第16話 潜んだ影は刃を向ける
次の日、俺は普段よりも目覚めが悪かった。
病み上がりの時のような、そんな感覚を覚えつつ目覚め、リビングに向かっていったんだ。
「おはよう、2人とも」
いつもと変わらず、迎えてくれる。そんなはずだったんだが……。
「ニーナ、あたし何か悪いことした……?」
「してませんよ。ただ、くっつきすぎなんです。いつも以上に……何か変ですよアリシアさん」
ニーナとアリシアが軽い言い争いをしていた。
止めないといけないが、俺は直ぐに止めることは出来なかった。
「それにアリシアさん。昨日夜中に起きましたよね? セシルさんの方に向かって行ったのは分かりますが……何してたんですか?」
「そんなことあたしはしてないよ!? 勘違いじゃない?」
「勘違いですか……そうだといいんですけどね」
そういうとニーナは俺に気づいたみたいだった。
「あっ! セシルさん! おはようございますっ!」
その発言でアリシアも俺に気づき、続けるように挨拶をしてくれた。
その後、普段と変わらない朝食を取っていたが……アリシアが何か話をしたいみたいだ。
俺と2人がいいらしく、寝室に行き話をしていた。
「セシル……話なんだけどさ、ニーナなんか変じゃないかな?」
「変? 具体的にどこが変なんだ?」
違和感は覚えているが、別にニーナに限ったことじゃない。
俺はアリシアにどこが変に思ったのか聞いてみたんだ。
「朝さ、ニーナが寝ているセシルの方を見て、ガッカリしたような表情をしてたんだ……あんな顔見たことないよ」
俺は見ていないから、その発言が本当なのかは分からない。だけど、仮に本当なら普通じゃない。
でもニーナはそんな素振りを見せずに挨拶してくれた。勘違いなんじゃないかと思ったため、俺はアリシアにそう伝えた。
「でも、それ以外にもあってさ……あたしに当たりが強くてさ……」
「当たりが強い? 何かあったのか?」
俺はアリシアに聞いてみた。そしたら信じ難い言葉が聞こえてきたんだ。
「ニーナにいつも通りくっついたんだ。単なるスキンシップのつもりだったんだけど……ニーナイライラしてたのかな? 『触らないでください』って言って突き放したんだ」
「アリシア、それが本当ならニーナにも話を聞くけどさ、もし嘘なら怒るぞ?」
「本当! 本当だよ! あたしはセシルたちに嘘なんてつかないよ!」
アリシアがまた慌て始めた。でも、目は真っ直ぐこちらを向いているし、嘘をついている様子ではなかった。
ニーナにも話を聞くか。そう思っていた時だった。
「私の悪口ですか? アリシアさん?」
気づいたらニーナがそばに居た。全く気配を感じなかった、いつから居たのかは分からない。
ただ、この話を聞いていたならば……アリシアは何か言われるはずだ。
「ニーナ違うよ! あたしはそんなつもりじゃ!」
「ではなぜコソコソと話しているのですか? 私も入れてくださいよ。仲間はずれは嫌です……」
確かにこの光景を見たら陰口を言われていると思っても仕方ない。
ニーナも悲しそうな表情をしているし、やっぱり本人のいない所でこういう話をするのは良くないよな。
「それに、あの時は、アリシアさんの手つきが怖かったので払ったんです」
「怖いだなんて……いつも通りだったじゃん! 変だよニーナどう――――」
言葉を遮るように、ニーナは発言を続けた。
「まるで私の体の隅々まで吟味するような……嫌な手つきでした。そうですね……複製品を作る時に元の品を観察するような……そんな感じでした」
「いい加減なこと言わないでよ!」
アリシアが今まで以上に大きな声でニーナに話しかけた。
激情している。止めないとまずい!
「ニーナおかしいよ! なんであたしにそんなに当たりが強いの!? なんで嘘つくの!?」
「アリシアさん……怒らないでくださいよ……あぅ……」
「セシルの前だからって、猫被らないで! それにあの薬……毒物の匂いがするんだけど!?」
止まらない。俺もすぐに止められるような雰囲気じゃなかった。
嫌だ……大切な仲間が喧嘩しているのを見るのは……もう見たくない。
「アリシアさん、変なこと言わないでくださいよ! 私がそんなことするわけありません! というか、仮に毒物だとしてなぜ分かるのですか?」
「それは……」
「……エルフだからですか? ふふっ、便利な言い訳ですよね」
ニーナ……だよな? 一瞬違った雰囲気を感じ取れたからか、俺は少しだけだが驚いてしまった。
「……っ! もういい! あたし今日は家に帰らないから!」
そう言ってアリシアは家から飛び出そうとした。
俺は咄嗟に手を掴み、アリシアを止めたんだ。わだかまりがあるまま日々を過ごしたくない。
そんな思いが、俺を動かしたんだと思う。
「アリシア! 話し合おうよ! ニーナも、あんまりアリシアを怒らせるようなことは言わないでくれ!」
「セシル……ごめん、あたし頭に血が上ってたよ」
「セシルさん……私も少しやりすぎました。ごめんなさい、アリシアさん」
2人が落ち着いてくれたため、その後は比較的スムーズに話し合うことが出来た。
恐らく、アリシアは例の襲撃者の件で神経質になっている。それでこんなに感情がブレることがあるんだろう。
ニーナも、若干だが同じく神経質になっているはず。だから、アリシアの手つきが怖かったとか言ったんだ。
俺も……実の所2人に対して疑念の目を向けていた。
殺人の依頼を引き受ける奴らなら……変装くらいできる奴がいてもおかしくない。
だから、この2人のどちらかが偽物なんじゃないかって……そんな最悪な考えを片隅に置いていたんだ。
こんなこと、伝えたくはなかったが。俺は抱えきれずに伝えてしまった。
「偽物だなんて……セシルさん、そんなことする人はいませんよ? 変身魔法なんて、そうそう使えるものではありません。変身薬も、コストがかかって大変なんですよ」
「ごめん……あたし変身魔法使えるんだ……。でも! あたしはちゃんと"アリシア"だよ!」
2人はそう言ってくれたが……未だに疑念が晴れない。
そう思っていた時だった。
「セシルさん、私の体に触ってください」
「でも……」
「いいんです。本物だって証明したいので」
そういうと、ニーナは俺に体を触らせてくれた。
おかしな所は無い……ちゃんとニーナだとは思う。そう思っていた時だった。
「ひゃうっ!? どこ触っているんですか……」
「えっ……俺はただ首筋を……」
「やめてくださいよ……もうっ」
この話し方は間違いなくニーナだ。だが何かが引っかかる……首筋を触っただけのにこんな反応をするなんて……。
次はアリシアだけど……かなり困っている様子だった。
「あたしは本物だから……! だから、触らなくてもいいかなって」
「いや、触らせろとはまだ言ってないぞ?」
「ごめん……あたしこういう理由であんまり触られたくないから……」
「そうか、なら無理しなくていいよ」
そう言うとアリシアは「別の方法で本物だって証明する」と言って、部屋に入ってしまった。
しばらくすると、アリシアが弓を構えてきた。
「え? ……アリシアまさか弓の技術で証明とか言わないよな?」
「セシル、あの魔法で自分を守っててくれる? あたしが本物だって証明するならこれが一番だから」
考えが怖いんだが……まぁ、証明しやすいならそれでいい。
俺は家の外へ行き、魔法で防御を固め、アリシアの弓を受けた。
相変わらずの速度だ……それにあの時よりも速かった気がする……必死さが伝わってくるな。
ニーナとアリシアの証明を経て、俺はもう疑いの目を向ける必要は無いと判断した。
その後は、若干のぎこちなさはあったけど、2人は仲良く過ごせるようになった。
そして、夜を迎えることになった。今日は仲良く3人で入浴した。こんなことがあったんだ、それくらいしないといけないよな。
俺は不思議と、今回に限っては緊張感とか、落ち着かなさを感じることなく入浴できた。
そして……みんなが寝始めたころだった。
「セシルさん、セシルさん……!」
「んぁ……なんだニーナ? 寝れないのか?」
「はい……なので少しお散歩がしたくて……」
「分かったよ。1人で行かせるわけにも行かないしな」
ニーナに起こされ、俺は2人で散歩に向かうことにした。
街中がいいとは思うが、ニーナは綺麗な星が見たいとのことで、比較的安全な草原に向かうことになった。
*
そして、草原に着き綺麗な星をニーナと見つめていた。
「綺麗ですよね。セシルさん、こんなにも星が綺麗な日こそ――――」
ニーナが何か言うみたいだ。
恐らく、何かロマンチックなものなんだろうな。
俺は微笑みながら、ニーナの言葉の続きを待っていた。
「あなたの最期にふさわしいですよね」
最期……? なんでそんな言葉が?
俺はその瞬間恐怖を感じ、身を守らなければと直感した。
咄嗟に《プロティス》を使っていた。その直後だった。
鉄製の物が、弾かれるような音がした。俺の背後から、かなりの音量で。
「あはは……セシルさん、なぜそんな魔法を使うのですか?」
その言葉を聞き、俺はニーナの方を向いた。
彼女の手には……ナイフが握りしめられていた。
「ニーナ……? なんだよそれ! おい……なんでナイフなんか……!」
「ふふっ、ドッキリですよ。さて、帰りましょうかセシルさん」
帰りたくない。絶対にこのまま帰りたくない!
俺の心臓は高鳴り、頭の中が熱くなっていた。考えを巡らせつつも、冷静さを保とうとしていた。
「ニーナじゃない……ニーナは……ニーナはそんなことしないだろ!」
「ん〜? ニーナですよ? だからただのドッキリですって」
「うるさい! お前は……お前はニーナじゃない! ニーナが"最期"とか言うはずもない! 俺を突き刺そうとするはずもない! お前は誰なんだ! さっさと正体を表わせよ!」
俺はもう冷静さを保つ気がなかったんだろう。久しぶりにこんなに大声で叫んでしまった。
すると、あいつは俯き、何かを言い始めた。
「私が……偽物だと言うのですか? あの時は信じてくれましたのに……酷いです、セシルさん……ううっ……」
泣き真似か……? いや、本当に泣いている。
まさか、俺の思い違い? 本当にニーナがやっていただけなのか? だったら謝らないと。
その考えに突き動かされるように。俺はあいつに近づいていった。
その瞬間だった。
「ふふっ……あはは……あはははっ! ここに来てようやく気づくなんてさぁ! 人が良すぎるよねぇ!」
ニーナが発するとは思えない笑い声を上げ、あいつは顔を上げてこちらを見てきた。
「そうだよぉ……ボクはニーナじゃない。全くの偽物さ」
歪な笑みを浮かべ、俺に話しかけてくる。
最悪だ……1番起きて欲しくなかったことが起きてしまった。
「毒を盛っても死なないしさぁ……ナイフで油断した所を刺そうとしても魔法で弾かれるとか、ツイてないなぁ」
「ニーナの声で……そんなこと言うなよ……!」
「じゃあ成りすましてあげようか? セシルさん、なんでそんなに死なないんですか?」
「黙れ!」
俺を煽っているのか? 姑息な手が使えないからあえて煽らせて戦いをする口実を作ろうとしているのか?
だったら乗ってやる。ニーナに化けて、俺たちの仲を乱したことを後悔させてやる!
「お前……あの時の奴の仲間だろ。戦闘不能にさせた後で、じっくり話を聞かせてもらうからな」
「いいですよ〜かかってきてください。私もそちらの方が好都合ですので」
「ニーナのフリをするなよ……! 普通にやってくれ、いいな?」
「面白くないなぁ……分かったよ」
俺は魔法を放つ構えをとり、あいつは特に構えをとることもなくこちらをずっと見てきた。
ニーナの姿のままで戦うなんて、相当俺を怒らせたいらしいな。
そして、戦いを始める前に、俺はニーナの安否を聞くことにした。
もし傷つけたりしていたら……一切容赦はしない。
「ニーナは無事か?」
「あぁ、あの子は大丈夫だよぉ。秘密の場所で、スヤスヤと気持ちよく寝ているよ。安心して? 縛ったりはしてないからさぁ」
「そうか……じゃあ始めるぞ」
「いいよぉ、殺り合おうか!」
俺はあいつに向け、《サンダーボルト》を放った。
この轟音が、戦いの始まりを告げる合図となった。
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