47.悪意の矛先
†
……――時間は遡り、聖母祭の前日。
この時まで、アリサは一つの謎を追っていた。
篝乃会でのお茶会。アリサのカップに混入していたカッターナイフの刃先。
ただの不手際か、誰かの故意だったのか……前者であってほしいと願っていた。
悪意によるものではないと結論づけ、考えないようにしようと何度も思った。
しかし、アリサは考えてしまった。考えずにはいられなかった。
たとえ故意ではなくとも、本当に不手際や不慮の事故だったとしても、どうすればそんなことなるのか――真実を知りたい。確かめたいと思った。
(事故だと考えられるあらゆる可能性は試したわ。だけど、やっぱりありえない)
あの時のコーヒーは生徒会室の給湯室で入れられたもの。
念のために給湯室は調べ尽くしたが、カッターナイフは出てこず、生徒会室のどこにも見当たらなかった。仮に不手際だとしても、誰かがあの日にカッターナイフを持ち込まない限り、混入はありえない。
お茶会にわざわざ持ってくるようなものではない。誰かが使っていた覚えもない。
とすれば、残るは誰かが故意に入れた可能性――。
(考えたくはないけど……あの時、わたくしが目にした限りで、カップに間違いなく触れていたのは、一人だけ)
――稲羽舞白。
美弦とカップを取り替える時、もっと言えば最初にカップを運んでいたのも彼女だ。
しかしアリサが飲もうとした際、異物が浮いているのを伝えようとしていた。故意に刃を混入させた犯人が取る行動とは思えない。
残る三人の中で、カップに触れていてもおかしくないのは、美弦と讃。
あのカップは当初、美弦のもとへ運ばれたもの。触れた様子はなかったが、カッターナイフを混入させる機会がなかったわけではない。
が、そもそもあのカップは舞白の手違いで運ばれており、その間違いがなければわざわざ取り替える必要もなかった。カッターナイフを混入させてアリサのもとへ送るには、舞白の手違いが計画のうちに入っていなければならない。
また、元はと言えば舞白のミスは讃の指導不足によるもので、美弦も呆れた様子で窘めていた。計画通りだったとは到底思えない。
残るは讃だが、給湯室で舞白に指導をしていたことから、混入させる機会はあったと考えられる。理由こそ不明だが、アリサを篝乃会に歓迎しないような気持ちを吐露していたこともあった。そこに動機があると考えられなくもない、とアリサは訝っていた。
(ここまでがゴールデンウィーク中に考えていたことだったわ。けど――)
悠芭から見せてもらったノート――そこに書かれていたある記述を目にして、アリサの中でまったく別の可能性が浮かんだ。
あのカッターナイフの、本当の目的。
故意であれば、当然ながらアリサに向けられた悪意だと思っていた。
しかし、のちに浮かんだ可能性の方が正しければ――悪意の矛先は、アリサではない。
それを確かめるべく頃合いを見計らい、遂に覚悟を決めた。夢見荘の部屋、机の奥からティッシュで包んでおいたカッターナイフの刃先を取り出す。
あのお茶会からずっと保管していたもの。
捨てられずにいたが、それも今日までかもしれない。
(こんな推理、当たっているべきではないわ。わたくしの勘違いなら、それでも……)
迷うように視線をさまよわせたのち、アリサは覚悟を決めて踵を返す。
そして、目の前にあるもう一つの机の引き出しを大きく開けてまもなく――部屋のドアがガチャリと開かれた。
「……アリサさん? 私の机で、一体なにをしているのかしら」
困惑したような声と問いかけ。
アリサは怯えた目をいっそう丸くさせながら、自身の手元にゆっくりと視線を戻す。
その小さな手が触れていたのは、
引き出しの中、ノートや文房具などが整然と収納されているその奥で――おびただしい数のカッターナイフの刃先が、鈍い光を鏤めていた。
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