第13話 残された謎
急いで声の元へと向かった俺が見たのは……最悪な光景だった。
「へっ……来たか! おいお前! こっちに近づくんじゃねぇぞ? こいつが死んじまうぞ?」
「セシル……さん……ごめんな……さい……」
奴はニーナを無理やり起こし、脅迫の道具にしていた。
今すぐにでも奴に一撃を加えたいが、十中八九ニーナに危害を加えるに決まっている。
俺は立ちつくし、どうするべきか考えていた。
「それにしてもいい女だなこいつは……少し遊んでやってもいいなぁ」
奴はニーナの体にナイフを当てながら、じっくりと吟味するような目つきでニーナを見ていた。
「あぅ……やめてください……!」
「その表情……いいねぇ。もっと見せてくれよ」
そんな汚れた手で……ニーナに触れるな!
「お前! ニーナに手を出すな!」
俺はあまりの光景に冷静さを欠いていた。奴の元に近づいていってしまった。
自分の行動の浅はかさに気づいたのは、既に事が起こった後だった。
「おっと……近づいたな? じゃあこの女を好きなようにさせてもらうぜ? そのまま殺すか……それとも遊び尽くしてから殺すか……くくっ」
「セシルさん……! わ……私に構わず……! どうか……!」
構わないでくれなんて、嘘なのは分かっていた。本当は怖くて、助けて欲しくて仕方ないはずなんだ。
ニーナを助けて、奴に攻撃する。どうすればこれが実現できるのか、何度も何度も頭を巡らせて考えていた。
「さっきから黙ってどうした? なんかつまんねぇなぁ……こいつに一撃食らわせたら喋るか?」
そう言って、奴はニーナの肩にナイフを突き刺そうとしていた。
恐怖で引きつった表情をしているニーナを見て、俺は急いで奴に攻撃を食らわせようとしていた。
なんだっていい! とにかく奴に一撃を……!
ここまで焦ったのは……久しぶりだった。魔法なんて放ったら、ニーナも巻き込んでしまうのは明白だったのに。
だが、俺が魔法を放とうとした瞬間だった。
「あがっ!? 腕がっ!」
奴の腕に、矢が突き刺さっていた。その衝撃でどうやらナイフも地面に落としているみたいだった。
「セシル……! 今のうちだよ!」
アリシアが若干息を切らしながらも、俺に話しかけてきた。
「お前……! なんで動けるんだよ! 神経毒だぞ!? 普通なら長時間動けないはず!」
「伊達に何千年も生きてないよ! これくらい……耐性はついてる!」
「見誤ったか……! だがな、こっちにはまだ片腕が残ってんだよ!」
そういうとニーナを掴んでいた手を離し、腰から何かを抜こうとしていた。
恐らくもう1本のナイフだ……! させない!
俺はニーナから手を離した瞬間に、奴に向かって思いっきり切りつけた。
「あがっ!? くそっ……! ふざけんな!」
少し遅かったのかもう既にナイフを抜いていた。そのまま俺に向かって反撃をしようとするが――。
「嘘だろ!?」
ナイフは、俺の体を貫けなかった。それどころか、衝撃で真っ二つに折れていた。
俺は奴が驚きを見せている隙に、もう一撃食らわせてやった。
まだ倒すわけにはいかない。聞きたいことがある。だから、拳を顔面に食らわす程度にしておいた。
奴はかなりの勢いで吹き飛ばされていった。木に激突し、軽く吐血していた。
かなり加減したはずなのに……死んでないよな?
確認と、尋問のために俺はそのまま奴の元へ向かっていった。
アリシアもニーナを背負い、ついてきているみたいだった。
「げほっ……化け物め……! こんな奴どうやって殺せばいいんだよ……!」
「俺のこと、甘く見すぎたな。お前には聞きたいことがあるんだ、答えてくれないか?」
「ひっ! 答えるわけないだろ! 悪いが退散させてもら――――」
そういって奴は小さな袋を取りだした。逃げるというならば、中身は煙幕に近いやつだろう。
だが、奴はもう1人いることを忘れていたみたいだ。
「ねぇ、逃げるつもり? それなら喋ってないで早めに行動しないとね」
アリシアが奴の腕をかなりの力で掴み、逃がさないようにしていた。
表情は……なぜか笑顔だった。いや、この笑顔は……かなりの怒りを感じる。俺はなんだか怖くなってきた。
「ひっ……は、話せばいいんだろ? 話せば見逃してくれるよな?」
「内容によるな。ちゃんと嘘をつかずに話せば考えておくよ」
「分かった! 話す! 話すから手を離してくれ!」
逃げる素振りは見られない。仮に逃げようとしても俺たちは阻止できる距離にいる。
それもあって、俺はアリシアに手を離させた。
「さて、聞かせてもらおうかな。誰の指示でこんなことをしたのかについて」
「俺にはよく分からんが……殺しの依頼を俺たちにしてきたのは結構大きな――――」
その瞬間だった。奴の額に風穴が空いた。何かに攻撃されたことは分かるが、予測していなかったことと、かなりの速度だったこともあり一瞬の出来事に思えた。
「アリシア! ニーナの目を塞ぐんだ!」
「分かってるよ!」
目の前で……殺された。知性の低い魔物ではなく、比較的人間に近い知性の奴が殺されたんだ。
こんなの……俺ですらかなりの衝撃を受けるんだ……ニーナならもっと衝撃的な出来事に感じられるはず。
だから、咄嗟に目を塞がせ、この様子を見せないようにした。
こんな森に長居するわけにはいかない。俺たちは急いでその場を離れ、アリシアの転移魔法で家まで戻った。
*
家では、ニーナの解毒に専念していた。致死性のある毒じゃなくて本当に良かった。
徐々にだが、ニーナは体を動かせるようになっていった。
「ニーナ、もう大丈夫か?」
「はい! 大分良くなりました! ところで、あの方はどうされたのですか?」
「……懲らしめたよ。もう襲ってこない」
嘘をついてしまった。でも……ニーナにショックを与えないための嘘だ。それなら……少しはいいだろう。
「ニーナ、ごめんね? あたしが気配を察知できていれば……」
「気にしないでください! 元はと言えば、私が自己防衛できないことにも責任がありますから」
「ニーナは悪くないよ! そんなこと思わないで欲しいな」
今回の件に関しては、2人は悪くない。むしろ……俺に責任がある。
朝女神と話していたことが的中するなんてな……それに、あいつは"俺たち"と言っていた。恐らく、他にも襲ってくる奴らがいるはず。
そして、そいつらに依頼した黒幕……問題は山積みだ。
「セシルさん、報告に行きましょう? その後は、少し相談に乗っていただきたいです」
「報告か……すっかり忘れていたよ。じゃあ向かおうか。あと、相談なら構わないぞ。なんでも言ってくれ」
そして、俺たちはギルドへ報告しに行き無事報酬を受け取った。
そういえば、受付嬢は「そろそろ昇格申請を出してみては?」とか言ってたな。
もうそんなに依頼をこなしていたんだな。時間が経つのはやっぱり早い。
また今度申請を出しにギルドに行こう。今はニーナの相談に乗らないとな。
家に戻り、俺はニーナの相談を聞いていた。
「ニーナ、相談ってなんだ?」
「えっと……私も武器が欲しくて……物理攻撃ならできるはずですし、少しでもお役に立ちたくて……」
別に迷惑だなんて思っちゃいない。それなのになぜだ?
それに、俺はニーナがこういったフィジカルの戦闘訓練を受けたことがないと考えている。だから、武器は扱える気がしないのだが……。
念の為、俺はニーナに軽く聞いてみることにした。
「ニーナ、武器の使い方は分かるのか?」
「えっと……だ、打撃ならできます! つ、杖で見せますよ! えいっ! えいっ!」
頑張ってできるってことを俺に証明したいのだろう。ニーナは杖を振りかざし始めた。
なんだろう……打撃というか……なんというか……。
「えっと……とりあえず簡単な打撃武器を買ってみるか! 杖みたいな形の方が使いやすいよな?」
「そ、そうですね! 毎日練習して、迷惑がかからない程度にまでなってみせます! うぅ……攻撃魔法が使えればいいのですがね……」
「そんなに気負うな。俺に任せればいいからさ。それに、アリシアだってかなり強いんだ。心配しなくていいからな」
ニーナに武器を買ってあげることになったが、それ以外は特に相談はされなかった。
そういえばアリシアは何してるんだ? 家に戻ったきり寝室にこもってるんだが。
俺は少し気になって、寝室を覗きに行った。
「アリシア〜……?」
「うぅ……やめてっ……!」
寝言? それにしては少し物騒だよな?
まさかアリシアが襲われているのかと思い、急いで扉を開けた。
だが、心配するほどのことじゃなかった。
「うわぁっ!? セシル! ノックくらいしてよ!」
「何してるんだ……?」
「本を読んでたの! あたし、入り込むと無意識にセリフを読み上げちゃうの!」
「いや……そんな物騒なセリフ読み上げないでくれよ。勘違いしたじゃないか。ていうか、どんな内容なんだ?」
「い、言えない! もうすぐ終わるから! リビングで待ってて!」
そういってアリシアに追い返されてしまった。
何かまずいことでもしたのか……? 俺は少しだけ考え込んでしまった。
「アリシアさん何してたんですか?」
「普通に読書していたよ。邪魔しないでおこう。俺たちもくつろごうか……色々あったしな」
そう言って俺たちはあの時の疲れを癒すかのように、のんびりくつろいでいた。
「あのー……セシルさん、まだ直していないんですか?」
「え? 別に寝転がってないけどな。ほら、ちゃんと下着も見えてないだろ?」
「見えてますけど……? あぐらをかくならスパッツか何かを履いてください……」
「えっ!? ご、ごめんな! 正座にするよ!」
あぐらをかいても見えるんだな……どんな座り方をするのが正解なんだ?
ニーナみたいな座り方は……俺にはまだなにか引っ掛かりがあってできないしな……とりあえず正座を基本にするか。
久しぶりにニーナに俺の仕草についてつっこまれつつも、残りの時間は平穏な空気で過ごしていった。
仲良く食事をとり、半ば強制的に一緒に風呂に入らされて、変わらない風景だった。
頼むからしばらくは今日みたいな出来事に出くわさないで欲しい。
色々と対策を練りたいのもあるし、連続してこんなことが起きたら精神の疲弊が激しそうだからだ。
そんなことを考えつつ、俺は1日を終えた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
セシルたちが寝静まった頃。仄暗く、雰囲気も一般的な家とは違った場所で、ある人物たちが会話をしていた。
「ねぇ〜アイツ戻ってこないねぇ。死んだのかな〜?」
「元から生きて帰ってくるとは思っていない。こちらとしても、普段から手を焼いていた奴が消えてくれて本望だ」
「ボクもアイツ嫌いだったからちょうどいいや〜普段から劣情を押し付けてきて鬱陶しかったからねぇ」
会話の内容から、表に出すようなものではないことが読み取れた。
声色から判断するに、男女2人だろう。
「次はボクの番だねぇ。ふふっ、時間をかけてもいいかな? じっくりやりたくてさ〜」
相変わらず、気まぐれな奴だ。
男はそう思っていた。長い付き合いでお互いの性格は知っている。だが、彼女の性格には未だに振り回されることがある。
男は念を入れて、彼女にあることを伝え始めた。
「仕事だからな? 遊びすぎるなよ?」
「分かってるよぉ、心配性だなぁ」
その発言の後、彼女は準備を始めた。とは言っても、普通の準備ではないようだ。
準備が終わり、彼女は外へ出ていった。
「ふふっ……さて、まずは下調べだねぇ。誰にしようか悩むなぁ」
意味深な発言を残し、彼女は暗闇に消えていった。
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