第15話 イントゥルージョン

 ニーナたちと魔法に関しての座学を行った次の日だった。

 扉の前でずっと猫の鳴き声がするものだから、俺は扉を開けたんだ。

 すると、勢いよく猫が家の中に入ってきた。追い出そうにもなかなか言うことを聞いてくれず、困っていたらニーナが家で飼おうとか言い出したんだ。

 俺は別に猫が嫌いなわけではない。だからその案に賛成した。アリシアも賛成のようだったから、俺はそのまま猫を招き入れてあげたんだ。


 *


 そして、猫と暮らして2日ほど経った。

 猫はみんなに懐いている様子だったが、特にニーナがお気に入りらしい。


「にゃーん、にゃもにゃも」


「ふふっ、可愛いですね~本当に癒されます!」


「いいなぁ……ニーナばっかりずるいよ」


 そういってアリシアが猫に近づいた時だった。


「にゃ!」


 猫はアリシアに対して威嚇をしていた。別に嫌っているとかいう感じではなく、単に邪魔されたくなかったのだろう。


「うぅ……セシル、代わりに構ってよ」


「しょうがないな……ほら、一緒に本でも読むか?」


「うん!」


 こんな感じでニーナは猫と、俺はアリシアとのんびりと朝の時間を過ごしていた。

 しばらくした後、ニーナが外に出ようとする素振りを見せた。

 俺はニーナが1人で外に出るなんて珍しかったからか、声をかけることにした。


「ニーナ、何か用事でもあるのか?」


「えっと、猫ちゃんが外に出たいみたいなので少しお散歩しようかなって思いまして」


 猫と散歩か……犬と違って猫ってすぐどこかへ行くからな……逃げないか心配になってきた。

 俺は一応ニーナにその考えを伝えてみた。でも、ニーナは「私にこんなにも懐いているので逃げませんよ」と言って自信ありげだった。

 そのままニーナは猫を連れ、外へと出て行ってしまった。


「ニーナ、猫ちゃんにお熱だね。ちょっと寂しいかな」


「きっと猫が大好きなんだよ。俺たちをないがしろにしているわけでもないし、しばらくは好きにさせてあげよう」


 そういって、俺とアリシアは2人きりでしばらく過ごすことになった。

 アリシアとこうして話すなんて初めてなのもあって、非常に楽しく有意義な時間だった。

 自然と笑みもこぼれ、何気ない会話ですら、尊い時間に感じていた。

 どれくらい時間が経ったのだろうか……ニーナがようやく戻ってきた。でも、猫はそばにはいなかった。


「ニーナ? 猫はどうしたんだ? ……まさか逃げたのか?」


 こうなるんじゃないかとは思っていたが、やっぱり逃げたみたいだった。

 ニーナは泣いており、俺とアリシアで慰めていた。


「えぐっ……猫ちゃん……ずっと一緒だと思っていたのに……!」


「ニーナ、泣かないでよ。ほら、あたしたちがいるでしょ?」


「でも……でも……!」


「ニーナ、俺が一緒に探してあげようか? 時間が経ってないならまだ近くにいるはずだ」


 そう伝えるとニーナは少しだけ明るい表情に戻ってくれた。

 その後、希望は薄いかもしれないが、俺たちは猫を探すことになったんだ。

 でも……やっぱり見当たらない。3人で手分けして探しても見つからないんだ。

 そうやって諦めかけている時だった、ニーナが猫の鳴き声が聞こえたと言って急いでどこかへ行ってしまった。

 追いかけようとはしたが……ニーナは相当必死に走ったのだろう。途中で見失ってしまった。


「ニーナどこに行ったんだ……? アリシア、痕跡とか分かるか?」


「こんな街中じゃ痕跡の見分けをつけるのは難しいよ……どうしよう……」


 そうやって困り果て、ただただ時間が過ぎていった時だった。


「2人とも! 突然離れてしまってすみませんでした……!」


 ニーナが戻ってきてくれた。


「ニーナ、心配したんだぞ? それで、猫は見つかったか?」


「いえ……違う猫でした……どうやらもう近くにはいないみたいですね……」


「そうか……ニーナ、あんまり落ち込むなよ? 俺たちはずっとそばにいるからな?」


 俺は励ましては見たものの、やっぱりニーナは猫の件は割り切れない様子だった。

 すると、アリシアが「気晴らしに街でも散歩しない?」と提案してくれた。俺的には賛成だ。楽しく散歩をしていれば、きっとニーナは元気を取り戻してくれるからだ。

 ニーナもこの案には乗ってくれた。

 悲しい出来事があったんだ。それを忘れさせるくらい、楽しませてあげよう。

 そう思いながら、俺たちは適当に街の中を散歩することにした。


 *


 街の中は相変わらず賑やかだ。日が昇っている限り、この街は静寂というものを知らないのだろう。

 多種多様な人たちとすれ違いながら、俺はニーナを楽しませるものを探していた。

 カフェ、雑貨屋、本屋、色んな店が立ち並んでいるためか、すぐには決められなかった。

 そうやって辺りを見渡していると、ニーナが知らない間に店の前へ行き、店員と会話していた。


「店員さん、薬がいるんですけど、ありますか?」


「薬? どんな薬だい? うちには何でもそろっているよ!」


「常備薬です。どんな病気もすぐさま症状を抑えて、楽にしてくれるものはありますか?」


「おっと……悪いけどそんなのはないな。代わりに一番買われている薬でどうだい?」


 俺には普通の会話に聞こえるが、アリシアには不思議に感じたみたいだった。


「薬ならあたしが作るのに……わざわざ買う必要なんてあるのかな?」


「多分、結構効く薬なんじゃないか?」


「別に自慢するわけじゃないけど、人間たちの製法よりもエルフの製法で作る方が効くんだけどな……」


 そんな会話をしている時だった。ニーナが戻ってきた。


「お待たせしました! ちょうど薬を切らしていたのを思い出しまして、ついでに買ってきたんです!」


「気づいたら店に向かってるもんだから心配したんだぞ? ニーナ、ちゃんと行きたい店があるなら言ってくれると助かるな」


「えへへ……気をつけますねっ!」


 その後も俺たちの散歩は続いていた。いつものように楽しく会話を交わしながら、それぞれが行きたい場所に行く。

 そんな時間を送っていると、アリシアが足を止め、ある店に行きたいと言ってきた。

 花屋だ、色とりどりの花を取り扱っていた。俺は花にはあまり興味はないけど、アリシアに付き合う形で店に入っていった。


「セシル、この花綺麗だね! 鮮やかな黄色でさ! 家に置いてもいいかもね!」


「確かに綺麗だな。部屋を彩るにはいい感じの色だ」


 そういってアリシアと会話している時だった。ニーナが微笑みながら、アリシアに話しかけてきた。


「アリシアさん、イエローリリウムが好きなんですね~ちなみに花言葉って知ってますか?」


「えっと……あたしそういうのあんまり分からなくてさ。よかったら教えてくれない? きっといい意味だよね!」


 アリシアのその発言の後、ニーナは若干ためらいながらアリシアに花言葉を伝えた。


「その……”偽り”です」


「えっ……!? 違うよ! あたしそういう意味の花だって知らなくて!」


 偽り……この言葉は正直いいものではないよな。でも、アリシアは知らなくて単に綺麗だから家に置いてもいいって言ったはずだ。

 別にそういう意図があったわけではない。俺はそう理解していたからか、アリシアをフォローする形で話した。


「別にどんな意味でも綺麗なことには変わりないからさ。俺は気にしてないよ」


「それだったらいいんだけど……花言葉ってなんか嫌だね。綺麗な花なのに、違って見えちゃうからさ」


 アリシアの言う通りかもしれない。花言葉ばかりに囚われて、本来の綺麗な見た目を忘れるなんていけないよな。

 それに、俺はこのイエローリリウムは普通にいい色だと思った。だから、アリシアに気にするなって伝える意味と、単に飾りたいってことで買うことに決めた。

 そしたら、ニーナも花を選んでくれたみたいだった。


「私はこの花がいいです! 花言葉と見た目のどちらともとっても素敵ですから!」


 ニーナが選んでくれた花は白色で、少し小ぶりな花だった。

 

「スノウドロップです! 花言葉は希望! 素敵だと思いませんか?」


「そうだな、いい花言葉だと思うよ。それに、見た目もニーナみたいで可愛らしいな」


 そういうと、ニーナは相変わらず照れてしまった。

 この表情……何回見ても可愛らしい。アリシアも微笑んでいたが、若干何か思う所があるような表情だった。

 その後、ニーナもだいぶ気分が晴れたようで家に戻ることになった。

 だけど……ここにきて変な違和感を感じるようになった。アリシアのあの慌てよう……ニーナが勝手に店に行ったこと……何かがおかしい。

 大切な仲間を疑いたくはない……だけど、猫がいなくなってから明らかに変だったんだ。

 俺の気のせいだってオチが一番いい。でも、仮に異変が起きているのなら……。

 家についてもその考えは消えず、神妙な顔をしてしまっていたのだろう。ニーナが心配してそばに来てくれた。


「セシルさん、帰り道からずっとそんな表情をしてどうしたんですか?」


「ニーナ、心配かけちゃったな……ちょっと考えごとを――」


 俺の言葉を遮るように、ニーナが口を開いた。


「アリシアさんのことですか?」


 ニーナも何か感じていたのだろうか? 俺の考えていることを言い当ててきた。


「そうなんだけどさ……まぁ考えすぎだよな」


「そうですよ! 花言葉を知らないなら意味を知って驚くのもありえますから! そんなことよりも、食事できてますよ?」


 食事……もうそんなに時間が経っていたのか。

 随分と長い間考えてしまったらしい。ニーナの手伝いもしないでこんなことをしてしまうなんて……以前のことで大分神経質になっているのかもな。


「ごめん、手伝いもしないでさ。ちょっと考えすぎなのかもしれないな」


 俺はニーナに謝り、いつも通り食事を始めた。

 いつもと変わらない味――じゃない、微かに変わっている。何だか不思議な味わいで……うまく表現できない。


「ニーナ、調味料とか変えたのか? いつもと味が違っていてさ」


「あっ! 気づいてくれました? 少し味を変えてみたんです! いつも通りだとつまらないですからね!」


 やっぱりそうなのか。ニーナらしい気遣いだ。


「あたしには分からないなぁ、いつも通りじゃない?」


「ふふっ、アリシアさんは鈍感なのかもしれないですね」


「あ、あたし! 別に鈍感じゃないよ!?」


 俺が味の変化に気づいてから、和やかな会話が始まった。

 笑いが飛び交い、ちょっとだけアリシアをからかったり、ニーナが逆にからかわれたりと穏やかな雰囲気に包まれていた。

 そして、お風呂に入ることとなったが、今回は各自で入ることに決まった。

 俺は久しぶりに緊張せず入浴できたからか、かなりリラックスできたみたいだった。

 だけど……お風呂から出てから少し体がおかしい。立ち眩みがするようになり、若干だが痺れを覚え始めた。

 風邪でも引いたかと思い、俺は早めに布団に入ることにした。ニーナが買ってくれた薬もあるし、万が一寝て治らなくても心配はいらない。

 俺は2人に先に寝ると伝え、布団に横たわった。

 意識がもうろうとしていく……その際、微かに声が聞こえた、ニーナの声だ。


「おやすみなさい……セシルさん……」


 優しい声色だ……安心する。

 俺はその声色に包まれるように、完全に眠りに落ちていった。

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