10.ティータイムにはおとぎ話を
多弁家な未来人の予言通り、A組のフランス語でもB組同様の宿題が出された。
来週の授業の前日までには、オンラインクラス経由で提出を済ませる必要がある。
純桜生は全員が学院指定のタブレットPCを購入している。タブレット操作については全員が小学校時代に経験済みのため説明は少なく済み、不明な点があれば宿題の内容と共に上級生へ訊ねるようにとのことだった。
純桜のタブレットPCは、アリサが小学校時代に使っていたものとはOSやキーボード配列が異なるものの、少し触ればすぐに使いこなせそうだった。
むしろ問題なのはフランス語の宿題についてで、瑠佳に教えを乞うべきか悩んでいた。
(自力でやれなくもないとは思うけど、万全を期すなら教えていただく方がいいわ。問題は、どちらがより優秀に思われるのかよ)
ほかの生徒はまず間違いなく上級生に頼ることが予想される。だからこそ、自分の力だけでやり遂げてみたいとも考えた。
しかし学院側は、上級生に頼ることを想定して宿題を出している。そこに抗って一人でやることが高評価と捉えられるのか、確証はない。
もしも内容ではなく、スリーズの上級生と親睦を深めさせることに主眼が置かれた課題であるなら、却って落第となる考え方かもしれないとも疑った。
また、自力でやったがために不出来な内容になっては元も子もない。仮にそれなりの内容になったとしても、上級生に頼ったほかの生徒には劣る可能性もある。
それこそ――舞白がセイラの手解きを受けたらどうなるか。
セイラは四年生の首席で、フランス語でも当然の如く優秀な成績を収めている。さすがのアリサも自力のみで超えられる相手ではない。
(たかだか宿題一つで考え過ぎかしら。でも、わたくしだって学年首席なんですもの。お姉さまのようになるなら、ほかの方々と同じ考えをしていても……)
物思いに耽っていると、小雛から「ねえねえ」とボレロの袖を摘ままれる。
「アリサちゃんは、なにに入るの?」
「え? ごめんなさい、なんの話だったかしら」
「クラブ活動のことですよ、アリサさん」紅茶のカップを置きながら悠芭が補足する。
アリサは今が夕刻のティーブレイクで、いつもの五人とカフェテリアに来ていたことを思い出した。
純桜の放課後は通常校時であれば午後の四時、七校時目がなければ三時から始まる。
部活動などに励む生徒以外にとってはティーブレイクの時間で、カフェテリアや寄宿舎内の食堂が賑やかになる。まだ放課後の予定が少ないアリサたちも、ここ数日はカフェテリアの日替わりケーキや紅茶、コーヒーなどを嗜みながら茶話に興じていた。
「アリサがぼうっとしてるなんて珍しいね。考え事?」
菊乃が何気なく訊ねる。彼女は紅茶やコーヒーが得意ではないらしく、一人だけ緑茶を飲んでいる。
「大したことではないの。ちょっと宿題のことを考えていただけだから」
「宿題ってフランス語の? 律儀なもんだね、ティーブレイク中に」
「そうね、少し考え過ぎだったみたい。今は忘れることにするわ」
アリサはまだ温かいカフェオレで喉を潤し、
「クラブ活動の話だったわね。正直、興味が引かれるものがあるかと言われると難しいわ。ヒナさんはどう?」
「全部面白そうだった! 全部入ってみたい!」
「そ、そう。清々しいわね。菊乃さんは?」
「あたしは、まあ。ヒナがどこか入るなら、とりあえず覗いてはみるかも」
「相変わらず仲よしですねぇ」悠芭が冷やかすように言った。
「別に、あたしはヒナが心配なだけだから。大体ヒナ、部活なんかやってる暇があったら勉強しないと、あんまり酷い成績だとまた家がうるさいよ?」
「大丈夫! 怒られる時は菊乃ちゃんも一緒だから!」
「おお、美しい一蓮托生、死なば諸共の精神。眼福です」
「勝手に殺さないで。あとヒナも、あたしまで引っ張り出されるようなことがない程度には頑張ってほしいんだけど」
菊乃は渋い面持ちで湯呑を傾けると、今度は舞白に目をやり、
「稲羽さんは、どこか入りたいクラブとかあった?」
「あ、私は、特には」
舞白は言葉少なに答え、ミルクティーをちびちびと啜っている。
(あんなにバイオリンに熱心なのに、アンサンブルクラブにも興味がないのかしら?)
アリサは疑問を持ったが、問い詰めるほどのことでもないため口には出さなかった。
その代わり、唯一クラブ決めに当てがありそうな悠芭のことが気になった。
「そういえば、悠芭さんは決めているのではなくて? スリーズのお姉さま、確か新聞部の方で、結構気が合うと聞いたけれど」
「はい、ここ数日で『とても』気が合うに変わりました。あの情熱に溢れたジャーナリズムは見習うべきところがある気がします」
「じゃあ、新聞部に入ると決めたのね」
「いえいえ。私は見習いたいと思っただけで、入りたいとまでは。将来的には分かりませんが、ひとまず今はやりたいことがありますので」
「やりたいこと?」
「当面は図書委員として励むんだってさ。ほら、生徒会とかなにかの、由来のことを調べるからって話」
菊乃が頬杖をつきながら補足したが、アリサにはピンとこなかった。舞白もなんのことか分からず首を捻っている。
「アリサちゃんたちって、聞いてないんじゃなかったっけ?」
小雛が気づくと、悠芭も「そうでしたそうでした」と軽妙に頷き、
「アリサさん、覚えていらっしゃいますか? 入学式の日の夜、庭園でお話ししたことです。確か途中までは聞かれていたかと思うのですが」
「ええ、『篝乃庭』の由来だったかしら。シクラメンの和名が篝火花だからって」
「そのあとの、もう一つの由来についてなんですが、
「変なまとめ方しないでもらいたいね」
菊乃がすかさず苦情を訴えるも、小雛の方は「雛菊さん、可愛いよ?」とお気に入りの様子だった。
渋々と引き下がる菊乃を横目に微笑みつつ、悠芭は話を続ける。
「アリサさんは、篝乃会の会長が伝統的になんと呼ばれているかはご存知ですか?」
「ええ、もちろん――
「さすがは次期アリスさま筆頭の妹さま。雛菊さん方はご存知なかったものですから」
それは無理もないように思えた。恐らく舞白も知らないだろう。
『篝乃会』は学院案内にも記述がある公式の名称だが、会長を『アリスさま』と呼ぶのはどこにも記載がなく、あくまで生徒間の伝統に過ぎない。言わば『篝乃庭』や『夢見荘』と同じ類いである。
アリサは両親から話を聞いて知っていたが、そうでもなければ悠芭の問いかけに首を傾げていたに違いない。
「では、なぜアリスさまと呼ぶかもご存知で?」
「聞いたことがあるような気もするけれど。それがなにか関係しているの?」
「大ありでございます。まさに聞くも涙、語るも涙な深いエピソードが――」
「要するに、最初の会長さんの名前が『アリス』だったからだってさ」
素っ気なく菊乃が遮ると、悠芭が珍しく不満げな顔を向ける。
「なぜ先に仰るのですか」
「悠芭はもったいぶりが過ぎるから。アリスさまの由来だったら、これだけでも事足りるでしょ」
「いえいえ、最初の会長という言い方は語弊があります。それに、庭園や生徒会の名前の由来までお話しするなら、やはりそれなりに長く語らなければいけないのですよ。もったいぶるのも、よりドラマティックにするには必要不可欠なのです」
「いいわよ、わたくしは気にしないから」話が進まないと思い、アリサが口を挟む。「稲羽さんも、構わないでしょう?」
「う、うん。私も大丈夫」
「ではお二方のご賛同も得ましたので、お話しさせていただきたいと思います――アリスさまと篝乃庭にまつわる、純桜の
まだ呆れ顔の菊乃をよそに、悠芭は嬉々として語り始めた。
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