第9話 俺の砂に喧嘩売ろうなんて、百年砂漠早いんだよ
神託級【砂】。
他の魔法と何が違うのか? それは、いくつものイメージを具現化し、更に魔法を無詠唱で操れることだ。
口で発することもあるが、それはあくまでも補助的なもの。
実際に砂家を作るときも無言で建てている。
ユフィアはまだ詠唱が必要だが、いずれは頭で描くだけで可能だろう。
もちろん単純な魔法力や限界値も他の魔法と比べてはるかに高い。
そして俺はもう一つ。
この世界に来てから実際にわかったことがある。
「今のところは平和ですね」
「杞憂だといいんだが、砂嵐の前の静けかもしれないからな」
「その言葉に、砂入ってましたっけ?」
ユフィアの言葉通り、今は平和そのものだった。初めは気合を入れていた奴らも、今はただの行進みたいになっている。
反対に兵士は違った。どこか異様なほど警戒をしている。
何か……情報を掴んでいるのか?
念の為、砂を散らしておくか。
このあたりは土が多くて助かる。
行進でまき散らした砂に魔力を混ぜると、馬車を静かに覆った。
これで防御力が高まったはず。
新たに発覚した事、それは原作よりも【砂】が強いことだ。
おそらくだが、実際に目て見て触れることで、イメージが強くなったことが関係しているのだろう。
馬車を覆った防御砂魔法も原作にはなかった。
――やっぱり、【フリファン】は面白いな。
警戒は行っていないが、青空が澄み渡っていて空気が気持ちがいい。
思わず、深呼吸したくなるほどに。
このあたりは砂も多くて最高だ――。
「ゴホゴホッ、砂がひでえなこのあたりは」
「まったくだ。口ちゃんと覆っておかないと病気になりそうだぜ」
「クソ、靴に砂が入ったぜ」
……俺の事は嫌いになっても、砂の事は嫌いにならないでくれよ。
「よし、10分ほど休憩にする! ゆっくり休んでくれ!」
それから少しして、兵士が叫んだ。
二時間ほど歩き続けていたので、俺たちもくたくただ。
剣や盾はかなり重たい。その分大変だろう。
俺もユフィアの聖水を飲んで英気を養う。
ちなみにわざわざユフィアの、とは付けなくていい。
「なに? エルリ様の水を忘れただと?」
「す、すいません。慌ただしくて……」
そのとき、兵士たちが何やら話し合っていた。
どうやら飲み水がないらしい。
「サンドさん、竹筒のお水、お渡ししてもよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろんだ」
気が利くユフィアは、急いで兵士に声をかけにいった。
でも……いいのか? いや、いいか。
「すいません、話が耳に入ったのですが、こちらのお水はどうでしょうか? 水魔法で精製したので不純物はありません。不安だということであれば、今ここで魔法の詠唱しても良いですが」
その言葉に、俺は慌てた。
それはマズい。いや、全然マズくないか? いや、やっぱりマズい。
頼む兵士、信用してくれるといってくれ。頼む。
「……ありがたいが、エルリ様が飲むものだ。今この場で精製してくれるか?」
「わかりました!」
「ま、待てユフィア!」
「え? サンドさん、どうしましたか?」
俺は、急いで声をかけにいった。
何と話すべきか。マーライオンはダメだというべきか、いや、最近はなんか隠れてるから違うことしてる気がするんだよな。
薄々気づいているが……嘘だよな? なあ? 嘘だといってくれよユフィア。
「安心してください! まだまだ魔力はあるので!」
俺が困っていると、満面の笑みでユフィアが言った。
するとなぜか、どすこいよろしくシコを踏み始める。
スカートが上がって、その場でがに股になった。
え、ね、ねえユフィア、ど、どこから出すの!?
兵士も眉をひそめる。
「……な、何するんだ?」
「お水です! 今から出すは、綺麗なお水なので、安心してください!」
目もキマってる気がする。もはやどうやって止めたらいいのかわからない。
このまま打ち首にならないか? そう思っていたとき――。
「あぁぁあああああ」
男の声が、その場で木霊した。
全員が視線を向ける。ついに何かが起きたのかと思い魔力を漲らせた。
「砂まみれじゃねえか、この靴!」
「クソ、俺もだ!」
「ったく、砂め!」
……紛らわしいなお前ら。
「できました。こちらをお渡しください!」
振り返ると、いつのまにかユフィアが新しい水を精製していた。
兵士たちも見ていなかったらしく、「え、あ、あああありがとう」と返す。
気を取られてみていなかった、とは言えないのだろう。
……一体、どこから――。
「――エルリ様、水魔法で精製したお飲み物になります。開けてもよろしいでしょうか」
「――はい」
そのとき、ドアが開いた。
外に出ようとするが、兵士に危険だと制止される。
「お水がなかったのにわざわざ魔力で作り出してくれたのでしょう。聞こえていましたよ。ならば、キチンと礼をさせてください」
「……かしこまりました。こちらの冒険者の方が」
原作では性格は良いと書かれていたが、まさか俺たちみたいな冒険者にわざわざそういってくれるとは。
言葉通り、エウリは入口を開けて姿を現した。
「ありがとうございます。この度は突然の護衛のお申し出にもかかわらず受けてくださり、本当に助かっています。長い道中でお疲れでしょうに。お水、大切にいただきます」
すると彼女は、馬車の中からではあるが頭を下げた。
こんなに丁寧だなんて、凄いな。
「え、あ、あいえ! とんでもないです。いつでもお申し付けくださいませ!」
ユフィアも頭を下げて、エウリは微笑んだ。
俺は、その二人のやり取りを見て心臓が締め付けられた。
心のどこかで、これはただのイベントだと勘違いしていた。
ただのゲームキャラを守るつもりでいたのだ。
だが違う。もし原作通りなら、これは彼女の命を守る任務だ。
そう思うと、より一層気合が入った。
「ぎゃあああああああああ」
そのとき、ふたたび声がした。
また砂の悪口かと思ったが、すぐ異変に気付く。
矢が、男の肩に突き刺さっているのだ。
それもゴブリンが使う切り出した即席の矢ではなく、魔力が込められた鋭利なもの。
「て、敵襲だああああああああ」
男が叫び、全員が剣や魔法の杖を構えた。
魔物の襲撃ではないことが、すぐにわかる。
なぜなら次の瞬間、とんでもない数の矢が降り注いできたのだ。
前方に視線を向けると、数百人ほどのフードを被った謎の連中がいた。
隠蔽魔法を駆使していたのだろう。
矢が一本だけ飛んできたのは誤射か、それとも開幕の合図か、いや、そんなのはどうでもいい。
「う、うわああああああ」
「防御魔法を唱えろ!」
「いそげ、いそげええ!」
防御魔法は攻撃と違ってより時間がかかる。
馬車は砂で覆っているが、大勢の冒険者は油断していたこともあって準備に戸惑っている。
俺は深呼吸した。
敵が誰だか知らないが、俺たちを殺しにきている。
なら――手加減はしない。
直後、俺は手を振って砂を操った。
この場所は俺にとっちゃ最高だ。
砂が舞い、徐々に形が作られていく。
それはまるで空中に浮かぶ砂の壁。
そこに――。
「――水の雨」
ユフィアが、何も言わずに雨を降らせた。
水と土は相性がいい。水分を吸ったおかげで柔らかく硬く、それが衝撃を吸収してくれる。
矢のすべてが、俺の砂によって遮られた。
これだけの魔力の矢を作るには相当な時間がかかったはず。ハッ、御苦労なこった。
「す、すげえええ!」
「だ、誰の魔法だ!?」
「こんなの、できるのかよ……」
だが想像以上に相手はしっかりとした奴らだろう。
てっきり盗賊や山賊の類だと思っていたが、ここまで統率のとれた矢を撃ってくるとは考えづらい。
こっちのほとんどが有象無象の冒険者だが、数人の手練れは既に魔力を漲らせていた。
俺は、馬車の姫に声をかける。
「中でゆっくりしていてください。――すぐ終わらせますから」
ここでエウリを守れば俺の株が上がって、人脈を増やす機会も増える。
一石二鳥、いや称賛されるとおもったら三鳥か?
どこのどいつらか知らないが、かかって来い。
俺の砂に喧嘩売ろうなんて、百年砂漠早いんだよ。
――――――――――――――――――――――
あとがき。
砂まみれになあれ。
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