……本物のニーナは君に強く当たったりしないよ。気にしないで今まで通り――――」


 アリシアを説得していると、突然彼女は泣き出した。


「あたし……怖かったんだよ。あの時のニーナの顔……今でも忘れられない……突然だよ? 突然あんな風に……偽物なのは分かったけど……それでも」


 リリー……あいつ本当にやってくれたな。

 アリシアの泣き顔なんて初めて見た。それほど、あの時にショックを受けたんだろう。


「アリシア、落ち着いてくれ」


 何とかして落ち着かせたかった。だから、アリシアの手を握った。


「もうあんなことは起きない。あの偽物も、後悔させるくらい懲らしめてやった。ニーナも無傷で戻ってきた。もう安心していいよ」


「セシルさ……そいつどうしたの?」


「見逃したんだ……大切な人がいたみたいだからさ」


「甘いよセシル……また襲ってくるかもしれないんだよ?」


 甘い……確かにそうかもしれない。でも、大切な人がいる奴を殺したくはなかった。

 それに、襲ってくることはない。そういう契約を交わしたんだから。

 俺はアリシアにあの時の経緯を伝えた。納得はしてくれたみたいだけど、この甘さは……いつかは捨てないといけない時が来るかもしれない。


「そいつ……今度あたしにも会わせて」


「えっ? いや……やめた方がいいんじゃないか?」


「別に復讐とかするわけじゃないって。だってもう襲ってこないし、次からはただの知り合いなんでしょ?」


「まぁ……そうだな」


 アリシアはそう言っているが……雰囲気がなんか怖い。


「あたしたちのことをちゃんと知ってもらわないとなーって思ってさ。特にニーナかな」


 なんでニーナを名指ししたのかは……何となく理由が分かってきた。


「………………ニーナがどんな子なのか…………ちゃんと教えないと………………ふふっ」


 リリー、お前多分大変な目に会うぞ。

 俺は今後リリーに降りかかる出来事を想像し、心の中で笑ってしまっていた。

 その後は何気ない話をした。アリシアの寝相の話を持ちかけて、笑いあったりもしたんだ。

 大分落ち着いたんだろうな。アリシアも、自然と笑ってくれるようになった。

 そうして過ごしている時だった。背後で、扉が開く音がした。


「んぅ……セシルさ〜ん……アリシアさ〜ん……おはようございますぅ……んぅ」


 またニーナが寝ぼけていた。まぁ、長時間寝かされていたんだから仕方ない。


「おはようニーナ、朝は俺が作ろうか?」


「んぅ……セシルさんは食べられませんよ……」


 これじゃあ会話が成立しないな。とりあえず、家で目を覚まさせることにした。


「ふぁ〜んんぅ……なんですか〜これ〜」


 そういうとニーナはアリシアの耳を触り始めた。


「ひゃっ……ニーナそれはあたしの耳だって!」


「ふにふに……尖ってますね……やわらかいです……」


「ニーナってば……」


 いつものニーナだ。ニーナはこうでないとな……時々寝ぼけてよく分からないことをして、目覚めたらいつも通りの優しい子になって……そんなみんなの大切な仲間、それがニーナだ。

 そしてしばらく経ち、ニーナはちゃんと目覚めてくれた。


「なんだか変な感じです……記憶が曖昧で、何していたのか分からないんです。昨日は……何してましたっけ?」


 何とか嘘をついてごまかす必要があった。

 いい感じの嘘はないんだろうか……そう思っていた時だった。


「昨日はあたしと2人で依頼をしてたじゃん! セシルが風邪ひいて大変だったんだよ?」


「そうでしたっけ……? うーん、やっぱり思い出せません」


 アリシアが俺をカバーする形で嘘をついてくれた。


「あっ、お花が飾ってありますね。綺麗なお花ですね〜スノウドロップにイエローリリウムですか」


 ニーナは飾ってある花に気づいたようだった。

 この花を買った日から既にリリーはニーナに化けていたんだろうか……。


「でも……あたしが選んだ花はあんまりいい花言葉じゃないみたいでさ」


「花言葉……? そんなの気にしなくていいですよ! ただの装飾です。そんなものでお花の価値は決まりませんから!」


 そうニーナが言うとアリシアは何かを察したような表情を見せた。

 俺も何となく感じたんだ。恐らく、猫を探しに行ったあの瞬間から、リリーがニーナに化けて入り込んでいたんだろう。


「それにしてもまだ眠気がありますね……あの、コーヒーを飲んでもいいですか? 良かったら2人もどうぞ!」


「じゃあありがたくいただくよ」


「あたしは……その……」


 そういえばアリシアは苦いのは嫌いだったな。

 アリシアのその様子を見て、ニーナは微笑んでアリシアに話しかけた。


「砂糖とミルクを入れておきますね。なるべく甘くしておきます!」


「ありがとう……! ニーナってやっぱり優しいね」


 そして、しばらくするとコーヒーができあがった。

 一口飲んで見たが、まぁ俺の飲み慣れているいる味だ。インスタントとかそういうやつだな。

 カフェのコーヒーとまではいかないが、ニーナが淹れてくれたからか、とても美味しく感じた。

 アリシアも美味しそうに飲んでいた。

 コーヒーも飲み終わり、今日の予定について話していた。どうやらニーナはあまり調子がいいわけでもないため、依頼はやめときたいらしい。

 俺もあんなことがあってすぐ依頼なんてできる気分じゃなかった。

 今日は家でゆっくりしよう。3人で話し合い、そう決まったんだ。


「ニーナ〜そういえばセシルがあたしの寝相が酷いっていうんだよ〜」


「え? そうでしょうか? 私は隣で寝ているわけではありませんが、特に酷い寝相だとは思いませんよ」


「ほら! ニーナもそういってるよ! セシルが気にしすぎなだけだよ〜」


 気にしすぎなだけって……そういうレベルじゃないと思うんだが……。

 寝返りが凄いとか、寝言が多いとからならまだいいんだ。

 アリシアの場合だと顔を叩いてきたり踵をお腹に乗せてきたりして大変なんだよな……最近だとは俺に乗っかろうとしてきたし。


「ニーナ……隣で寝てみたら分かるよ……」


「隣でですか……では、今日はそうしますか? アリシアさん、隣で寝ましょうね!」


「本当!? やった! ニーナが隣に来てくれるんだ!」


 アリシアはかなり嬉しそうだった。その素振りから大体分かるんだ、アリシアはニーナがお気に入りなんだって。

 俺にもかなりくっついてきたりするけど、やっぱりニーナがそういうことされる機会が多い。

 そんなことを考えていたら、アリシアとニーナが仲良く花を見ていた。


「このスノウドロップってニーナみたいだよね〜小さくて可愛いし」


「もう……可愛くないですって! そ、それに小さくないですっ」


「小さいよ〜! ほらだってあたしよりも背が低いじゃん! この中で1番身長が低いのはニーナなんだよ?」


「あぅ……そのうち追い越しますから!」


 ほのぼのとした会話だ。アリシアはもうあの時の嫌な経験を忘れてくれているみたいだった。

 俺が話してあげたのも関係しているけど、ニーナがいつも通り仲良く接してくれている。それが大きいんだろうな。

 2人を眺めている時だった。ニーナが何かを思い出したように俺に話しかけてきた。


「そういえば……以前言われましたよね? 申請を出してみないかって」


「あー、確かに言われたな。そういえばまだ出していなかったな」


「せっかくですし出しましょうか! しばらくギルドに行っていませんし、久しぶりに顔を出しましょう」


 俺はそう言われ、3人でギルドに向かっていった。


 *


 ギルドに着き、受付嬢に話しかけるとなんだか嬉しそうな表情を見せてくれた。


「しばらく顔を出していなかったので心配してたんですよ〜! 今日は依頼ですか?」


「いえ、今日は昇格申請を出そうかと思いまして」


「あー、そういえばそろそろいい時期ですもんね〜では、こちらで申請は出しておきますね! そうそう、ちなみにここは本部でもあるので早ければ今日中に結果が分かりますよ!」


 ここ……ギルドの本部だったんだな。どうりで大きな建物だとは思ったが、まさか送られた街に本部があるなんて思いもしなかった。

 そして、受付嬢はそのことを伝えるとそそくさと裏に行ってしまった。

 とりあえず待っていよう。しばらくしたら呼ばれるだろう。

 俺たちは空いている席に腰掛け、時間を潰していた。

 しばらくした後、受付嬢に呼ばれた。


「セシルさん〜終わりました〜! えっと、3人まとめて昇格です! シルバー等級ですよ! おめでとうございます!」


「ありがとうございます。受けられる依頼も種類が増えますかね?」


「もちろんです! もっとレベルが上がりますし、報酬も増えます!」


 報酬が増えると聞いて、俺はなんだか嬉しかった。

 ニーナがようやく余裕を持った生活を送れるんだ。今まで以上に、色んなことが出来る。

 家だって、きっと新しい所に住めたりするはずだ。

 俺はそんなことを考えながら家に帰り、ギルドでのことで色々と話していた。

 そんな時だった、扉がノックされた。荷物だろうか? 俺はとりあえず出てみることにした。


「はーい」


 扉を開けるとそこには配達員の子がいた。


「セシルさん宛にお手紙です! えっと、差出人は不明なんですよね」


「そうですか。まぁ、書き忘れたんでしょうね。とりあえずありがとうございます」


「いえいえ! では、これで失礼します!」


 そういって配達員の子は一礼し、家に帰ろうとした時だった。


「セシル〜荷物だった?」


 アリシアが様子を見に来た。その時、少しだけ配達員の子は気まずそうな顔をしていた。


「ええっと……し、失礼しますね!」


 そういうと急いで帰ってしまった。なんか変な子だな……。

 俺は渡された手紙を早速開けて読んでみたが……内容は最悪だった。

『2日後に指定してある森に来い。仲間は連れてくるな。巻き込みたくないからな』そう書かれていた。

 リリーが言ってた……最後の刺客……きっとそいつだ。

 嫌な予感がしてきた……指輪はしばらくアリシアに預けよう。万が一に備えてだ。


「アリシア、2日後なんだけど……ちょっと呼ばれちゃってさ。念の為に指輪を預かっていて貰えないかな? 出来ればその日は依頼も無しでお願いしたいな」


「いいけど……どうしたの? あたしたちも行こうか?」


「いや、俺だけで来て欲しいみたいだ。あとさ……もし俺が中々戻ってこなかった時、探しに来て欲しいな。指定してある場所は……ここなんだけどさ」


 そう言ってアリシアに手紙の地図が書いてある場所だけ見せてあげた。


「ここ、結構近い所だね。一緒に何回か行ったことあるし、転移魔法ですぐ迎えに行けそう」


 アリシアは俺の案を飲んでくれたみたいだ。でも、ニーナは不安そうだった。

 俺はニーナを安心させ、その後に残りの時間を過ごしていた。

 そして……寝る直前になってアリシアに話しかけられたんだ。


「セシル、きっと例のやつらだよね」


「分かってたんだな……そうだ、最後の1人からの手紙だと思う」


「……セシル、逃げようよ。ここにいたらずっと襲われるよ……別の国に行かない?」


 逃げる……そんなことしてもきっとまた別の奴が追ってくるんだ。

 だったら……立ち向かってひとまずは安心できるようにした方がいい。

 この手紙の主で刺客は最後なんだ、これが終われば……しばらくはゆっくりできるはず。

 俺はアリシアにこの考えを伝えた。不安そうな表情だったけど……無理に引き留めようとはしなかった。

 2日後……きっと大丈夫だ。俺は死なない、仲間もいる、それに……力もあるんだ。

 俺は不安を自分の中で押し殺しつつ、眠りに落ちた。

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