Epistle IV — The Confidante Sends in a Little Sis

16.夢に見る憧れ





 繰り返し、夢に見る光景がある。

 華々しい舞台に上がっていくセイラの姿。

 アリサは両親と共に観客席に座り、姉の晴れ姿に瞳を輝かせている。


 その夢はセイラがバイオリンを弾く様子だけに限らず、時にはピアノの演奏や、あるいはどこかの教室で、こともなげにフランス語の詩を諳んじる姿にまで膨らむ。

 バイオリンやピアノの発表はともかく、授業の様子まで観覧した覚えはない。


 想像の産物でしかなく、ゆえに夢であると自覚している。

 夢の中だからこそ理想は際限なく膨らみ、記憶にない姿まで夢想させるほどに尊い。


 そんなセイラを、周囲の人々は口々に褒め称える。

 中でも殊更に聞こえてくるのは、両親の声。



 ――凄いわ、セイラ。バイオリンは昔から上手だと思っていたけれど、あの純桜で代表に選ばれるなんて!



 元来話し好きな母親は、いつも通りの朗らかな声。

 かつて母親も純桜に通うことを夢見ていたが、楽器があまり得意ではなかったため不合格だった過去がある。


 自分の子供にはそんな思いをさせまいと楽器を習わせ、セイラは母親が期待する以上の好成績で合格した。感動もひとしおだったことだろう。

 普段は物静かな父親も、セイラのことになると口数を増やした。



 ――父母の会の集まりに出向いた時、先生に声をかけられてね。『清華さんはフランス語も習っていたのですか』と訊かれたよ。素養があると見抜かれたようだ……。



 直截に褒めるようなことはあまりない父親も、セイラの話をする時の口元はいつも綻んでいるように見えた。

 純桜に入ってよい成績を残せば、両親は喜んでくれる。自分も褒められるようになる。


 アリサも母親にせがみ、一度はバイオリンを習い始めた。

 頭の中には常に姉が奏でる美しい音色があったが、再現できた試しは一度もなかった。



 ――アリサ、バイオリンに拘ることはないのよ? セイラみたいに弾ける方が珍しいんだから。あなたならピアノでも充分、合格できると思うわ。代表になるのは難しいかもしれないけど、だからって気負う必要もないの。あれはセイラが特別なだけなんだから。



 母親から優しく慰められたアリサは、セイラがいかに傑出した人間なのかを幼いながらに理解した。

 憧れはまた強まったが、容易に真似のできない才能であることも身を以て知った。


 それでも、アリサの決意は揺らがなかった。

 姉が実技で代表なら、自分は学科で代表になればいい――。

 セイラは入学後こそ学科でも首席となったが、代表挨拶には選ばれていない。つまり入試の時点では、学科試験のトップを逃している。


 入試が近づくと、アリサは前にも増して勉強に身を入れるようになった。

 純桜の入試でトップになること――入学式で代表挨拶をすること。


 セイラさえも成し遂げていない成果を挙げることこそ、セイラに近づくための一歩だと信じ、努力を惜しまなかった。

 ――アリサは純桜に合格し、代表挨拶の座を勝ち取った。

 その報せを受け取った時が、アリサの人生で最も嬉しい瞬間だった。



 ――これでわたくしもお姉さまのようになれる……いいえ、きっとなってみせるわ!



 学校からの文書と純粋な決意を胸に抱いたまま、アリサは両親のもとへと急ぐ。

 両親の喜ぶ声を聞くために。結実した努力の成果を褒めてもらうために。


 夢の中だと知りながらも、最も嬉しかったその瞬間を、何度も思い返している――。



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