第9話 大怪獣ポセイドン

 警報が鳴り響く中、俺と生徒たちは砂浜に集まる。


「いいか。これは訓練ではない。怪獣が来た。これは本番だ! ブルーハーバーの都を守るときが来た!」


 生徒たちは真剣な顔をして俺を見ている。皆、心の準備は出来ているな。


「強化スーツに着替え、飛雷針を出せ!」


 指示通り、生徒たちは行動する。俺も強化スーツに着替えて避雷針を呼び出した。


 俺は頭上を見上げる。暗雲がかかる夜空の下に異形の機械が飛んでいた。撮影カメラに鳥のような羽がついた異質のフォルム。羽ばたき飛行機、オーニソプターとも呼ばれるものだ。それが複数、頭上を旋回している。


 複数のオーニソプターは俺たちの様子を撮影しているのだ。学園長の、ひいては学園の命運はこれからの戦いにかかっている。


 俺は再び生徒たちを見て言う。

 

「暗視魔法は使っているな。これまでの訓練を信じろ。訓練は裏切らない」

「「「はい!」」」


 力強く応えた生徒たちに俺は頷く。皆、まだまだ成長途中だが、これまで全力で訓練してきた。俺は彼女たちを信じる。


「行くぞ! 全員飛雷針を飛ばせ! 向かうは嵐の中だ!」


 俺たちは飛雷針に乗り、砂浜から飛び立つ。ぐんぐんと上昇し、砂浜から遠ざかる。そして。


「フォーメーションを組め! Aだ!」


 俺の号令に合わせて生徒たちが動く。ペルを真ん中に置き、両脇をアテナとラミアーで固める。俺は後方に構え、あらゆる状況に対処できるようにする。


「おじさん、ペル、お嬢様! クソッタレ怪獣に私たちの力を見せてあげましょ!」

「ええ! 言われなくとも! ですわ!」

「いっくぞー!」


 生徒たちのモチベーションは高い。やる気に満ちているのが分かる。ただ、問題はこれから戦う怪獣だな。強力な気配をビンビン感じる。こいつは、かなりの大物だ。


 夜空を進み、風雨が体を打つ。次第に風と雨の勢いは強くなっていき、遠く嵐の海に巨大なシルエットが見える。時折、雷の光に照らされるシルエット。あいつは……まずいな。


 ジンベエザメを何倍も巨大化させ、二足歩行にしたようなフォルム。ここからでは分からないが、その体表には無数の小型怪獣が張り付いている。小型といっても一体一体が自動車のようにでかい。


「カテゴリーA! ポセイドンだ!」

「それって強いの!?」


 声を張り上げ訊いてくるペルに俺は大声で答える。


「数ある怪獣の中でも大物だ! 心してかかれ!」

「了解! でもそれってさー!」


 ペルは興奮した様子で言う。


「そいつを私たちで倒しちゃえば、カメラの向こうの連中は私たちの実力を認めざるを得ないよねー!」

「そうよ! たまには良いこと言うじゃない!」

「わたくしたちの活躍をお偉方にご覧にいれますわ!」


 確かに、ポセイドンを相手に生徒たちが活躍できれば、人族のお偉方はこの部隊の実力を認めざるを得ない。そうすれば、学園長の座は安泰。エルフの立場は守られる。


 だんだんと遠くに見えていた巨体が近くなっていく。大怪獣ポセイドンの姿がはっきり見え、その体表に張り付く無数の怪獣の姿もはっきりと分かる。


 飛び魚と小判鮫とホオジロザメのキメラような姿をした小型怪獣は大型怪獣の体表に張り付き、宿主を守っている。まずは奴らをどうにかせねば、宿主にダメージを与えることは難しい。


 さあ、戦闘開始だ。


「ペル、奴らを挑発してやれ!」

「了解!」


 直後、ペルの飛雷針に雷が落ち、その雷は針の先から怪獣たちへ向かって放たれた。


 海から来る怪獣はどういう理由か嵐と共にやって来る。それはいつだって変わらない。だからこそ、俺たちはその嵐を、嵐と共にある雷を利用して戦う方法を思いついたのだ。


 ペルが放った雷は一部の小型怪獣を焼き殺した。だが、それは大量に存在する中の一部だ。


 怪獣たちの意識が俺たちに向く。彼らが動き出す。


「部隊を旋回させろ! 小型の怪獣どもを引き付ける!」

「了解!」


 俺の言葉にペルがもっとも速く反応し、部隊を先導するように動く。旋回してポセイドンから離れるのだ。そんな俺たちを小型怪獣の群れが追ってくる。


 群れに追われながら、しんがりは俺がつとめる。俺たちの側面から回り込んでくる怪獣もいるが、群れの大部分は背面から襲ってくるのだ。


「背後は俺が守る。ペルはただ飛ぶことに、アテナとラミアーは横から来る敵にだけ集中しろ!」

「「「了解!」」」


 生徒たちの答える声。俺は腰のベルトに差していた魔法針を抜き、攻撃魔法で小型怪獣の群れを迎撃する。飛雷針の雷ほどの火力はなくとも、このくらいの群れは相手に出来るのだ。


 魔法針から吹き出す風の刃は相手に確かな傷を負わせる。この魔法。小型怪獣はともかく、ポセイドン程の大型怪獣に対しては有効打とならない。だからこそ飛雷針から放たれる雷が必要なのだ。


「ゼウス先生! 後ろは大丈夫でして!?」

「おじさんを信用しなさい! お嬢様!」


 アテナとラミアーは側面から迫る敵をうまく迎撃できている。俺の方も更なる攻撃魔法の準備が整ったところだ。


「ちょっとばかし風が荒れるぞ」


 風雨を刃に変える魔法。


 俺たちは、エルフ族も、人族も、怪獣と戦うための技術を進化させてきた。怪獣と戦うために嵐を利用する技術を進化させてきた。風雨と雷を使って、怪獣を駆逐する。俺たちはそういう進化をしてきたんだ。


 小型怪獣たちを風によって殺し、風によって誘導する。狙いどおり、向こうからすればいつの間にか、群れは、再び旋回したペルの攻撃範囲に並ぶことになった。


「ペル! 出力をあげろ! 雷を打て!」

「はい!」


 俺の叫びにペルが応え、刹那。雷が一直線に走る。嵐の中の一撃が小型怪獣たちをまとめて貫いた。これを何度か繰り返し、ポセイドンに張り付く群れを剥がしていくのだ。


「お前たち! まだ戦いは始まったばかりだ! 気を抜くなよ!」

「「「了解!」」」


 怪獣相手の戦いに気は抜けない。大型のポセイドンはまだ動かないが、小型の群れの突撃も侮れない。巻き込まれれば数秒後には確実な死だ。そんな戦いをオーニソプターたちは遠巻きに撮影している。この戦いを見ている者たちは何を思っているのだろうか。いや、今はそんなことを考えてはいられないな。


「ペル! 再びポセイドンに近づくぞ! 今度は挑発の攻撃は要らない。近づくだけで小型の群れが追ってくる!」

「そこをまた、今みたいに叩くんだね!」

「そういうことだ! やるぞ! お前たち!」


 俺たちは再び怪獣に向かっていく。


 戦闘が続く。


 長く戦ううち、ポセイドンの体表を覆っていた怪獣たちが減り、その青い表皮が認識できるようになった。この頃になると怪獣の群れの驚異は弱まるのだが、ポセイドン本体が攻撃をして来るようになる。俺はこの怪獣のパターンを把握してるし、対応できるが、生徒たちはどうだ?


 ポセイドンはその大きな口を開ける。ブルーハーバーの学園を飲み込んでしまえそうな程に大きな口。口の奥はどこまでも深く見え、奥から水がせり上がって来る気配を俺は確かに感じていた。


「でかいのが来るぞ! 右に避けろお!」

「「「了解!」」」


 俺たちは飛雷針を大きく右へ動かす。直後、大質量の水がポセイドンの口から放たれた。当たれば簡単に押し潰されて死ぬ。それだけの圧がある。


 斜め後方で強大な爆発が起きた。水が空気を震わせ、爆音を俺たちの耳へ届ける。ポセイドンは一撃を放つのに長いクールタイムを必要とする。その代わり、一撃の威力は絶大だ。


「し、死ぬかと思いましたわ!?」

「でも今が反撃のチャンスだよ!」

「おじさん、指示を頂戴!」


 ここまで生徒たちは俺の想像以上に戦えてる。勝てる。彼女たちはポセイドンに勝てる。俺は彼女たちを信じ、指示を飛ばす。


「これよりポセイドンを追い詰める! フォーメーションBだ!」

 

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