第7話 拝啓サンドさんへ (ユフィアside)

「ユフィア様、お父様が事故にあったと……」

「……そんな」


 母親は幼い頃に病気で亡くなった。

 それでも父は私を幸せいっぱいに育ててくれていた。


 使用人の方々とも家族のように過ごし、幸せな日々を過ごしていた。

 

 父が、事故に遭うまでは。



「……ユフィア様、私たちは給与など必要ありません。これからもあなた様にお仕えしたいのです」

「ありがとう。その気持ちだけで凄く嬉しいです。今まであなた達は、とても立派なお仕事をしてくれていました。本当に感謝しています。無給なんてダメです。これからは、他の方を幸せにしてあげてください」


 使用人たちは、本当にいい人ばかりだった。何もかも失った私に最後まで寄り添ってくれた。

 でも、そんなのはダメだ。


 正当な対価も支払えないのに、甘えるわけにはいかない。



「冒険者ギルドへようこそ! 水魔法ですか!? 凄いですね。それならばすぐパーティーも決まると思いますよ!」


 幸い私には能力があった。

 今まで使うことはなかったけれど、手に職を付けるなら何でもしようと考えた。


 冒険者という職業は大変だと聞いているが、世間知らずな私でも受け入れてくれるところだった。


「何だ、パーティ探してんのか? 元貴族だぁ?」

「はい! ですが、何でもします! 私は頑張りたいのです」

「面白そうじゃんガルダン、雑用係もちょうど逃げ出したし」

「へへっ、あちきもありですぜ」


 嬉しい事に、すぐにパーティは決まった。

 見習いアイアンが生き残るには、まずは誰かと共にしたほうがいいと本に書いてあった。


 けれども、現実は厳しかった。


「おいユフィア、もっと前に出やがれ!」

「で、でも私は水魔法使いで――」

「うるさいわね! パーティには役割ってものがあんのよ!」

「使えねえです」


 私はお荷物だったらしく、戦場では何もできなかった。

 初日で身体は傷だらけ、魔法もろくに使わせてもらえず、食べることもままらなかった。


 ある日、誰かに他のパーティを探したらどうだ? と言ってもらった。


 けれども、何でも諦めるようにな人間にはなりたくない。

 ただ、他のパーティを見ていると羨ましくなるときがある。


 仲良く笑って、ご飯を食べて、お酒を飲んで、語り合って。


 ……私は、どうしたらいいんだろうか。


「みっともない奴らだな」


 そこに現れたのが彼――サンドさんだった。


 パーティ同士のいざこざは、滅多なことがなければ口を出さない決まりだ。

 みんなそれを知っている。けれども彼は、そんなことは関係ないかのように助けてくれた。


 そのとき、冒険者は自由で楽しく生きる職業と書いてあったことを思い出す。


 ……ああ、そうだ。私はもう貴族じゃない。


 ――自由に生きていいはずだ。


「私はパーティを抜けます。今までありがとうございました」


 言葉を発した瞬間、肩の荷が下りたように感じた。

 知らぬ間に自分を追い込んでいたんだろう。


 ここからは一人で生きていく。


 苦しいかもしれないけど、自分が選択したのだから。


 私には夢がある。


 それを、叶えたいのです。


「ユフィア、良かったら俺と一緒に組まないか?」

「……え?」


 元パーティーを撃退してくれたサンドさんにから、なんとすぐお誘いがあった。

 驚いた事に、元貴族だということもわかった。


 まるで生粋の旅人のような彼からは考えられない。

 私は悩んだ。さっきまでの自分の考えを改めることが、ダメな事なんじゃないかと。


 けれども、屈託のない笑みを浮かべている彼を見て、気づいた。


 自由に生きるってのは、そういうことだ。

 すぐに、前言撤回をしていいんだと。


「お願いします。私で良ければ」

「こちらこそだ。――ユフィア、君はきっと凄い魔法使いになるよ」


 そういってくれたが、私は落ちこぼれだった。貴族学園でも大した魔法が使えず、自分はダメなんだと思っていた。

 けれども、サンドさんが教えてくれた。


 この世界には”レベル”というものがあり、私の魔法はまだ発展途上なんだと。


 自由に生きている彼の言葉を信じることにしてからたったの数日で、私の水は劇的に変化していった。

 魔物に苦労することもなくなり、魔力消費で疲れることもなくなったのだ。


「ありがとうございます。サンドさんのおかげです」

「とんでもない。俺も助かってるよ。一人はやっぱ寂しいしな」

「……サンドさん、私には夢があるんです」

「夢?」

「はい。もう一度、立派なお屋敷を建てたいのです。それで、父と母に立派なお墓を作ってあげたいんです。そして、使用人たちに給付員を払って、また一緒に暮らしたいのです」


 落ちこぼれ貴族の対逸れたバカな話だ。

 笑われると思っていた。けれども――。


「いいじゃないか。ユフィア、お前ならきっとできる」


 サンドさんは一切笑わなかった。真剣な表情で、私を肯定してくれた。

 それどころか――。


「俺にも夢があるんだ。【砂の国】を作りたいんだよ」

「砂の国、ですか?」

「ああ、自由な国にしたいんだ。誰も傷つけられない、幸せで笑顔があふれるような」

「ふふふ、いいですね! 私もそんな国に住んでみたいんです」

「……良かったら来ないか?」

「え、良いのですか?」

「ああ、ユフィアなら歓迎だよ。俺も、嬉しい」


 そしてなんと、私たちは同じ夢を追いかけることになった。

 【砂の国】で、大勢を幸せにしたい。


「それに屋敷はまだ無理だが、家なら建てられるよ」

「え? どういうことですか?」

「まあ、みてな」


 彼は地面に手を翳すと、一瞬で家を作り上げた。

 従来の魔法では考えられない卓越した能力。


 思わず笑ってしまう。その時に気づく。

 私はお父様が亡くなってから今までずっと笑えなかった。


 でもまた、笑えるようになったと。


「使用人はいないが、砂女子もいるしな」

「砂女子?」


 すると彼は、何とゴーレムを作り出しました。


 ……これって確か、古来の大魔法使いの伝説級では……?


 貴族学園で勉強した記憶があります。

 しかし彼は、まるで挨拶変わりのように披露してくれました。


 手の内を明かすのは危険な行為で、パーティメンバーにすら真の力を隠す場合もあります。

 なのに彼は、余すことなく自分のことを話してくれます。


 また彼は生まれながらにして天才的な魔法使いだと思っていたが、そうじゃないと、ある日にわかった。


「……はぁっはぁっ……」


 夜、人知れず広場で剣と魔法の訓練をしていたのだ。

 砂を操りながら動きまわり、更に砂女子ゴーレムを複数体を操っている。

 昼間は私に色々教えてくれていたというのに……。


 凄い。彼は、本当にかっこいい人だ。


「サンドさん」

「……え、な、なんでここに!?」

「私も訓練したいです。お付き合いしてもらえませんか?」

「……ハッ、手加減はしないぜ」

「望むところです」


 私はユフィア。


 今はただのユフィア。けどいつかきっと、爵位も取り戻す。


 そして冒険者になったからには、ダイヤモンドにまでなってみせる。


 【砂の国】が設立されたら、私はサンドさんの隣に立っていたい。

 彼を支えたんだと、胸を張ってみんなに言えるような。


 ……だって、凄く笑顔が愛らしいだもの。


 これって、何の気持ちなんだろう。


「ん、水が切れたな」

「すぐ補充しますね!」

「あ、ああ……」


 でも何で、私がお水をあげるときだけ、少し笑顔がぎこちないんだろう?


 うーん……わからない。


 もしかしたらだけど私が口から水を出してるから? いやでも、魔法陣から出してるから関係ないよね。

 雑菌はないし、ちゃんと魔法科学的にも証明されていることだし。


 今度、別の穴から出してみようかな。

 丸かったら、何でもできるし。


 ……どこがいいんだろう。



 あ、あった!


「ユフィア、もう一杯だ」

「はい! あ、ちょっとカーテンに隠れてから補充してきますね!」

「ん? どうしたんだ?」

「いえちょっと!」

「そうか」


 あ、えーと……スカートをまくって。


 それで、足を広げて……ちょっと恥ずかしいな。


 でもこれでばっちり!


 美味しいお水、いっぱい出すぞ!


 

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