第5話 始まる共同生活②
「ただいまニーナ」
「おかえりなさい! ……きゃっ!?」
ニーナは一生懸命掃除をしているみたいだった。大量の不要物を入れ込んだ箱を抱えたままこちらに向かってきたが、つまづいてしまい、その荷物を空に放ってしまった。
荷物の入った箱は、中身を空にばら撒きながら俺の頭上に落ちてきた。
「……ニーナ、気をつけような」
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
幸い、箱は段ボールのようなものだったからか痛みは感じなかったが、ばら撒かれた中身はかなり散らかって地面に落ちていた。
「片付けるの手伝うよ。住まわさせてもらってるんだ、これくらいさせて欲しいな」
「そういうなら……お願いします。私も一緒に片付けますね」
こうして、2人で散らばった不要物をまとめ直し、外の焼却炉に放り込んだ。
この世界はゴミ収集とかは行っておらず、焼却炉に入れればいいそうだ。楽でいいな、俺はこの世界が好きかもしれない。
その後は、俺は疲れを取るために寝転んで過ごしていた。
「セシルさん……あの、はしたないですよ?」
「え? ただ寝転んでるだけだぞ?」
「……見えてます。せめて足を閉じてください」
「なっ……!? ごめんニーナ! き、気をつけるよ」
そういえば今の俺はスカートを履いているんだ。余計にこういう格好は良くない。
それに……指摘されてから一気に恥ずかしくなった。
「セシルさん、本当に女の子ですよね?」
「本当だって! ほ、ほらどこからどう見ても女の子だろ!?」
「仕草がらしくないだけですかね……?」
「別に俺……そういうのに厳しい家庭じゃなかったからさ……はは」
姿はちゃんと女の子だから、俺が元男なんて余程のことが無い限りバレないと思うが、仕草とかをしっかりと意識しないと毎回指摘されるはめになりそうだ。
少しハプニングは起きたが、それ以降はゆったりと過ごしていった。
気づけばもう夕方くらいだろうか?ニーナが俺にあることを話し始めた。
「セシルさん、そろそろ夕食の時間ですね。私が作りますので、セシルさんは待っていてくださいね!」
「えっ!? いいよ別に! そこら辺の店で買ってくるからさ、気を使わなくていいって!」
「でも、私が作った方が安いので出費を抑えられますよ?」
「悪いって……。何もかもやってもらってるみたいでなんか申し訳なくてさ」
今のところ、大半のことはニーナが率先してやってくれている。
だから助かってる面もあるが、流石に夕食まで作ってもらうのは気が引けた。というか、なぜニーナはここまで他人のために何かをするのだろうか?
「私がそうしたいだけなので気にしないでください! せっかくの仲間なんです! 色々させてください!」
「それはいい心がけだとは思うけどさ……」
その時だった。ニーナは何やら悲しそうな顔をしながら、俺を見て話してきた。
「そうですか……。せっかくの仲間なので、料理を振る舞ってあげたかったのですが……。そうですよね、まだ信頼できる関係ではありませんよね。遠慮するのも頷けます。では、別のことで仲間になっていただいたお礼をさせて下さい」
なぜ俺はニーナに毎回悲しい顔をさせるのだろうか。
俺が他人から何かしてもらうのを遠慮しがちだからなのか?だが、それは長年やってきたことでもあるのだから、そう簡単には直せない。
しかし、それが他人を悲しませるなら話は別だ。ここは俺の住んでいた世界じゃない。俺の世界は、こうやって"お礼"とか"お返し"だとかを遠慮するとなぜか嬉しがる人たちが多かった。
内心、心からやりたくはないのだろう。形式上、または皆がやっているからといった精神で仕方なくやっているのだ。
だが、ニーナはそれらとは違った。彼女は本心でお礼をしたがっている。見返りも何も求めずに、ただ役に立ちたい、感謝を伝えたいといった心構えで。
俺の世界にも少ないがそういう人はいた。思い出せば、そういう人に対してはちゃんとお礼を受け取るようにしていたな。
だから、俺は前世と同じく本心のお礼をちゃんと受け取ることにした。
「ニーナ、ごめんな。俺の悪い癖だ、つい遠慮してしまう。ニーナのそのお礼はちゃんと受け取るよ。夕食、楽しみにしてるからな」
「セシルさんっ……! では頑張って作りますね!」
「気張らなくていいよ。普段通りに作ってくれればそれでいい」
「はい!」
そう言って、ニーナは食事を作り始めた。俺はその光景をただ眺めていた。
昔を思い出す。母さんが毎晩食事を作ってくれて、テストでいい点数を取った時は好物を作ってくれていた。
そういえば、母さんがいない時は父さんが作ってくれていたな。不格好で、味もかなり濃かったけど、心がこもっていて美味しかったな。
いつかまた会えたらなと思っていたが、もう会うことは無いんだよな。
悲しいが、いつまでも過去に引きずられてては前に進めない。
俺はそんなことを思いながらニーナの料理を待っていた。
何分程経ったのだろうか。どうやら料理ができたようだ。
「セシルさん! できましたよ!」
その声と共に、俺の目の前に料理が置かれる。スープに、ポテトを使用したサラダ、最後に少し大きめなパンが揃っていた。
豪勢とは言えないが、とても綺麗に作られていた。
「じゃあ早速いただきます」
いつもの癖で手を合わせてしまう。
「セシルさん? なんですかその仕草? まさか変な術では無いですよね……?」
「違うよニーナ。俺の出身国ではよく食事前にこうするんだ。感謝の気持ちを表すんだよ」
「そうなんですね。いいことだと思いますよ! では、私も真似しますね! 『いただきます』!」
俺の仕草を真似するニーナは、とても可愛らしかった。こんな姿を見たら、料理も更に美味しくなりそうだ。
その後、俺は食事を始めた。ニーナも向かいで料理を食べ始めていた。
スープを口に含んだが、とても暖かかった。温度とかではなく、料理に含まれている心の暖かさだろうと直感した。
それが、俺にとってはとても良かったんだ。手を止めること無く口に運び続ける。こんな暖かい料理を食べたのは、本当に数年ぶりだ。
昔の光景を思い出してしまい、俺の目から自然と涙が出てしまった。
「ぐすっ……暖かいなニーナ。とても……とても暖かくて……ぐすっ、本当に美味しい」
「セシルさん? あの……どうされましたか? 不味かったですか……?」
「違うよ……! ちゃんと美味しいよ。昔の光景を思い出しただけさ。気にするなニーナ」
もう何を食べても俺の涙は止まることは無かった。サラダもパンも、昔の光景の想起に拍車をかける。
特にパンなんて少し固かった。昔、母さんが買ってきた売れ残ったパンみたいだった。
「セシルさん、涙拭いてください。はい、ハンカチですよ」
「ごめんニーナ。迷惑かけちゃったな」
「セシルさん、もしかしてですけど……親がいないのですか?」
「えっと……。いないというか、もう会えないんだ」
その発言の後、ニーナが微笑んで俺に話しかけてきてくれた。それに、そばに近づいてきてもくれたんだ。
「セシルさん、お若いのに苦労されたのですね。大丈夫ですよ、私が精一杯癒しますからね? 歳も近いですし、きっと支えあえますよ」
「ニーナ……ありがとう。でも、頭は撫でないでくれないかな? 恥ずかしいんだ、少しだけな」
「ごめんなさい。セシルさんのような境遇の子にはよくやってあげてるんです。暖かみをもう一度感じて欲しくて」
ニーナの心遣いはとてもありがたいものだった。涙も自然と収まっていった。
そして、俺たちは食事を終えた。その後、入浴の時間だということをニーナから告げられた。
一緒に入るのは気が引けたから、俺はニーナの後に入ることにした。
「セシルさ〜ん。上がりましたよ〜」
「あぁ、今から入るよ」
入浴後のニーナは結っていた髪もおろしており、違った雰囲気を感じられた。
さて、さっさと入って寝よう。大分疲れてるからな。
手早く服を脱ぎ、浴室に入って体を洗っていた。俺の知っている異世界って、家にある風呂場って貴族みたいな裕福な奴らの物だったんだよな。
でも、この世界は風呂場の質とかに差はあるが、どの家でも備えつけられているみたいだ。前世とあまり大差無くてその点は助かるな。
そんなことを考えながら軽く風呂場を見渡していたが、そこであることに気づいた。
「なんで……鏡があるんだよ! くっ、見ちゃダメだ! さっさと洗って出ないと……」
風呂場には鏡が備えられていた。恐らく姿を見ながら洗ったりするためだろう。だが、正直今の俺には毒だった。鏡を見れば、俺の体ではあるものの、少し未成熟な女の子の姿が目に入る。
俺は急いで鏡をなるべく視界に入れないように体を洗っていたが――。
「ひぅっ!? なんだよ……今の感覚! 力入れすぎたか? 多分、ここに当たったからだよな……」
急ぐあまり、男の時と変わらない力で体を洗っていたからか、強い力でタオルをある場所に当ててしまい不覚にも声を出してしまった。
「力を抜いて……んくっ、もう洗わなくていいかなここ……。でも汚れが取れないよな……。はぁ、慣れるまでどれくらいかかるんだ」
何とかして、俺は入浴を終えた。さっさと拭いて服を着ようとしたが……。
「そういえば俺って下着も服も1着しかないよな?どうすんだこれ……」
そんな時だった、脱衣所の扉が空いてニーナがやってきた。
「セシルさーん、替えの服と下着で――――きゃっ!? ごめんなさい! てっきりまだ入っているものかと!」
「み、見ないでくれないか!? タ、タオルで隠すから! ちょっと待っていてくれ!」
同性相手でも流石に裸を見られるのは気が引ける。俺はタオルで裸体を隠して、ニーナから服と下着を受け取った。
「寝巻きはスカートじゃないんだな! なんだか落ち着くな。それに下着……もしかして俺のために買ってきたのか?」
「えっと……私のお古です。すみません、お金が無かったので……お金が貯まったらすぐに新品を買いますから!」
下着も寝巻きもニーナのお古の物だった。どうりでいい香りがすると思った。お金が無いのに無理に新品を買ってこいなんて言えるわけ無いため、一先ずこれで過ごす予定だ。
「あのさ……もしかしてこれも寝る時に付けるのか?俺って、付け方分からないんだけど……」
「それは別にいいですよ。お出かけするときに付けるだけでいいです。それに、分からないなら教えてあげますよ」
「ありがとう……。あの、俺って変かな?」
「うーん……付け方が分からない人はたまにいるのではないでしょうか? 別に変では無いと思いますよ」
相変わらず、ニーナは優しい子だった。変わり者に分類される俺に対して嫌な顔せずに接してくれるし、下着の付け方も教えてくれるみたいだ。
その後、2人で寝ることになった。別に俺たちの体型なら2人で寝ても窮屈ではないみたいだが、問題はそこじゃない。隣で女の子が寝ているのが耐えきれないんだ。
「ニーナ……寝相悪かったらごめんな?」
「構いませんよ。では、寝ましょうか! おやすみなさいセシルさん!」
「おやすみ、ニーナ」
どれだけ経ったのだろうか? 一向に寝付けない。心臓が脈打ち、とても寝られるような状況じゃない。
「やっぱり離れよう……これじゃ寝られない」
そうやって離れようとした時だった。
「んぅ……お姉様……行かないでくださいよ……むにゃむにゃ」
ニーナが俺の服を掴んできた。寝ぼけているのか、お姉様とか言ってきた。ニーナはどうやらお姉さんがいるみたいだな。
「えへへ……お姉様は凄いです……んぅ……」
なんだか可愛い。いい夢を見ているニーナの手を引き剥がして、自分を安心させるためだけに1人で寝るのは、俺にはできなかった。
「仕方ない。頑張って寝るか」
もう一度チャレンジしてみたが、今度はニーナの香りが鼻に伝わってきた。優しい香りがして、余計に寝られなくなってきてしまった。
「うぅ……これは無理そうかな……」
俺が睡眠魔法を使えたらどれだけ良かったことか。"攻撃"と"防御"だけ使えるってことは、どうせデバフ系は使えないだろう。
ダメ元でイメージしてみたが、全く出てこなかった。予想通りだ。
だから、何とか羊を数えたり、自分に暗示をかけながら寝る努力をし続けて、ようやく眠気がやってきた。
異世界での1日が終わろうとしている。これからどんなことが待っているのだろうか? きっと大半はいいことだと信じて、俺は睡魔に身を任せて落ちていった。
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