第14話 学びの時間
あの出来事の翌日。俺たちはいつも通り過ごしていた。
朝の支度が終わればきっと依頼を行うはず。だけど、俺には何かが引っかかっていつも通り依頼に行くなんて気分にはならなかった。
あの時、もっと臨機応変に魔法を出せていれば、ニーナに被害が行くはずもなかったんだ。
魔法は女神のおかげもあってかなり使える。でも、使える魔法をすべて”認識”しているわけじゃない。
だからいちいちイメージして、思い浮かんだ魔法を放つことしか今はできなかった。
こんなことでは、指輪を守り切るどころか、他人を守ることすら難しくなっていくんじゃないか。
俺は朝からずっとそんなことを考えていた。
「セシルさん、ずっと悩んでいる様子ですが……体調がすぐれないのですか?」
「変だよセシル、いつもは元気なのにさ」
2人に心配させてしまったみたいだ。顔や態度に出ていたんだろう。
その時ふと思った。2人に魔法について教わるのはどうだろうかと。
俺は試しに2人に聞いてみることにした。
何か言われるだろうが……まぁ言い訳は用意してあるしな。
「えーっと、実は俺ってあんまり魔法のこと覚えてなくてさ。ちょっと復習したいなって思ってたんだ」
「セシル……もしかしてさ……」
「あの……お言葉なんですけど……」
あ……まずいな、そんな上級職いないとか言われるんじゃないか? どうしよう……「実は転生者で魔法の勉強してません!」とか言えるわけないし。
俺は焦りながらも2人の言葉を待っていた。
「忘れんぼなの!?」
「物忘れしやすい方なのですか?」
よかった……ただの物忘れしやすい人だって認識をされただけみたいだ。
それなら好都合だ。俺は上手いこと返答することにした。
「あはは……そうなんだよ。俺って結構忘れやすくてさ……一応何個かは覚えてるんだけどさ」
「なるほど……そうだったんですね」
「あのさ……俺って変な奴かな?」
「別に変ではありませんよ! たくさんの魔法を認識し続けるのは最初のうちは難しいんです。ですから、定期的に本を読んで再認識するんですよ」
そういう感じなのか。よかった、魔法は一度学んだら忘れることがないみたいな感じだったら、俺はかなり怪しまれていたからな。
「今日は依頼を受けるのをやめて、復習に力を入れましょうか?」
「そうしたいところだけど、貯金は大丈夫なのか? 別に復習は後回しでもいいぞ?」
「貯金は……まだ大丈夫です! 以前だいぶ稼げましたし!」
まだ大丈夫だというならお言葉に甘えよう。俺はその会話の後、ニーナとアリシアを交えて魔法の復習をすることになった。
かなり分厚い本をテーブルに置き、ニーナやアリシアに教えてもらったり、逆に俺が質問したりしていた。
かなり有意義な時間だ。前世でできていた心の空洞……その空虚とも言える感情が徐々に消えていくような感じがした。
「セシルさんって回復魔法とかは使えましたっけ?」
「えーっと……使えないんだ。あと補助系の魔法も使えなくてさ」
「それならこの項目は飛ばしましょう! えっと、攻撃魔法となると……うぅ……」
ニーナがちょっと落ち込んでしまった。ニーナのそういった表情はあまり見たくないな。
「ニーナ、そんなに落ち込まなくてもいいさ。説明とかはできるのか? だったら、お願いしたいんだけどさ」
「はい……一応学んでいたので説明はできますよ。適性が無いから使えないだけで、知識ならありますから」
そういってニーナは俺に色々教えてくれていた。
魔法にはやっぱり複数の属性があるらしい。でも、どんなに優秀な奴でも2~3属性が限界なんだとか。
となると……俺は今のところ、風、水、炎、雷の魔法を使ってきたよな? 4属性か……やっぱり女神の与えた力は異常なんだな。
「そういえばアリシアさんはどんな魔法が使えるんですか?」
「あたし? うーん、攻撃と回復ができて~後は簡単な補助魔法かな? 転移魔法とかが分かりやすいよね」
説明を受けてから改めてアリシアの話を聞くと、彼女もだいぶ優秀なことが分かった。
「なんだか皆さん凄いですね……私なんてまだまだです……」
「今のままでもニーナは十分役に立ってるよ。だってさ、あの時アリシアの傷を一瞬で治しただろ? それって結構心強いと思うんだ」
ニーナがどう受け取ってくれるのかは分からないが、俺は決してニーナが劣ってるわけじゃないってことを伝えたかった。
「そういってくれると……とっても嬉しいです! でも、いつかは皆さんが驚くくらい成長しますからねっ!」
「いい心がけだね! やっぱりニーナって頑張り屋さんでいい子だね」
そういってアリシアがニーナの頭を撫で始めた。
ニーナは少し照れている様子で、俺の方を向いてくる。
「セシルさん……撫でられちゃいました……あぅ」
可愛い。俺も撫でたくなってきた。
何かを察したのかアリシアは撫でるのをやめ、俺に譲るような素振りを見せた。
抑えようとはしているものの、気づけば俺もニーナを撫でてしまっていた。
「ふ、2人とも撫でるのは……嫌な気分ではありませんが……その……」
ニーナは恥ずかしそうに話しかけてきた。でも、拒絶するような感じではなく、むしろ受け入れているようなそんな感じだった。
「……可愛いな」
ふと言葉が漏れてしまった。
どうしよう、聞かれていたらまずい!
「可愛くないですよ……セシルさんやアリシアさんの方が可愛いです」
聞かれていた。ニーナは照れており、アリシアは笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「そうでしょ? ニーナって可愛いよね」みたいな、そんな感じだった。
「ふ、2人とも! 復習の時間ですよね!? ほら、ちゃんとやりましょう!」
その発言を受けて、俺たちは気を取り直して復習に取り掛かった。
上級や中級の説明、それに、魔法のことについて詳しく教えてくれた。
基本的な効果はあるものの、使用者の魔力に比例してその効果は変わってくるらしい。
例えば、俺が下級魔法の《フレイム》を放ったとして、魔力の関係から、一般的な威力から逸脱している《フレイム》が放たれる感じだ。
どうりであんな威力の魔法が出るわけだ、ニーナの説明を受けて納得した。
まぁ、威力調整は本人の意思でできるみたいだし、最初のような出来事は起きることはないとも言われたな。
「ん〜っ! 久しぶりの座学で疲れたよ〜あたしちょっと外に出たいな」
「それなら、復習ついでに草原に向かいませんか? あそこなら、魔法を放っても迷惑はかかりませんし」
草原で魔法の実践をしようとの提案を受けたが、確かに使ってみないと分からないことも多い。
俺はその提案に乗ることにした。その後、3人で草原に向かっていった。
*
草原に着いたが、周りには何もなかった。魔物も通行人もいない、そんな平穏ともいえる様子の草原で、俺は魔法の実践をしようとしていた。
「セシルさんって防御魔法もできるんですよね? それなら、まずはそちらからやってみましょうか」
「えっと確か《プロティス》だよな? さっきの座学で再認識できたし、使ってみるよ」
再認識できたっていうか、初めて知ったんだけどな。
そんなことは置いておいて、俺は早速その魔法を使ってみた。
認識済みだからか、スムーズに発動できた。認識することでこんなに素早く出せるとなれば、今後の戦いとかに活かせそうだ。
だが……少し不安なのが、目に見えて守れていることが分からないんだ。
透明な壁が張られているのは教えてもらったから知っているが……俺の行動がその壁で制限されるわけでもないから、なんだか不思議な感じだ。
「誰か攻撃してみてくれないか? 誰でもいいからさ」
「私は……ちょっと申し訳ないのでやめておきます」
「あたしも……ちょっと不安かな」
2人とも遠慮してしまっているようだ。
でも、攻撃してくれないと効果を実感することができない。俺は何とかして2人を説得していた。
少し時間がかかったが、ちゃんと攻撃してくれるみたいだった。
「それでは……まずは私からですね。えっと、石でいいですか?」
「なんでもいいよ、とりあえずやってみてくれ」
「分かりました……えいっ!」
そういってニーナは俺に向かって石を投げつけてきた。
石は俺の目の前で弾かれ、地面に落ちていった。
「まぁ石くらいならこんなものだよな。もう少し威力が高い攻撃ってできるか?」
そう問いかけると、アリシアがやってくれるみたいだった。
「えっと、セシル、本気でやって欲しい? それとも手加減して欲しい?」
「なるべくなら本気でやって欲しいな。万が一貫通しても俺の体なら致命傷にはならないからさ」
「それなら……本気で行くね!」
そういってアリシアは弓を構え、俺めがけて矢を放った。
瞬きする間もなく、矢は俺の目の前まで到達した。全く目視できないほどの速度だったからか、正直かなりびっくりしてしまった。
そして、肝心の防御だが……全く矢を通すことがなかった。それどころか、矢を衝撃で破壊してしまっていた。
「凄い……! こんな《プロティス》見たことないよ! セシルってもしかして結構魔力が高かったりするの!?」
「そうだな……魔力だけは生まれつき凄くてさ……あはは」
もうごまかすのには慣れてきた気がする。
そして、俺はそのまま攻撃魔法を放つことになった。
学んだことを全部やるわけではなく、俺の判断で何個か放っていく感じらしい。
うまく手加減して、やりすぎないようにしよう。
そう心に決めて、俺は認識した魔法を何個か放ってみることにした。
まずは《ライジングネメシス》からだ。上級魔法を使ってみたいって気持ちがあったからな。
もう認識済みだし、イメージする必要もない。だから、即座に名前を唱え、何もない草原に放った。
「《ライジングネメシス》!」
俺が指定した場所に向かって、勢いよく雷撃が落ちた。
眩い光に、耳を押えたくなるほどの轟音……だけど、俺はそんなことよりも、僅かな時間でもあったが学んだことを活かせれたことが嬉しかったんだ。
自然と笑みがこぼれていた。俺は少し調子に乗っていたのかもしれない。続けざまに魔法を放っていった。
「《タービュランス》!」
風の上級魔法だ。風の塊を放って攻撃する。これもスムーズに発動できた。
やっぱり、ニーナたちに教えてもらってよかったな。そう思っている時だった。
「セシルさん……もう少し加減できませんか……?」
ニーナの呆れたような声が聞こえた。
「え? 加減は……したはずだぞ? ……多分」
そう言って俺は魔法を放った場所を見たのだが……。
地面には……クレーターが出来ていた。恐らく《ライジングネメシス》の影響だ。
それに……深くまで抉られた跡が地面に続いていた。これも《タービュランス》の……。
加減はしたはずとは言ったが、咄嗟に出た言い訳に過ぎなかった。
実際、加減なんてしていなかったんだ。魔法がスムーズに放てることが楽しくて、そんなこと考えてもいなかった。
「セシル凄いなぁ……あたしたちエルフにもこんな威力の魔法が放てる人はいないよ」
「あはは……そうだよな……こんなのおかしいよな」
「これ、見つかったら大変なことになりませんか? 私はてっきりもう少し加減して放つと思っていたんです。まさかそのまま放つとは……」
「ご、ごめん……楽しくてつい……」
言い訳なんてしたら怒られそうだから、俺は素直に手加減できなかった理由を話した。
アリシアは若干引きつつも関心を持った目で見てくれたが、ニーナはなんだか困り顔だった。
「セシルさん、防御は加減しなくてもいいですけど、こういった攻撃魔法は状況に応じて加減しましょうね? またあの時みたいなハプニングはお互い嫌ですよね?」
「も、もちろん加減するよ! 今回は大目に見てくれ……!」
「本当に加減できますか? なら、私の目を見て約束してください!」
言われるがままニーナの目を見た。
少し怒っているような表情だが、優しい顔つきは全く損なわれていない。
綺麗なライトブルーの瞳に吸い込まれてしまいそうだ……ダメだ、ちゃんと約束しないと!
俺は口を開き、約束の言葉を告げようとしたのだが。
「約束するよ。ニーナのその綺麗な瞳に誓ってさ」
余計な一言も加えてしまった。
女神の影響を受けすぎたか? 一言余計なのは受け手と場合によっては状況を悪化させることもある。
俺は少し焦ったが――――。
「や、約束しましたからねっ!? あ、あとそんなこと言っても今回のことは目を瞑りませんよ!?」
少し照れているみたいだった。
いやぁ……怒られずに済んでよかったな……。
その後、3人で今日の出来事を笑い合いながら家へと戻っていった。
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