第7話 不穏な依頼

 再びギルドに足を運んだ俺たちは、さっそく採取依頼を探すことにした。

 採取依頼の大半は俺たちのような新米パーティーにすでに取られてしまっているようで、討伐依頼と比べると明らかに数が少なかった。


「どれも討伐依頼ばかりだな……あるにはあるけど、報酬が少ないものばかりだ……せめてもう少し多いのとか無いのか?」


「セシルさん! これとかどうですか?」


 ニーナが見つけた依頼はいたって普通の採取依頼だったが、少し問題点があった。どうやらこの森にはかなり手強い魔物が生息しているらしい。こちらから手を出さなければ危害は加えないとは書いているが、若干不安ではある。

 だから、ニーナにもっと安全そうな依頼にしようと伝えたのだが。


「でも……報酬もそこそこいいですし、何より依頼主が薬を作るのに必要な素材みたいですよ? このまま放置しておくのは少し気が引けます……」


「でも絶対よくないことが起こりそうだぞ……? 急ぎの依頼じゃなさそうだし他のにした方が……」


 だが、俺のその発言の後にニーナは暗い顔をしてしまった。恐らく”薬に使う”といった文が気になるのだろう。もし、ここで依頼をスルーしたら、そのせいで薬が足らなくなってしまって救える人が救えなくなるのかもしれない。

 きっとそんなことを考えているのだろう。

 とてもニーナらしい理由だ。俺は彼女のその優しさを感じ取ったのかもしれない。

 最初はスルーしようと考えていた依頼を、受注してしまっていた。

 俺も困っている人を見捨てるようなことはしたくない。この無意識のうちに行った行動は、きっと俺がニーナの心に共感して起こったことなんだろう。

 だって、不思議と”めんどくさい”とか”仕方ない”といった感情が芽生えなかったのだから。

 自然とニーナの表情も明るくなっていた。ニーナのこんな表情も見られて、困ってる人も助けることができるんだ。

 きっと俺の判断は間違っていない。そう自分に言い聞かせた。

 きっと、報酬が多いのも依頼主にとって重要度が高いからなんだ、別に裏があるわけでもないのだろう。

 俺は気持ちを切り替えて、目的の場所へ向かうことにした。


 *

 

 依頼されたものが採取できる場所は街から結構離れた森にあるらしい。普段よりも長い距離を歩いているからか、ニーナは少し疲れを見せるようになってきた。


「ニーナ、大丈夫か? もし疲れたなら少し休もうか?」


「大丈夫です! これくらい何ともありませんよ! 私のことは気にしないでください!」


 本当は疲れているはずだ、何ともないなんてきっと嘘なんだろう。この依頼を早めに終わらせて、家でゆっくりさせてあげないとな。

 俺たちはそんな些細な会話を何度かしながら目的の森につくことができた。さて、さっさと依頼品を集めて家に帰ろう。

 依頼品のほとんどは木に実ってるものであったため、スムーズに集めていくことができた。ニーナも一生懸命探してくれている様子で、パーティーで協力している感じがしてとても有意義な時間に感じた。


「うぅ……あとちょっと! あとちょっとなのに……!」

 

 ニーナは必死につま先立ちをしながら木に実ってある依頼品を取ろうとしていた。そこまで高い位置に実っているわけではないものの、ニーナの背丈ではどうやっても取りにくい高さなのだろう。見た感じ、俺なら楽に取れそうだ。

 俺はニーナよりも身長が高いのもあって、少しつま先立ちをするだけで楽に取ることができた。


「ほら、取れたぞ。ちょうどこれで集め終わったな」


「ありがとうございます! やっぱりセシルさんは頼りになりますね!」


「普通のことをしただけだよ。俺たちはパーティーなんだし、協力しないとだろ?」


「パーティー……! そうですねっ! 私たちはパーティーですからね!」


 パーティーと言ってくれてニーナはとても嬉しかったのだろう。満面の笑みで俺の方を向いてくれた。

 可愛らしい笑顔で、確かに感じていた疲れすら吹き飛ぶほどの癒しだった。

 この笑顔は、絶対に守ってあげたいな。

 だが、こんな和やかな雰囲気を壊すかのような気配が徐々に背後からしてきた。軽い足取りではなく、1歩1歩に重みを感じるような音を鳴らしながら、俺たちに近づいてきている。

 少し気になり、背後を向くとそこには――。

 

「グルルル……」

 

「えっ……あはは……こんにちは……」


 明らかに敵意を剥き出しにしている巨大なイノシシのような魔物がこちらを睨みつけてきた。それも、かなり息を荒らしてだ。

 ついこんにちはとか言ってしまったが、とても会話ができるような奴じゃないことは明白だった。


「ニ、ニーナ! 逃げるぞ!」


「は、はいっ!」


 俺は確かに最強クラスの力を与えられたが、それに伴って精神力まで最強になったわけじゃない。こんな背丈が明らかに上回っている魔物が、後ろに睨みながら立っていたら逃げるのは普通の人間ならば当然のことだ。

 走る。森の外を目掛けて必死に走る。だが、あの魔物はどこまでも追いかけてきた。


「なんだよもう! 結局こうなるのかよ!」


「セシルさん……! はぁはぁ……もう限界です……!」


「ニーナ頑張れ! もうすぐ出口だ! 出口まで行けば流石にどっか行くだろ!」


 お互いに焦りながら必死に走り、ようやく森の出口についた。しかし、魔物は去ることなく俺たちに追いついてしまった。


「な、縄張りに入ったから追いかけたんじゃないのか!? 森から出ればどっかへ行くと思ったのに……!」


「セシルさん、もしかしてこの依頼品を狙ってるのでは……? 例えば好物だったりとか……」


「じゃ、じゃあ渡そう! 渡してしまえば見逃してくれるだろ!?」


「ダメですよ! 依頼品なんです! ちゃんと持ち帰りましょう!」


 依頼完遂のために必要なものが、この魔物の好物だなんてな……。

 正直言って、何となくこうなるんだって感じはしていた。かなり手強そうだが、ここまで来たらもう戦うしかなかった。

 

「だったら……戦うしかないよな! ニーナ、俺に任せてくれ! 多分……大丈夫だからさ!」


 覚悟を決めて構える。

 大丈夫、俺は強いんだ。きっとこの魔物も倒せるはず。

 そう言い聞かせて戦闘態勢をとった。


「セシルさん! 私も援護します! 強化魔法をかけますね! 《エンハンス》!」


 そうか、ニーナは補助魔法も得意なんだった。ニーナが詠唱を終えると同時に、力が込み上げてくるような感覚がした。

 この感覚はなんだか不思議だ。力だけではなく、なんだか勇気も込み上げてくる感じがするんだ。

 きっと倒せる。そう言い聞かせて俺は魔法を放つ準備をした。イメージしたのは今まで使ってきたやつとは別の魔法だ。恐らく雷魔法だろう。イメージに応えるように、俺の脳裏には《サンダーボルト》といった名前が浮かんできた。

 あの魔物に、こいつを食らわせてやるとしよう!


「《サンダーボルト》!」


 詠唱が終わると同時に、かざした手の前に小型の魔法陣が浮かび上がった。

 そして、瞬きする間もなく魔法陣からほとばしる雷が発射された。かなりの出力なのだろう、俺の手を通じて痺れに近い感覚がしてきた。

 今までこんなことはなかったんだけどな。もしかして、結構レベルが高い魔法なのか?


「グガァッ!」


 魔物に直撃すると同時に耳をつんざくような音が響き渡った。かなりうるさい……鼓膜が破れるんじゃないかと思うくらいの音だった。

 《サンダーボルト》が直撃した魔物は、黒焦げになってその場に倒れ込んだ。どうやら一撃で仕留められたらしい。それに、いつもより落ち着いて狙いを定められたためか、避けられることもなかった。

 きっと、ニーナの魔法のおかげだ。威力は……正直他人の攻撃魔法を見てないから分からないが、"ニーナが援護してくれている"という事実が、俺を落ち着かせてくれたんだと思う。


「うわぁっ……! やっぱりセシルさんは凄いです! こんなに大きな魔物も一撃で仕留めるなんて!」


「あはは……ありがとう。でも、ニーナが魔法をかけてくれなかったら手こずってたかもしれないよ。ニーナのおかげでもあるよ、ありがとうな」


「そんなことありませんよ! 私なんてまだまだです!」


 ニーナは何がする度に毎回感謝の言葉くれたり、褒めてくれたりしてくれる。正直言って少し照れてしまう。

 特にありがとうなんて、そんなに言われて来なかったからな。

 そんなことを考えてた瞬間だった。何故か強い頭痛に襲われてしまった。同時に何かが頭をよぎる気がした。


「――に、プ――ありが――な。今度――――」


 ノイズ混じりの言葉だ、全く聞き取れない。ただ……どこかで聞いたはず……どこでだ?


「セシルさん? おーい、セシルさん大丈夫ですか?」


「ごめん……少し頭痛がしてさ。きっとさっきの魔法の音だと思う。かなりうるさかったからさ」


 きっとあの轟音が影響したんだろう。頭の中で幻聴が聞こえるなんて、そうに違いない。

 俺は自己判断でそう決めることにした。深く考える必要性なんてないと思ったからだ。

 今朝見た変な夢に、謎の幻聴。正直言って俺の第2の人生の妨げになり得ない。楽しく生きたいんだ、こんなことに悩まされたくない。

 俺は気持ちを切り替えてニーナを見た。急に顔を見つめたからだろう、少しキョトンとした表情を見せていた。


「セシルさん? 私の顔に何かついてますか?」


「なんでもないよ。ちょっと見たくなっただけだ。そうだ、この魔物の一部を持っていかないか? 何か追加で貰えるかもしれないしさ」


「いい案ですね。でも、どこを持っていきましょうか?」


 どこを持っていくのがいいのだろうか? そうだな……この巨大な牙を一部拝借するとしようか。


「牙でもへし折って持っていこう。多分すぐ折れるよ」


 俺はそう言って魔物の巨大な牙の一部を折った。力が強くて助かったな。こうも簡単に折れるなんて楽でよかった。

 その後、元々の依頼品と副産物の牙の一部を持ってギルドに報告しに行った。

 道中は何も問題が起こることなく、スムーズに帰ることが出来た。


「おお……! 凄いですね! あの魔物を倒したんですか!?」


「結構大きくてびっくりしましたけど、何とか倒せましたよ」


「よかったです! よく追い返されたり返り討ちにあう冒険者が多いんですよね~。別にこちらから手を出さなければ何もしてこないはずなのに」


 依頼品を狙って襲ってくるということは知らないみたいだった。魔物がいると注意喚起するのはいいが、こういう細かい所もちゃんと調べて書いておいた方がいいと思うんだよな。


「そうだ! 追加の報酬金です! 助かりましたよ~! ありがとうございます!」

 その後、家に帰る最中に空を見上げたが大分暗くなってきていた。

 今日は実質2回も討伐依頼をこなしてしまった。非常に疲れたな……流石にニーナも疲れを表情に出しているみたいだった。


「ニーナ……帰ったらお風呂に入って早く寝ようか……ご飯は……明日食べよう」


「ダメですよ、ちゃんと食べないと! 私が作りますから、しっかり食べてください!」


 3食ちゃんと食べるタイプの子らしい。それはそれでありがたいが、ニーナの負担が心配だ。


 *

 

 家に着いた頃には俺はもうへとへとだった。このまま寝ころびたいところだが、さすがにそれでは何もかもニーナにやらせてるみたいで嫌だった。簡単な料理なら俺でも作れるはずだから、ニーナに今日は俺が料理を作るということを提案したのだが……。

 

「セシルさんって料理作れるのですか? 宿暮らしということは、普段から店で食べているはずですよね?」


「えっと……一応簡単な料理なら作れるよ。もうずいぶん作ってないけどな。それにニーナにやらせっぱなしなのが嫌でさ」


「ずいぶん作られてないのですね……それなら、食材を切っていただけませんか? その後は、もしよろしければお風呂を洗ってきて欲しいです」


「任せてくれ。ニーナほどじゃないけど頑張ってやるよ」


 ニーナの指示通り、まず俺は食材を切ることにした。包丁なんて何年ぶりに使うんだろうか。過去の経験を思い出しながら、ぎこちない動作で食材たちを程よいサイズに切っていった。

 実は……何回か指に刃先が当たったんだ。体が頑丈だから傷なんてつくことはなかったけど、もしそこまで頑丈じゃなかったのなら今頃キッチンは血痕が大量についていたのかもしれない。

 そして、次に風呂場の掃除をしたんだが……ニーナが普段から綺麗にしているからか中々汚れが見つからなかった。それでも、手を抜くなんてしたくなかったからか、俺は前世と同じ感じで綺麗に掃除していた。

 ニーナの調理が終わり、俺の掃除も何事もなく終わった。そして、俺たちは今日の出来事を振り返りながら食事をしていた。相変わらず暖かみを感じる料理だ。

 食事が終われば次にやることは入浴だ。俺は昨日と同じくニーナを先に入らせようとしたのだが……。


「セシルさん、今日は一緒に入りませんか?」


「はっ!? だ、大丈夫だよ! 俺は1人でも入れるって!」


「そういう話ではなく、一緒に入れば時間が短縮できて早めに寝ることができるからですよ?」


「え、遠慮しとくよ。昨日と同じ感じでニーナが先に入ってくれ」


 女の子と一緒にお風呂に入るなんて正直言って耐えられるか心配なのもある。俺には刺激が強すぎるんだ。


「そう……ですか……では私1人で入りますね……」


 また悲しい顔をさせてしまった。もしや、時間短縮なんて口実に過ぎなくて、本当はただ一緒に入りたいだけなのではないだろうか? 今までずっと1人で過ごしてきたから、どんな時も一緒にいたいとかそういう気持ちなのかもしれない。

 俺も長年1人で生活しているのもあってか、その気持ちは少し分かる。


「ニーナ、やっぱり一緒に入ろうか?」


 試しに聞いてみることにした。もしただ時間短縮がしたいだけなら、一度断ったのだから嬉しそうな顔はしないはずだ。


「本当ですか!? では一緒に入りましょうっ!」


 やっぱりただ一緒に入りたかっただけみたいだ。素直に言えばいいのに、なんだか可愛い子だなニーナって。

 その後、流れで入浴することになったが……正直目のやり場に困る。俺は女の子だ、別に同性なんだし、見知らぬ他人同士でもないためどこを見てもそこまで問題にはならない。

 だけど……正直そう簡単に自分に言い聞かせられなかった。

 

「セシルさん、隠さなくてもいいですよ? 女の子同士じゃないですか」


「いや……恥ずかしくて……」


「それに……どこを見ているのですか? 何か私を見られない事情でも?」


 事情は大ありなんだよな……。

 だけど、ここまで不自然な態度を取っていては流石に怪しまれる。だから、意を決することにした。


「ニ、ニーナ……あの……」


「どうされましたか~? お湯の温度が高すぎましたか?」


「ううん……なんでもないよ。あはは……ちょうどいい温度で気持ちいいよ」


 こんな近い距離で女の子の裸を見るなんて今の俺が耐えきれるか不安だ。浴槽が狭いからか必然的にくっつくことになるし、本当に参った。

 正直今日行った2つの依頼よりも疲れたのかもしれない。お風呂から出て、着替えた瞬間どっと疲れが襲ってきた。


「疲れた体に温かいお風呂は身に沁みますね~。セシルさんもリラックスできましたか?」


「う、うん。大分リラックスできたよ」


 ごめん、余計に疲れた。


「では、このまま寝ましょうか。明日からはたくさん討伐依頼をするんですし、それに備えましょう!」


「そうだな……今日はさっさと寝よう。俺も大分疲れたからな」


 そう言って俺たちは床についた。昨日と同じくニーナと同じ布団で寝ているが、疲れていたからか余計なことを考える暇もなく眠りにつくことができた。

 明日からはもっと疲れるはず。だけど、自分が決めたことなんだから投げ出したりはしない。今後のために絶対必要なことなんだ。

 眠りに落ちる瞬間、自分にそう言い聞かせた。

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