第17話 不定形の暗殺者
「《サンダーボルト》!」
勢いよく放たれた《サンダーボルト》は、あいつに一直線に向かっていった。
避ける素振りも見せない、ただ笑みを浮かべているだけ、あいつのそんな様子が、何だか不気味に感じた。
――直撃、そんな感覚がした。でも何故か……倒した気にならない。
この感覚は間違いじゃなかったらしい。あいつのいたはずの場所には、何も無かった。
俺は空虚に攻撃していたのか?
そう思っていた瞬間だった。
「遅いっ……!」
背後で声、いつの間にか後ろを取られていた。
咄嗟に《プロティス》を発動し、身を守ることに専念した。
「ふふっ……やっぱり守るんだぁ。でもこれならどう!?」
《プロティス》の防壁に触れ、あいつはそう言い放った。
その瞬間だった、あいつはゼロ距離で魔法を放ってきた。
「《エクスプロード》っ!」
中級魔法だ、こいつを放つためにわざわざ触れにいったのか。
流石にこうされたら守れないはず。俺はダメージを受ける覚悟を決めたが――。
不発だった。あいつも、かなり驚いた顔をしていた。
この魔法は……確か魔力量が上回られた場合は不発に終わるって教えてもらった。
俺との魔力差の見当を誤ったんだろう。
「キミっ……! 魔力量がボクより上なの? 嘘だ……だってボクは……!」
慌てているあいつに向かって、俺は容赦なく魔法を放った。
「仕返しだ……! 《ゲイルシュレッダー》!」
無数の風の刃があいつを切り刻んだ。
手加減は少しした。死なせるわけにはいかないからだ。
切り刻まれた衝撃であいつは吹き飛んだ。近くにあった岩にぶつかり、悲痛な声を上げていた。
「ぐぅっ……痛いなぁ……少しは手加減して欲しいなぁ」
「まだ生きてるな?」
俺はあいつのそばに寄り、生死を確認した。
「セシルさん……酷いじゃないですかぁ……私に恨みでもあるのですかぁ? ……ふふっ、ちょっと表情が変わったね? 可愛いなぁ」
またニーナに成りすまして俺に話しかけてきた。
こいつは……本当に煽るのが好きみたいだな。
「ふざけるなよ……そんなこと言っていられるのも今のうちだぞ!」
「怖い怖い……ほら、見てくださいよセシルさん。あなたのせいで腕が1本無くなっちゃいました……服もボロボロ……見せたくないところまで見えて……うぅっ、恥ずかしいです」
もう限界だった。俺はあいつに向かって純粋に拳で殴った。
「ぶべっ!」
「もう1発食らいたいか!?」
殴られたはずなのに、あいつは笑っていた。
そして、俺に向かって話し始めた。
「この姿……ちょっと戦いにくいんだよねぇ。だからさ、いつもの姿に戻ってあげるよぉ」
そういうとあいつは立ち上がり、姿を変えていった。
正直、直視したくない。精神が削り取られそうな感じだったんだ。
恐らく姿を変え終えたのだろう。ニーナとは全くの別人が出来上がっていた。
黒髪で、少しウェーブがかかったロングヘア……顔立ちも整っている。敵じゃなかったら普通に可愛いと思える容姿だった。
だが……奇妙なことに服も変化していた。それに、腕も復元している……こいつ、なんなんだ?
「ふふっ、この姿では初めましてかな? 自己紹介させてよぉ……ボクはリリーっていうんだ〜」
「お前……人間じゃないのか? 化け物じゃないか……そんなことできるなんて!」
俺は恐怖していた。こんな異質な奴に出会うなんて思っていなかったからだ。
「化け物ってさぁ……失礼だなぁ、ボクはちゃんとした生き物だよ? あとさ、キミも十分化け物だよぉ?」
化け物……確かにそう言われてもおかしくない能力だが、そういうのは比喩表現ってやつだ。
こいつに関しては……恐らく本当に化け物なんだろう。真の姿はおぞましいから人間に化けているとか、きっとそんなのだ。
「ねぇ〜キミ魔法得意なんだよねぇ? じゃあさぁ……キミの得意なやつで戦ってあげるよ〜慣れた姿のボクはひと味違うから、ハンデをあげるってこと」
「ハンデ……? そうか、後悔するなよ? 俺は本気でいくからな!」
そう伝えるとあいつ……リリーは笑いながら間髪入れずに魔法を放ってきた。
少しくらい間を空けてもいいだろ……!
突然のことだったから守ることを忘れ、何発か受けてしまった。
少し遅れて《プロティス》で守りつつ、反撃の隙を待っていた。
「なんで壊れないんだよ……! ボ、ボクだって魔力が高いはずなのに!」
俺に傷を与えられず、ただ魔力を消費していく様は必死に見えた。
そして、遂に反撃の時が来た。魔法の連射が途切れてきたんだ。
空いた間隔に入り込むように攻撃すれば……いける!
ほんのわずかな間だが、入り込むしか選択肢はなかった。
少し遅れたとしても、《プロティス》が何とかしてくれる。
そう思い、俺はリリーに向かって魔法を放った。
「《アクエリア――――》」
その瞬間だった。
「ぐぅっ!」
守っていたはずなのに、《プロティス》が剥がれ、ダメージを受けてしまった。
「キミ……馬鹿なのかな? 魔法の同時発動はできないんだよ〜? もしかして、守られているから安全だって思った?」
そして、リリーはその発言の後また俺に触れてきた。
「プレゼントだよ。あげるね〜《ソニックブロウ》!」
俺の体は吹き飛ばされ、地面に激突した。
初めて痛いと思える攻撃だった。油断や魔力といった要素が、あの《ソニックブロウ》の威力を上げたんだろう。
「ふふっ、痛かった? おーい? "セシル、起きてよ〜!"」
途中からアリシアの声で話しかけてきた。
こいつ……ふざけるのも大概にしてくれ。
「セシル〜あたしともっと遊んで欲しいからさ、そんなんでダウンしないでよ!」
早く起き上がらないと……そう思っていた時だった。
「《ディスチャージ》」
俺に向かって追撃を始めた。しかも雷魔法……それに、俺が《プロティス》を発動する前に。
「ぐぅぅっ……! お前も……俺と同じか!? 下級魔法だろっ……! 痺れが……!」
無防備な体に、魔力に比例した威力の《ディスチャージ》は効いていた。
ビリビリとした痛み……激痛ではない。例えるなら静電気に当たった瞬間の痛みが体全体に広がる感じだ。
しかもこいつ……俺が女の子だってことを利用して……比較的弱い所に威力を集中してきた。
「顔赤いよぉ? セシルぅ〜どうしたのさっきまでの威勢は〜? ほらほら頑張って〜」
立たないと……何度も起き上がろうとするが、痺れのせいで言うことを聞かない。
「セシルさん、可愛いですね。もっとその顔見せてくださいよ〜」
ニーナの真似を……ふざけやがって……!
「セシル〜あたしそんな顔のセシル見るの初めてだな〜! ねぇねぇ、どんな感覚?」
次はアリシアかよ……いい加減にしろ!
俺は何とか体を動かせるようになってきた。あと少し、あと少しであいつに反撃できる!
「飽きてきたな。トドメをさしてやるよ。大丈夫、"お前"が死んでも俺が代わりをやってやるからさ。な? "セシル"」
調子に乗って俺の真似をしたのが運の尽きだ。もう慣れてきて、体はいつでも自由に動かせる。
俺はトドメをさそうと近づいてきたリリーの首を片手で掴んで、握りしめた。
「あっ……がぁっ……やめて……折れる……」
「折ってやろうか……!」
「がぁっ……《ゲイル……シュレッダー》……!」
魔法を放ってきたが、もう既に《プロティス》で守っている。
そして、俺はリリーを投げ飛ばしあることを伝えた。
「リリーって言ったよな? これで終わらせよう。お前も、ふざけてないで本気で戦ってくれ」
「げほっ……いいよぉ、ボクももう飽きてきたところなんだ」
リリーは立ち上がり、魔法を放とうとしていた。
何となくわかるが……上級魔法を当てようとしてきているな。
ならばこちらも同じく上級魔法で対抗してやろう。
俺はそう考え、ある魔法を放とうとしていた。
「《サーペントストリーム》!」
先にリリーが魔法を放ってきた。
それに対抗するように、俺も魔法を放った。
「《フォトンライトニング》!」
2つの魔法の鍔迫り合いが始まった。
だが、次第にリリーの《サーペントストリーム》は押されていった。
リリーだって弱いわけじゃない。でも、俺の魔力にはどうしても勝てなかったみたいだ。
そして、もうリリーの敗北が決まると言っても過言ではないほど、押し合いは俺が制していた。
「嘘だ……こんなやつ……殺せるわけ――」
リリーが呟いた言葉を打ち切るように、俺の《フォトンライトニング》はリリーを直撃した。
バシバシと雷の余波が辺りに広がっていた。リリーも倒れこんでおり、もう戦える状況ではないのだろう。
それに……俺の魔法が直撃したのもあって、かなりボロボロだった。
「げほっ……げほっ……セシル……殺す気なんだよね?」
「別に殺す気はないよ。話を聞くまではな」
「殺す気がないなら……なんであんな威力の魔法を放ったの……?」
「こうでもしなきゃまた体勢を立て直されると思ったんだ。お前、正直強かったからさ」
そういうとリリーは微笑みながら発言をした。
「煽ってる……? ふふっ、キミの方が強いよ。さて、殺しなよ。ボクは何も話す気はないよ」
「殺したくない……話してくれ、話せば少しは情をかけるからさ」
「いいんだよ……ボクは死んで当然。今まで何人も殺してきたんだから、罰だよ」
そうは言うものの、リリーの顔は悲しそうな表情をしていた。
明らかに強がっていた。本当は死にたくないはずだ。
「…………負けちゃった……ごめんねウィル……」
ボソッと呟いた発言が、余計に俺の心に刺さった。
大切な人がいるんだろう。こんなやつにも、大切な人はいてもおかしくない。
いくら敵とはいえ……会話ができて、大切な人がいる。そして人間の姿をしている奴を殺すなんて俺にはまだ無理だった。
こんな様子を見ていたら、さっきまでの怒りは自然と収まっていた。
おかげで冷静な判断ができた。こいつをここで仮に殺したら、ニーナがいる場所が分からないままだ。
判断は……ニーナが戻ってきたからにする。俺はそう心に決めた。
「殺して欲しいなら……考えておく。でも、その判断を決めるのはニーナを解放してからだ」
「ふふっ……冷静になったね。ニーナって子を解放するにはボクがいないとね。案内するよ……ついてきて……うぐっ」
立ち上がったものの、まだダメージが残っている様子だった。
体制を崩し、倒れそうになったリリーを俺は支えてあげていた。
「ボク……敵だよ? こんなことしていいのかな? 油断してたら刺されるよ〜」
「もうそんな力はないよな? その様子で分かるよ」
「ははっ……バレてたか。ごめんね、肩を貸してくれるかな?」
「ほら、これでいいか?」
俺はリリーに肩を貸し、ニーナを隠している場所まで向かった。
*
意外にもその場所は街の中にあった。路地裏に入口があり、地下に繋がっていた。
そして、その中の部屋にニーナが眠っていたんだ。
スヤスヤと寝ており、体も傷ついておらず、縛られてすらいない。
それに……薄くはあるが布団をかけてあげていた。
俺にはそれが違和感に感じたんだ。なんでこんなことをする必要があるのかと。
「さて、魔法を解かせてもらうよ……よし、これでしばらくしたら目覚めるはずだよ。けほっ……家に行こうか、暖かい布団に寝かせてあげてね」
そう言われ、俺はニーナを背負いながら家に向かった。
その際、何度もリリーが倒れそうになるものだから、その都度支えてあげていた。
家に戻り、ニーナを布団に寝かせてあげた。アリシアは相変わらず凄まじい寝相をしていた……これで元通りだよな?
そして、外で待っているリリーに決断を話すことにした。
「リリー、決断したよ。今から伝えるからな」
「うん、覚悟はしているよ。ふふっ、遺言も用意してあるから安心してね〜?」
完全に死ぬ気でいるリリーに伝えた決断は……"見逃す"だった。
甘いのは分かっている。でも、どうしても殺せなかった。
あの時の一言、死を覚悟した時の顔、そして……ニーナを殺さずに生かし、尚且つ大切に隠していたこと。
どうしても……完全悪には思えなかったんだ。
「ボクを見逃すなんてさ……本当に人が良すぎるよぉ……あのさ、ボクはいい人じゃないよ?」
「じゃあなんでニーナを殺さなかった? 化けるために本物を殺すのってよくあることだろ」
「ボクは別に殺人鬼じゃないからね。仕事以外でニンゲンは殺さないよ。それに、ターゲット以外を殺すこともしないかなぁ」
「変わった暗殺者だな……でも、ただで逃がすわけじゃない。条件付きだ、"今後俺たちに一切危害を加えるな"いいな?」
「分かった。ボクはもう殺しにいくなんてしないよ。キミには勝てないからねぇ、どうやっても死なないしもう諦めたよ」
そうは言ってくれたが……相手が相手だからか口約束が信用出来なかった。
「約束を守るって何かで証明してくれないか?」
「ん〜? いいよぉ、じゃあこうして証明するよ」
そういうとリリーは俺の手に触れ、魔法を使っていた。
記憶に刻まれてない魔法だと思う……一体なんだこれは?
「はい、これで契約は結ばれたよ。キミには分からない古代の魔法さ。"ボクがキミたちに危害を加えた際、代償として命を失う"これが契約内容だよ」
「本当に契約したのか……? 信じ難いんだが……」
「疑い深いなぁ……はい、僕のお腹を見てよ。印が付けられているよね? これが契約の印だよ。どちらかが死ぬまで契約は続くから、安心してね」
「じゃあ俺にもそれ付いてるのか……?」
あまり目立たないところがいい……俺はそう願っていた。
「キミには〜腰あたりに付けておいたよ〜小さい印だから目立ちにくいよ。安心してね〜」
そう言われて俺はすぐに確認した。確かに腰に付いている……でも、比較的小さめだったから目立ちにくいだろう。
何か言われたら、アザとか言って誤魔化せそうだ。
「さて……これからどうしようかなぁこのまま帰るのはつまらないし、少しお話しない?」
「まぁ、別に構わないぞ」
そう言って、俺はリリーと話を始めた。
さっきまで戦っていたのに……変だよな。
「アリシアって子……ちょっと申し訳ないことをしたよ。確かに仲間割れを狙ったけど……それにしてもね……」
「結構傷ついているはずだ。俺がケアするから、お前は余計なことするなよ?」
「ボクにも何かさせて欲しいけど……また怒られるのは嫌だからやめておくよ。でも、生かしてくれたお礼に償いはするからねぇ?」
リリーは戦っていた時と大分雰囲気が違っていた。
普通に話す分にはまともな奴だ。こんな仕事をしていなかったら、普通に生きれただろうに。
「あとさぁ、ボクはニンゲンじゃないからね? キミの性格から予想すると"ニンゲンの形をした奴を傷つけてしまった"って思ってるよね?」
「なんで分かるんだ……? ちょっと気持ち悪いな」
「そういう特技なんだよ〜まぁ、ボクのことは気にしなくていいよ。ふっかけたのはボクだし、キミは応戦しただけさ」
話せば話すほどなぜこんな仕事をしているのか不思議になってきた。
俺はさりげなく理由を聞いてみたが……「ボクはニンゲンに馴染めないから、こういう仕事しかできない」とか言っていた。
「ふぁ〜眠いねぇ。そろそろ帰るよ〜そうだ、キミってさぁ戦闘中に熱くなって冷静さを失うことがあるから気をつけなよ〜?」
「アドバイスされるなんてな……まぁ、気に留めておくよ」
「あと、最後にもう1人キミを殺しにくるからね? ボクは約束通り手出しはしないよ〜彼は強いから、今のキミじゃ勝てないかもね〜」
「死ぬってことか? それを分かってて契約なんてしたのか……!?」
俺は嵌められた気がして問いただそうとしていた。
でも、答えは意外なものだった。
「あはは、キミは死なないよ〜彼にキミは殺せない。これはただの勘だけど、結構当たるんだよね〜」
「お前……本当に変な奴だな」
「失礼だなぁ。そうだ、怪我しないわけじゃないからね? 流石に戦った時にはかなりの深手を負わされることを覚悟しておくといいよ〜」
そんなこと言われたらかなり身構えてしまう。でも、指輪を守ると決めた時からこうなることは覚悟していた。
絶対に渡さない。意地でも守り抜いてみせる。
俺のこの意志は、どんな壁が立ちはだかっても折れないほど固いんだ。
そんなことを思っていたら、リリーが帰ろうとしていた。
「帰るのか? 帰り道で倒れたりするなよ?」
「大丈夫だよ〜そうそう、ボクは依頼主のことはある程度知ってるよ〜」
「じゃあ教えてくれないか? 大切なことなんだ」
「それはぁ……キミが彼を倒してから教えるよ! 頑張ってねセシル〜次会うときは"ただの知り合い"だよ〜」
そう言ってリリーは帰ってしまった。
去り際の顔は、微笑んでいて、それだけなら可愛らしい少女に思えたんだ。
そして、家に戻ったんだが……一気に疲れが押し寄せてきたからか、倒れ込んでしまった。
それもリビングでだ……寝室に行かないといけないのは分かっているが……。
無理だ、もう寝たい、疲れた。
俺はそんなことを心で呟き、あっという間に眠りに落ちてしまった。
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