11.純桜のアリスさま
――……これは純桜のOGである、私の叔母から聞いた話です。
というか、私が持ち得ている純桜の知識は、大抵が叔母から教えてもらったものばかりです。叔母も私と同じくらい知的好奇心に溢れた女学生だったそうで、篝乃庭の由来について調べていたのだとか。
純桜のことはなんでも教えてくれましたが、何年前に卒業したのかだけは口を割ってくれませんでした。叔母は年齢を不詳にしておきたいお年頃のようです。
早くも話が逸れているせいで菊乃さんのお顔が桑原桑原ですので、そろそろ本題に移りたいと思います。叔母の話はまたカミングスーン――冗談です、冗談ですから菊乃さん、そんな冷めた目を向けないでください。ここからはテンポアップして参りますので。
こほんっ――かつて純桜には、『アリスさま』という生徒がいたそうです。
どれほど前なのかは不確かですが、この地に純桜ができて間もない頃のようです。
アリスとはいかにも異国情緒溢れる名前ですが、純桜にいらっしゃった『アリスさま』もその連想に相応しい容姿といいますか、どこか洒脱な雰囲気を持った愛らしい少女だったそうです。
誰が相手でも分け隔てなく接する優しい性格で、成績も秀でていたことから学院中の人気を一身に集めていた女学生でした。
そのアリスさまには
さて、この美代さんなのですが――卒業を控えた春の日の夜、どうしてか行方が分からなくなってしまいます。ルームメイトだったアリスさまは、いち早く美代さんがいないことに気づき、単身で捜しに向かいます。
校舎裏に広がる山の中を捜索していると、アリスさまはある桜の木の下で、傷だらけの美代さんが横たわっているのを見つけました。
美代さんの意識は朦朧としていて呼吸も絶え絶え。風前の灯火という状態でした。
アリスさまは大いに悲しみ、桜の下で呆然と立ち尽くしてしまいました。
携帯電話などの、簡単に連絡を取る手段もない時代です。人を呼びに往復すれば時間がかかり過ぎます。
かといって、美代さんを背負って山を下りられるほどの膂力もありません。
ただなす術もなく、親友が絶命するのを見ていることしかできませんでした。
しかしアリスさまは、目の前で苦しむ親友を死なせるわけにはいきませんでした。
どうしても死なせたくない――彼女に生きてほしいと願いました。
思い悩んだ末、アリスさまはおもむろに美代さんの手を取り、
ただ一心に、祈りを捧げ続けました。
――主よ、どうか、どうか友をお救いくださいませ。
――そのためならばわたくしは、この身のすべてを捧げることでしょう。
すると不思議なことに、暗澹としていた山の中に柔らかな月の光が差し込みます。
同時に、傷だらけだった美代さんの体は少しずつ癒やされていき、徐々に在るべき姿を取り戻していきます。
すべてが完全に治癒されたわけではありませんが、呼吸も楽になって、もう命を落とすような状態ではなくなっていました。
ほどなく、美代さんは目を覚まします。
親友の回復を見届けたアリスさまは微笑みますが、途端に目蓋が重くなっていき、そのまま眠りに就いてしまいます。
それから一度も、目を覚まされることがないのでした……――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます