第8話 エルフの住む森へ
あれから数日間が経った。俺たちは毎日のように討伐依頼をこなし続けていた。来る日も来る日も魔物を倒し続け、最初と比べれば大分戦闘慣れはしてきた。
グロテスクな魔物を見かけても少し引くくらいで済むし、大群を相手取ってもニーナに被害が行き届かないくらいまでには周囲を見ながら戦えるようになった。
稼いだお金で買ってもらった剣も直せたし、結構順調に進んでいった。
「ニーナ? 朝だぞ〜まだ寝てるのか?」
「んんぅ……すぅすぅ……セシルさん……大好きです」
「まだ寝てるな……それにしても大好きなんて言わなくていいだろ……」
数日間の疲れが昨日の夜に一気に襲ってきたのだろう。ニーナは倒れるように寝てしまい、今に至るまで心地よく寝ている。
今日は付近の討伐任務はお休みにしよう。そうだな、少し遠出する必要がある任務にしようかな。
新しい街とかに行って、のんびりしながら依頼をこなして帰る。そんな旅行みたいなやつもたまにはいいよな。
そんなことを考えながら、差し込む朝日を見つめている時だった。
「んぅ……セシルさんおはよぉございまぁ……ふぁぁ」
寝ぼけた状態でニーナが起きてきた。可愛らしい感じだ。ニーナも寝ぼけるなんてするんだな。
「ニーナ、おはよう。今日は少し遠出したいんだけどいいかな?」
「んぅ……遠出、いいですよぉ……どこに行きましょうかぁ」
「他の街に行ってみたいかな。別に村でも構わないよ、違う景色の場所ならどこでもいいんだ」
「ふぁ〜い……目を覚ましたいので……お風呂に……入りますね〜んむぅ……」
寝ぼけたニーナ……あまりにも可愛すぎた。目も空いてるのかそうでないかの微妙な感じで、少し猫背になっている。
所々あくび混じりの返事をするのも本当に愛らしかった。
自然と、俺の表情は愛らしいものを見ている時のような柔らかい笑みを浮かべていた。
しばらくして、ニーナがお風呂から出てきた。
「大分目が覚めました〜! セシルさん、改めておはようございます!」
「おはようニーナ。さっきまで寝ぼけてたよな? 可愛らしかったぞ」
「あぅ……忘れて欲しいです……! ふ、普段はすぐ目覚めるのですがっ! きょ、今日は少し目覚めに時間がかかりましてっ!」
慌てるニーナもまた可愛らしかった。そういえば、こういったことを考えるなんて大分この共同生活にも慣れてきたってことなのだろうな。
最初なんて、あたふたしてこんなこと考える暇もなかったからな。
それに、女の子の体にも少しだけ慣れてきたってのもあるな。
その後、いつも通り朝食をとり、依頼を探しに行くことにした。
こういった遠出する依頼はあまり掲示板に貼り出さないらしい。受付嬢に聞いてみる必要があるのだとか。
ギルドに着き、俺たちはダメ元でまず最初に掲示板を見た。やっぱりそういう依頼は全く貼られていない。
それならば、教えてもらった通り受付嬢に話してみるしかなかった。
「すいません。ちょっと遠出する必要がある依頼ってありますか? 討伐でもなんでもいいです」
「あっ! セシルさんじゃないですか! 最近魔物を狩りまくってますよね? 期待の新人ってみんな騒ぎ立ててますよ!」
「あはは……それはどうも。ところで依頼なんですけど……」
「遠出する依頼ですよね? ちょうど最近入ってきたんですよ〜、待っていてくださいね〜」
そう言うと受付嬢は依頼書を取りに奥へ向かっていった。それに、さっきの会話から知ったが俺は少し有名になってきているらしい。
まぁ、登録して数日で複数回の討伐依頼をこなしてるからな。
それに、あのイノシシの魔物のおかげで自信がついたこともあってか、レベルの高い魔物の依頼もこなせるようになった。
それもあってのことなんだろう。普通に考えたらこんな冒険者って珍しいからな。
「持ってきましたよ〜! 『凶暴化した魔物の一掃、及び原因の解決』って依頼です!」
随分と堅苦しい依頼文だが、多分そういう立場の人が出したんだろうな。一応、依頼主について聞いてみることにした。
「依頼主ってどんな人なんですか?」
「うーんと……森のエルフをまとめている長らしいですよ? どうやらエルフだけでは手に負えないみたいです」
「そうですか……高圧的じゃない人だといいですが。ニーナはこの依頼でも大丈夫そうか?」
「はい! 問題ないです! 困っている方がいるなら力になりたいですし!」
「そうか。じゃあ今回はこの依頼を受けよう!」
こうして、俺たちは初めて遠出することになった。ここからかなり遠いらしいから、行きは馬車を使うといいと言われたため、その通りにすることにした。
ただ……帰りは徒歩で帰るか、運良く乗せてくれる馬車を見つけるしかないらしい。
ニーナって転移魔法とか使えるのだろうか……今後のことを考えたら使える人がいないとキツそうだ。
そして、馬車に揺られながら目的地に向かっている時だった。
「セシルさん……なんだか吐き気が……うっ……ごめんなさい……」
「ニーナ、酔ったのか……? ちょっと止めてもらうか?」
「大丈夫です……! 目をつぶれば耐えられますっ……!」
恐らく乗り物酔いだろう。俺も小さい頃はよく酔っていたな。特に父親の運転は荒かったから毎回吐きそうになっていたのを覚えている。
俺は顔色が悪いニーナを介抱しながら、引き続き馬車に揺られていた。
何時間経ったのだろうか? ようやく目的地に着いたみたいだ。
馬車から降り、目の前の森を見つめた。
普通に迷子になりそうな大きさだった。今まで行ってきた森とは全く異なる雰囲気だ。
「ニーナ、歩けそうか? 依頼書には『まずはあたしたちの村に来て欲しい』って書いているから、そこを目指そうと思うんだけどさ」
「歩けます……! もう大丈夫ですよ……! うっ……大丈夫です!」
「大丈夫じゃないよな……? ちょっと座って休もうか」
「ごめんなさいセシルさん……」
明らかに限界を迎えそうなニーナを座らせて、落ち着くまで気を紛らわせる話をしていた。
しばらく経ち、ニーナは大分よくなったみたいだ。
そして、ニーナと共にエルフの村を目指して森の中へ入っていった。
森の中は非常に入り組んでいた。どこから来たのかすら分からないほどで、何度かニーナとはぐれそうになったりもした。
こんな状態で村にたどり着くことができるのだろうか? いや、そもそも森の内部に村があるのかすら怪しくなってきた。
もしかしたら実は外にあって、俺たちは無駄なことをしてるんじゃないかとまで思ってきた。
「ニーナ……本当に村って森の中にあるんだよな?」
「そうですね……依頼書にはそう書いてます。それに、丁寧に道のりまで別紙で記載されているのですが……」
「道のり通りに進んだはずなんだけどな……俺たちこのまま迷い続けるのかな」
「こんな所で人生を過ごすなんて嫌ですよ! 頑張って探しましょう! きっとそのうち目印が見つかります!」
ニーナに励まされ、俺は不安になりつつも進み続けた。だが、まだ見つからない。もう諦めかけている時だった。
「あ、あの! も、もし……かしてさ! む、村を探してるの?」
ところどころ言葉に詰まっているような声に話しかけられた。
その声は『村を探してるの?』と言っていた。もしかしたら案内してくれるかもしれないというかすかな希望を抱いて、俺は声のした方に向いた。
そこには、1人の少女がいた。ピンク色の髪をしており、顔や背丈などの容姿も全体的に幼さを感じられた。それに、特徴的な耳。きっとエルフだろう。
でもなぜか、俺たちに対して少し怯えているような雰囲気を出していた。人間が怖いのだろうか? それなら、安心させてあげないと。
「俺たちは依頼を受けてここに来たんだ。その過程で村に行く必要があってさ。探していたんだけど、ちょっと迷ってしまってさ」
「そ、それなら……案内するよ! えっと、あたしは……一応長だからさ」
じゃあこの子が依頼主なのか。よかった、高圧的な人じゃなくて。それに俺たちと変わらないくらいの女の子だし、話すときに身構えながら話さずに済む。
俺たちはその子の案内を受けながら村に向かっていた。途中、安心させようと何気ない話をしていたんだが、どんな話をしても目を合わせることなく怯えてるような素振りのままだった。
ニーナと話している時ですらそんな様子だったから、俺は若干本当に長なのか疑ったりもしていた。
その後、無事村に着き一安心している時だった。
「アリシアさん! その人間ってもしかして依頼を受けてくれたの!?」
1人のエルフが案内してくれた子に話しかけてきた。どうやらこの子は”アリシア”という名前らしい。
「うん! そうなんだ! ようやくこの問題も解決できそうだよ! 安心して過ごせるまでもうすぐだからね!」
急に元気よく話し始めた。俺たちと話している時とは大違いだ。恐らく、同族だから話しやすいとかそういった理由なんだろう。
「セシルさん、あの方って人見知りなんでしょうか?」
「多分人間に慣れてないのかもしれないな。打ち解けられたら、きっと元気よく話せるようになるよ」
「なんだか仲良くなれそうな気がしますし、早めに打ち解けたいですね!」
確かにニーナの言う通りかもしれない。今の段階ではこの任務の間だけの関係かも知れないが、もしかしたら長い付き合いになるかもしれないからな。
だからこそ、早めに打ち解けておくのがいい。
そんなことを考えながらニーナと話している時だった。
「あ、あのさ! な、長旅で疲れていると思うから、あたしの家で休まない……?」
家に招待されてしまった。断るわけにはいかないから、俺たちは快く承諾した。
「よ、よかった……。それなら、さっ、早速案内するね。つ、ついてきて欲しいな」
そう言われ、俺たちはアリシアに案内されていった。
家の外観はかなり大きかった。やっぱり彼女の言う通りエルフの長なんだってことがその様子で裏付けられた。
「ど、どこか適当なところでくつろいでて! あ、あたしも手伝うから……そのための準備をしてくるよ!」
そういって彼女は部屋に駆け込んでしまった。手伝ってくれるみたいなのはありがたいが、こんな様子で大丈夫なのだろうか? 少しだけ不安になってきた。
「どっか行っちゃいましたね……。お話ししたかったのですが……」
「まぁ、何か事情があるんだろうな。あまり追求しちゃいけないよ。俺たちは戻ってくるまでくつろいでおこう」
そういってアリシアが戻ってくるまでくつろごうとした時だった。
「君たち、冒険者だよね? アリシアは人間と話すときいつもあんな感じなんだよ。分かってあげて欲しいな」
背後から誰かが話しかけてきた。そんな気配はしなかったのにいったいいつから? 俺は少し驚きながら振り向いた。
そこには、金髪のエルフがいた。俺たちよりも背丈が大きく、穏やかな感じの女性だった。
「いつからいたんですか……?」
「ずっといたよ? まぁ昔から影が薄いからね。気づかないのも無理ないかな。私はティーナ。アリシアの補佐をしてるんだ」
アリシアの補佐官らしい。自分で影が薄いとは言っていたものの、気づいてあげられなかったのは少し失礼な気がした。
自己紹介もしてもらったし、こちらも返すのが礼儀だろう。俺たちはティーナが話した後に、軽い自己紹介をした。
「俺はセシルって言います。最近冒険者として活動しているんです」
「私はニーナです! えっと、エルフの方とお話しするのは初めてで……失礼がないように気を付けます!」
「敬語なんて使わなくていいよ。別に偉い立場じゃないんだから。とりあえずよろしくね2人とも」
お互いに自己紹介を終えた時だった。
「じゅ、準備終わったよ! えっと……出発しよ!」
アリシアが部屋から出てきた。弓と短剣を携えており、恐らく中に薬などが入ってると予想できるポーチもつけていた。
見るからに準備万端って感じだ。
「アリシア、準備するのはいいけどちゃんと2人に自己紹介はしたの?」
ティーナがアリシアに話しかけた。痛いところを突かれたんだろうな。少し焦った表情を見せていた。
「してない……でもさ! あたしは人間に慣れてなくて、すぐにはできなかったんだよ!? しょうがないと思うな……悪いとは思ってるけども」
「してもらってないけど、名前なら知ってるぞ? ひとまずはそれでいいからさ、緊張するなら無理に話す必要もないよ」
俺はアリシアを少しフォローする形で話した。だけど、ティーナはそれで納得する様子ではないみたいだ。
「ダメだよ。短い間だけど一緒に行動する仲間なんだからさ。アリシア、苦手なのは分かってるけど、いつまでもそれじゃ夢を叶えるなんてできないよ?」
「別に……叶うとは思ってないからいいもん。あたしは長なんだし、こんな夢は夢のままで終わるって分かってる」
「それでも、今後は人間たちと交流することも増えるよ? 練習だと思って、この2人と普段通り話してみて?」
その会話の後、アリシアは少し考えこんだ様子を見せた。
いったん深呼吸をして、何かを自分に言い聞かせている様子だった。
そして、俺たちを見て話しかけた。
「あたしは……アリシア! エ、エルフたちの長なんだ! 依頼を引き受けてくれて本当に嬉しいよ! み、短い間だけど、よろしくね!」
まだ少しスムーズとは言い難いけど、アリシアが俺たちの方を見て自己紹介をしてくれて、少し嬉しかった。
俺たちのことを信頼してくれてる。そんな気がしたんだ。
「私はニーナです! 一度エルフの方と過ごしてみたいと思っていたんです! よろしくお願いしますね!」
俺より先にニーナが自己紹介を始めた。俺も続けて、アリシアに自己紹介してあげた。
「アリシア、一緒に頑張って問題を解決しような。戦闘なら任せてくれ、一応上級職なんだからさ」
「うん……! よ、よろしくね!」
ちゃんと人間と会話できているアリシアを見て、ティーナはなんだから微笑んでいるように見えた。
「えっと……やることを伝えるね。あ、あたしが説明するから聞いていて欲しいな」
その後、アリシアが詳しい内容を説明してくれた。どうやら、凶暴化した魔物は分散しているが、多くはとある場所に群れているらしい。
分散した奴らならエルフたちで何とかなるが、問題は群れだそうだ。
かなりの数で、何かのそばに居続けている。
アリシアの見立てでは、魔物を凶暴化させる原因がそこにあるため、原因を潰せば自然と魔物も元に戻るそうだ。
俺たちのやることは2つ。1つ目は群れている魔物の排除。2つ目は凶暴化の原因の排除だ。
説明を受け、気合いを入れたつもりであるが、若干不安になってきた。
俺はいいんだ、ニーナやアリシアが大丈夫かどうかだ。
大群を相手取っても周りに目が行き届くまでにはなったが、それはニーナだけの場合だ。
2人も味方がいた場合……俺は2人ともに目を向けられ続けられるのだろうか?
「よ、よし! 説明も終わったし、早速向かおう! に、任務開始だよ! が、頑張ろうね!」
「うん、頑張ろうな2人とも!」
「はい! 精一杯援護します!」
抱えている不安は、自分の中で押し殺すことにした。不安なまま依頼に取り掛かりたくないからだ。
そして、アリシアの言葉と共に、俺たちは村を出て問題の場所に向かっていった。
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