第6話 いざ討伐依頼へ

 俺は夢を見ていた。目に映る風景から、恐らく前世の夢だろう。

 誰かと話しているのは分かるが、顔が見えず、声もノイズがかかっていてよく聞き取れなかった。

 誕生日という単語だけ聞き取れたが、それだけでは何も分からなかった。俺と話していたあいつは、一体誰なんだろうか。


「セシルさん! 起きてください! もうお昼ですよ!?」


 ニーナの声が聞こえる。起きないといけないよな。だって今日は依頼をこなさないといけないから。


「んっ……ニーナ、おはよう……ふぁぁ、まだ眠いな」


「セシルさん……次からちゃんと朝になったら起こしますからね? まさかここまで寝るとは思っていませんでした」


 前世の癖で昼くらいまで寝てしまっていたようだ。今は境遇が違うというのに、こんなことをしていてはダメだよな。

 俺はニーナに軽く謝って、朝と昼を兼用した食事をとった。内容はパンとスープに量は少ないが肉が使われている料理が出てきた。まだ2回しかニーナの料理を目にしていないが、大分バランスを考えて作られている気がした。

 普段からこんな感じの料理なのか少し気になったため、俺はニーナに聞いてみることにした。


「ニーナ、普段からこんな感じの食事なのか?」


「そうですけど、もしかして足りませんでしたか……? よかったら追加で作りましょうか?」


「別に不満があるわけじゃない! その……結構バランスが取れている食事だなって思ってさ。こういうのって毎日作るの大変だろ?」


「そうですね、最初は大変でしたが、次第に慣れていきましたので今は苦労せずに作れますよ」


 どうやらこんな感じの食事を俺と出会う前から作っていたらしい。

 俺も前世では自炊に挑戦してみたが、正直言ってめんどくさくて途中からやめてしまった。

 そんなことをせずにずっと自炊を続けられるなんて、俺からしたら到底まねできない行為だ。

 その後、食事を終え俺たちは依頼を探しにギルドに向かっていった。今回は採取よりも報酬がいい討伐依頼だ。

 依頼書が貼ってある掲示板を眺めるが、何が俺たちに適切な依頼なのか分からなかったから、とりあえず何枚か持ってきて、あとはニーナに判断してもらうつもりだ。


「ニーナ、この中ならどの依頼が向いてると思う?」


「えっと……全部ダメです。あの、私たち2人ですよ? 中型や大型の魔物は普通だと4人ほどで倒すんです」


「そうなんだな……俺ってあんまりそういうこと知らなくてさ」


 その会話の後、ニーナが依頼を持ってきてくれた。どうやらイビルウルフと言われる小型の魔物を討伐するらしい。

 これくらいなら、2人でも大丈夫とのことだ。

 その後、その魔物が出没する場所に向かって俺たちは移動していた。

 今回は薄暗い森の中ではなく、開けた草原での依頼だった。

 目的地に向かうまでの道中は何気ない世間話をしていたため、無言で過ごすなんてことは起きなくて助かった。


「この辺に出没するそうなのですが……見当たりませんよね? なぜでしょうか……魔物って辺りをうろついてると思ったのですが」


「依頼書にはなんて書いてあるんだ? 魔物の特徴とか書いてないか?」


「えっと、依頼書によると『群れで活動することが多く、獲物を狙う際には――』」


 ニーナが説明を始めた瞬間だった。草むらから次々とかすかな音を立てながら狼のような魔物が出てきた。

 恐らくこれがイビルウルフだろう。見た目はぱっと見普通の狼だが、目が赤く口から唾液を垂れ流している。見るからに異常だ。

 俺たちが足を止めるのを待っていたらしい。群れる魔物らしく狡猾なやり方だ。気づけば10匹程の群れに囲まれてしまっていた。


「思ってたより数が多いですね……うぅ、不安になってきました……足を引っ張ってしまったらごめんなさい」


「心配するなニーナ、俺が戦うからさ。隙を見て安全なところまで下がっていてくれ」


「わ、分かりました! でも支援魔法をかけさせてください! 《エンハンス》!」


 ニーナに支援魔法をかけてもらった後、俺は気持ちを切り替えて戦いを始めようとしていた。

 あいにく剣はまだ直せていない。魔法を使うか、自信の無い体術で何とかするしかなかった。

 それならば、慣れてなくてもある程度戦える魔法にするのが最適だ。

 こういう群れは、まとめて蹴散らせる魔法が有効なはず。俺はあの時慌てて放った魔法を思い出した。これならばまとめて倒すことができるはずだ。


「《ウィンドストライク》!」


 火属性の魔法は前回の件もあってこりごりだったため、俺が選んだ魔法は攻撃性能が高そうで、被害も少ないと思われる風属性の魔法だ。


「ギャゥン!」


 やっぱりこの判断は正しかったみたいだ。辺りに生えていた草むらや、木々を巻き込む形でイビルウルフたちにダメージを与えていった。

 予想はしていたが、一撃で葬ってしまったようだ。ただ、倒したのは数匹だけだ。

 力はあるが、それを使いこなすほどの技量はまだないからな。

 残りの奴らを倒す前に、ふとニーナの方を見てみた。どうやら近くの岩陰に隠れたみたいだ。

 ひょっこりと頭を出し、俺の戦闘の様子を心配そうに眺めていた。

 何だか可愛らしいな。そうやってよそ見をしていたら、1匹のイビルウルフが俺に噛みついてきた。


「くっ! 痛……くないな。これも女神のおかげか」


 必死に噛みつくも、全く牙を通せなかったイビルウルフを投げ飛ばし、俺は残党に向けて追加でウインドストライクを放った。

 運よく固まっていたところに直撃したのだろう。残っていたイビルウルフを一網打尽にして一息ついた。増援が来る気配もない、これで依頼も無事完了だと思っていた時だった。


「嫌っ! セシルさん助けてください……! やめてっ……離れてください!」


 ニーナの脅えている声が背後から聞こえてきた。周りのイビルウルフは全滅させたはず、そう思って振り向くと、ニーナは2匹のイビルウルフに襲われていた。


 服も所々食いちぎられ、恐怖で座り込んでしまっている。イビルウルフたちはお構い無しにニーナに襲いかかろうと唸り声を上げていた。

 恐らく、まだ潜んでいたやつがいたんだろう。こういう狡猾な奴らは、戦闘力が低そうな獲物を狙うなんて、考えれば分かることだった。

 なのに、目の前の戦闘に夢中でニーナに目を配れなかった。

 だから、ニーナを襲おうとタイミングを見計らっていた奴らに気づかなかったんだ。

 だけど、今はこんなことを考えている場合じゃない。


「ニーナ! 今助けるからな!」


 過ぎたことを悔いても仕方ない。今できることはニーナを助けることだ。

 俺はそう心に言い聞かせ、ニーナを助けるためにイビルウルフたちに向かっていった。

 かなりの距離まで近づかれているため、俺の魔法なんて使ったらニーナまで傷ついてしまう。

 だから、不慣れだが体術で対処することにした。

 力を込めた拳が奴らに当たる。その瞬間、悲痛な鳴き声を上げて吹き飛んでいった。

 その様子を見て、改めて俺の能力の異常さを再確認できた。


「ニーナ、大丈夫か!? 怪我はないか!?」


 もう周りは安全だと判断した俺は、ニーナのそばに近寄った。


「はい……! 大丈夫です! ありがとうございます。私、足でまといになってしまいましたね……」


「そんなこと言うな! 目の前に夢中になって、潜んでいた魔物に気づけなかった俺に責任があるんだ!」


 足でまといなんて本気で思っていない。戦闘に慣れておらず、自己防衛ができない。そんな子でも、俺にとっては大切な仲間なんだ。

 仲間を足でまとい扱いするなんて、俺は絶対にしたくない。

 それに、よく見たらニーナはかなり震えている。恐らく、死の恐怖を初めて感じたのだろう。前回のスライムと違って、イビルウルフはいかにも人を殺しそうな見た目をしていたからな。

 俺はニーナを安心させるために、無意識のうちに抱きしめていた。


「セシルさん……? どうされましたか……?」


「ニーナ、震えてるんだよな? 怖かったよな、本当にごめん! 次からはちゃんと戦闘中も周りを見るからさ!」


「心配してくださるのですか……? ふふっ、ありがとうございます。お優しいですね、セシルさん」


 俺はその会話の後、しばらくニーナを落ち着かせてあげた。次第に震えも止まり、立てるようになったみたいだ。

 依頼も達成できたため、俺たちはギルドに戻ることにした。


「さて、ギルドに報告しに行くか!」


 俺が歩みを始めた瞬間だった。


「あの……討伐の証に魔物の一部を持っていかないといけませんよ? 手ぶらで行っても信用して貰えませんから」


「え? あはは……そうだったな。えっと、皮を剥ぐのって気持ち悪くて嫌だから牙でもいいか?」


「構いませんよ。魔物の一部だと分かるものでしたら大丈夫です! で、では……一緒にやりましょうか……」


「うん……分かったよ」


 その会話の後、俺は慣れない手つきで倒した奴らから牙を剥ぎ取っていた。正直牙を剥ぎ取るのですら苦痛だ。


「ニ、ニーナ……そいつの顔をこっちに向けないでくれ……!」


「でも……そうしないと剥ぎ取れませんよ! うっ……気持ち悪くなってきました」


「うぅ……血が付いた……あと何匹剥ぎ取ればいいんだ?」


「3匹です……! もう少しですよ……!」


 次に仲間になってくれる人がいるなら、こういうのに慣れている人がいいな。

 無事に剥ぎ取りが終わり、帰路につく際、俺は考え事をしていた。

 今後討伐依頼をメインにやっていくと考えた場合、俺の戦闘慣れしていないことが原因でまた仲間に被害が出るかもしれない。

 だったら、これからは毎日簡単な討伐依頼でもいいから数をこなしていくしかない。

 いつか、仲間が増えたら上級依頼もこなすことになるはずだ。

 その時に今日みたいなことを起こさないためにも、今のうちから慣らしておく必要がある。俺はその考えをニーナに伝えた。


「『慣らしのために討伐依頼をたくさんこなしたい』ですか……」


「きつそうなら大丈夫だぞ……? 別に採取だけでも俺は構わないからさ」


 正直、ニーナは嫌がると思ったが、俺の予想に反した答えが返ってきた。


「いいえ、お付き合いします! だって、私は叶えたい夢があるんです! そのためには、こういうことも必要なので!」


「夢? どんな夢を持ってるんだ?」


「えっと……お姉様のような立派な……すみません、まだ言わないでおきます」


「そうか……でも、ついてきてくれるって言ってくれて嬉しいよ。自分勝手なお願いで申し訳ないけど、今後絶対役に立つと思うからさ。だから、よろしくなニーナ!」


「はい! 精一杯お供します!」


 ニーナは、決して弱い補助職なんかじゃない。それはこのやり取りで感じ取れた。信念を持っていて、そのためには苦手なことだって頑張ってやるなんて、相当強い心がなければできない。

 彼女から学べることは絶対たくさんあるはずだ。俺はニーナと仲間になってよかったと痛感した。

 その会話の後、俺たちは街に向かって歩き続けていた。


「セシルさん、この橋変な音立ててるので気をつけてくださいね〜」


「あっ、うん。分かったよ、ごめんなボーッとしてて」


 考えごとをしながら歩いていたからか、いつの間にかニーナに先を越されてしまったようだ。

 急いで橋を渡ろうとしたその時だった。


「うわぁっ!? なんでっ……!」


 俺が足を踏み入れた瞬間。橋は音を立てて崩れてしまった。

 簡易的に作った橋だからか、頑丈に作られておらず、経年劣化でこうなったのだろう。運悪く、橋の限界と俺の歩みが重なってこうなってしまった。


「セシルさん! 大丈夫ですか!? 手を掴んでください! 流されますよ!?」


「だ、大丈夫だ! 川は浅いし、流れも強くない。それに大した高低差じゃないから上がれるよ」


 ちょっとした川だったのが不幸中の幸いだろう。俺は特に苦戦することもなくニーナの元へ上がれた。

 服が濡れて気持ちが悪いが、家に戻ってお風呂に入れば解決する。だから、ひとまずは我慢してギルドに向かうことにした。優先すべきはギルドへの報告だからな。


 *


 ギルドに着き、報告のために2人で受付嬢に話しかけたのだが、やはり俺たちの状態に突っ込まれてしまった。


「あの~イビルウルフの討伐ですよね? 服もボロボロで、全身びしょ濡れって起こりえないと思うのですが……」


「ニーナは不意打ちをくらいまして……俺は……単に川に落ちただけです」


「そうですか……なんか今後が不安ですね。でも、2人とも無事なのが何よりですね。はい! 報酬ですよ!」


「ありがとうございます……」


 初級の討伐依頼でこんな有様なのが珍しいのだろう。周りの冒険者はみんな俺たちのことを見てくる。かなり恥ずかしかった。


「セシルさん……まだ時間もありますし、まだ依頼をしませんか? ただ、次は採取にしておきましょう。なんだか今日はもう討伐依頼をしない方がいい気がします」


「ニーナがそういうならそうしようか。ただ、先にお風呂に入らせてくれないかな? このままだと風邪をひきそうだしさ」


「構いませんよ! では、家でひと休みしてから追加の依頼に取り掛かりましょう!」


 そうして、俺たちは家に戻った。家に着いたら、俺はお風呂に入って体を洗い、ニーナは服を着替えた。

 俺の服が乾くまでまだ時間がかかりそうなため、ニーナと少し談笑をしていた。


「ニーナ、その服どうするんだ?」


「えっと、時間を見つけて直す予定です。一応裁縫は出来ますので。ただ、生地が足りるかどうか……結構ボロボロになってしまったので」


 どうやら裁縫もできるらしい。ニーナって本当に家庭的なことならほぼできるな。正直言って、かなりのハイスペックだと思う。

 攻撃ができないことだけで疎外するなんて、そういった奴らはニーナのいい所に気づいてあげてすらいないんだろうな。


「生地なら、依頼をこなしてお金が貯まってから買いに行こう。ちゃんと頑張って戦うから安心してくれ」


「ふふっ、ありがとうございます。一応替えの服はありますので、そんなに急がなくても大丈夫ですよ」


 こんな会話を繰り返していると大分時間が経ったみたいだ。干していた服もしっかりと乾いていたため、しのぎで着ていた寝巻きから着替え、再度依頼を受けるためにギルドに向かっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る