4.女学院の心得
悠芭に対する好奇な質問はすぐに教室中に知れ渡り、舞白は才媛ながらかなりの照れ性で、少し天然なところがあるらしいと話題になった。
幸いなのはそれが悪い評判にはならなかったことで、代表演奏時の優美な姿しか知らなかったクラスメイトからすれば、却って親しみやすくなったと思う者もいたらしい。
「胸はまあ、大変と言えば大変ですね。肩懲りますし、小学校は共学だったので、男子にはよくからかわれていました」
律儀か無頓着か、悠芭は平気そうに答えていた。
「私、実はクォーターなのですよ。父方の祖母がフィンランド人なので。瞳が灰色っぽいのもそのためでして、成長が早いのもそのせいかなと思いますね」
彼女曰く、フィンランドは欧州の中でも特に女性の発育がいい国だと言う。
眉唾な話に思えるが、悠芭の体つきを見るに丸きり見当違いでもないかもしれない。
(わたくしも、今はこんなだけど、いつかは大きくなるのかしら。お姉さまはやお母さまは、確かそれなりに……)
そんなことを密かに考えながら、アリサは何気なく周囲を見渡してみる。
目に見えて育ちがいいのはやはり悠芭くらいで、殊更に華奢な小雛やスレンダーな舞白などは、アリサと同じくほとんど絶壁で、そこはかとない安堵感を覚えた。
(それにしても、悠芭さんがお姉さまの再来だなんて言い出した時はドキリとしたけれど……この分では杞憂みたいね)
舞白の照れ性は相当らしく、セイラのような凛々しさやカリスマ性は持ち合わせていない。悠芭の予言が正鵠を得ることはなさそうだった。
残りのホームルームでは教科書の配布や、学院の主な校則について説明が行われた。
校則の特色としては生徒同士の行儀作法にまつわる規律が多いことで、挨拶はいつでも『ごきげんよう』と慎ましく、名前を呼び合う際は親しくとも『さん』を付けて礼儀を忘れず、独りでいる子を見つけたら必ず輪に迎えてあげることなど、礼節や人徳を重んじる内容に終始していた。
最後に質問の時間が設けられたが、ここでは小雛が元気よく手を挙げ、
「寄宿舎って、門限? があるの?」
「ちょ、ヒナ、ちゃんと丁寧語使って……」後ろの席から菊乃がひっそりと注意する。
「あ、そっか。ええと、ありますか? 寄宿舎、門限――です!」
最終的に片言な外国人のようになっていて、女性の担任教師は淑やかに微笑んだ。
「小花衣さん、言葉遣いはきちんとしましょうね。それから九條さんも、ちゃんと『さん』を付けて呼ぶようにね」
教室が微笑ましい空気に包まれる。小雛は無邪気に笑い、菊乃は顔を赤くしてそっぽを向いていた。
「門限はもちろんありますよ。詳しくはまた、別の機会に説明がありますからね」
担任教師の言う別の機会とは、四年生が主体となって行う新入生歓迎会のことだった。ホームルーム終了後、新入生は講堂へ移動となった。
純桜では全寮制で二人一部屋の寄宿舎に入るが、新入生はまだ自分の部屋番号さえ聞かされていない。
「いよいよ最注目のイベント、あるいはクライマックスと言ってもよいかもしれません。新入生全員にとって最も盛り上がる瞬間ですからね」
講堂までの道すがら、B組からやはり合流してきた悠芭が言った。流れ星を探す子供のように目を光らせている。
「くらいまっくす? なんで?」
「おや、小雛さんはご存知ありませんか? この学校の『スリーズ制度』について。これからその発表があるのですよ」
「あ、なんか聞いた覚えあるかも! 入学前に菊乃ちゃんが言ってた、なんとかカントカがどうって制度!」
「見事に覚えてないもんだね」菊乃が呆れたように言った。
「スリーズ制度は、新入生一人に対して四年生がお一人ついて、学院や寄宿舎生活における導き手となってくださる制度のことです。寄宿舎ではその四年生の方と同じ部屋になって、それが三年続きます。つまり自分だけの『お姉さま』ができるわけです」
「そうそう! ヒナが聞いたのもそんな感じだった!」
「あたしはお姉さまなんて紹介した覚えはないけどね」
「いえいえ菊乃さん、スリーズになった四年生のことは、特別にお姉さまと呼んで慕うのが慣わしなんですよ? きっとそういう説明もあると思います」
「『さん』付けの次はお姉さまか。素晴らしいもんだね、本当に」
「シニカルですねぇ。そういえば『素晴らしい』は元々『酷い』とか『とんでもない』という意味ですから、それをご存知で仰っているのとだすれば大した皮肉です」
「それはどうも」菊乃はやや疲弊気味に言った。
「ちなみになぜ、スリーズと呼ぶのかはご存知ですか? はい、小雛さん」
「え? うーんとね、あれなんだっけ。袖がない服……あっ、ノースリーブ!」
「あ、違いますね。スリーズとはフランス語で『さくらんぼ』のことです。さくらんぼは多くの場合、二つで一つですから。三年という長い時間を共にする二人を喩えてのものです。純桜はこうした桜や花にまつわる命名がたくさんあってですね……」
相変わらずの博識ぶりを披露する悠芭。
小雛は感心したように相槌を打ち、気怠げに歩いている菊乃も一応耳を傾けている。
三人の傍で話を聞いていたアリサも、スリーズ制度のことはよく知っていた。
(もしセイラお姉さまとスリーズになれたら、三年は同じ部屋。離れていた三年分の時間を取り戻せるわ。わたくしにとってのお姉さまは、セイラお姉さまだけなんだから)
実の姉と同室になれるか、気が気ではない。
そんな本心が顔に出ていたか、舞白が心配そうな視線を向けてくる。
「清華さん、大丈夫?」
「な、なんでもないわ。わたくしはきっと、お姉さまとスリーズになってみせるから」
「そう、なの?」
「そうよ。稲羽さんはどうなの? どんな方がお姉さまになってほしいと考えていて?」
「えっと、どうかな。よく分からないけど、でも、お部屋は一人だったら、いいなって」
「いえ、だからスリーズの方が同室になると話してるじゃない。聞いていなかったの?」
「あ、そっか。四年生の人と、一緒……」
「もう、本当に抜けてるのね。しっかりしてちょうだい」
アリサの呆れたような苦笑いに、舞白はまた顔を赤くさせていた。
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