第3話 少女たちを捕まえろ
「鬼ごっこ?」
アテナは首をかしげる。ラミアーとペルも飛雷針に乗りながら俺を見ていた。そんな彼女たちに俺は説明する。
「ルールは簡単だ。俺たちはこの飛雷針に乗りながら追いかけっこをする。範囲はこの周辺四キロ以内。今から十分以内にお前たち全員に減速の魔法を当てれば俺の勝ち。お前たちのうち誰かが逃げ切ればお前たちの勝ちだ」
アテナは「ふぅん」と言って続ける。
「ま、私は良いわよ。でもどうせ勝負するなら勝ち負けに何かを賭けない?」
「構わないぞ。俺が負けたらお前たちの好きなものをおごってやる」
「へえ、自信満々じゃん。流石は伝説の英雄ってところ?」
アテナが目を細めた。ラミアーはやる気を見せているし、ペルは目を輝かせている。
「面白そうですわね」
「なんでもおごってもらえるなら肉が食べたいー! 負けないぞー!」
「ペルさんはすでに勝った後の事考えてますのね。わたくしも頑張ります」
全員乗り気なのは良いことだ。じゃあこちらが勝った場合のことも言っておくか。
「俺がお前たち全員を捕まえたときは腕立て伏せの刑だ」
「え、おじさん。まじ!?」
「まじだ。十数えたらお前たちを追いかけるからな。いーち……」
「もう! 捕まる気はないわよ!」
一番最初に動いたのはアテナだった。高速でこの場から離れていく。短い時間で飛雷針での飛行にも慣れたものだ。
「わ、わたくしたちも先生から離れたほうが良いですわね!?」
「そだねー! 私はあっちに行くからラミアーちゃんは反対のほうに飛んでねー」
「りょ、了解でしてよ!?」
アテナに遅れてラミアーとペルも動き出す。ラミアーのほうはまだ飛行に慣れていないのが丸わかりだ。ペルのほうは見事な飛行だ。
数を数えながら誰を先に捕まえるか考える。ま、捕まえやすい生徒から相手にしていくべきか。となるとラミアー、アテナ、ペルの順番で捕まえることになるな。
「……じゅーう。さ、追いかけるぞー!」
飛雷針の速度を上げながら移動を開始する。魔力探知により生徒たちの位置は把握している。まずはラミアーの魔力をたどっていく。
ほどなくして、ラミアーの姿をすぐ近くまで捉えた。彼女は青い海の上でどこに行くべきか迷っているようだった。
「ど、どうしましょう。どうしましょう!?」
「ずいぶんと迷っているようだな。ラミアー」
「ひえっ! もう来ましたわ!?」
戸惑う彼女を捕まえるのは簡単だ。片手に持った魔法針を振り、ラミアーが乗る飛雷針に減速魔法を当てる。そうするとラミアーの飛雷針はのろのろとした動きになってやがて空中で止まった。落ちることはなく浮遊している。
「うわわ!? 止まってる!? 落ちちゃいますの!?」
「落ち着け。今のお前は中に浮いている状態だ。落ちることはない」
「どうすれば良いんですのー!?」
「あとで拾ってやる。それまではそのでかい針に掴まっているんだな」
「そんなー。助けてくださいましー」
制限時間は十分だ。次はアテナを捕まえに向かう。助けを求めるラミアーはその場に置いていった。
俺の魔力探知からは逃げられない。すぐにアテナを見つける。というか彼女は海の上に浮遊しながら両腕を組んでいた。俺が来るのを待っていたようだ。
「わざわざ待ってくれるなんて、すいぶんと自信満々だな。アテナ」
「ふふん。飛行のコツはもう掴んだわ。おじさんにだって負ける気がしないんだから」
「自信があるのは良いことだ。じゃ、勝負といこう」
それから空中戦が始まり、俺がアテナを捕まえるまで十秒かからなかった。先程のラミアーと同じように空中で動けなくなった彼女に俺は言う。
「あとで拾う。ゆっくり空の景色を楽しんでくれ」
「少しは姪のために手を抜いてくれたって良いじゃない! ゼウスおじさん!」
「勝負の世界はシビアなんだ。悪く思うなよ」
「むうー」
不貞腐れた様子で頬に手を当てるアテナをその場に置いていき、俺は最後の相手を追跡する。
ペルの追跡を開始してすぐに気づく。
「ほう……ペルのやつ。探知に引っ掛からないように魔力を絞ってるな」
とはいえ。
「ま、俺は気づいちゃうんだがな」
ペルがどこにいるかはわかる。飛雷針を飛ばし、ほどなくしてペルの近くまでやってきた。
ふむ。ペルは賢いな。岩場の多い場所に潜んでいる。だが、どこに潜んでいるかはバレバレだ。そんな風に考えていた時、不意をつくように岩場の影からペルが飛び出した。
「くらえー!」
こちらをめがけて魔法の光線が飛んでくる。俺はペルが飛び出したときにはすでに回避行動をとっていたため、彼女の魔法攻撃が当たることはなかった。今の攻撃は俺がラミアーやアテナの飛雷針に使ったのと同じ。
「鈍足魔法を使ってきたか。思いきりの良い奴だ」
彼女たちに反撃をしてはいけないなんて言ってないからな。
「そうこなくては」
岩場から砂浜の上を飛んで逃げるペルを追う。彼女の飛行は見事なものだが、追い付くのは難しくない。すぐに彼女の後方に位置し。
「チェックメイトだ」
ペルの飛雷針に鈍足魔法をヒットさせた。
生徒たちを全員捕まえ、彼女たちには腕立て伏せの刑が決定する。ペルはあっという間に百回の腕立て伏せを終わらせてしまったが、アテナとラミアーの二人はヒーヒー言っていた。一応強化スーツも着させてるんだが、二人にとっては慣れない運動らしい。
「怪獣と戦うのに体力は必要不可欠だ。こんなことでヒーヒー言ってるんじゃない」
「いや、ムーリー。筋肉ついちゃう」
「ムキムキは嫌ですわー!」
「筋肉をつけるんだよお! 体力もなぁ!」
わがままを言う姫とお嬢様についつっこんでしまった。彼女たち、魔法の才はあるのかもしれないが俺が率いる舞台に入れるには色々と足りてないように思われる。実力充分と言えるのはペルくらいだろうか。俺は彼女をチラリと見る。
「ゼウス隊長! 砂浜で綺麗な貝殻を探してきても良いでありますか!」
「良いわけないだろ」
ペルはなあ。彼女は彼女で性格に難ありというか自由奔放というか……扱いの難しい人物のように思える。邪心とかはないのだが、常に本能で動いているタイプだ。
「お前はとりあえずその場で待機……余裕があるなら腕立て伏せを続けるか?」
「了解! 腕立て伏せを続けます!」
ビシッと敬礼を決めてからペルは猛烈な勢いで腕立て伏せを再開する。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「……元気だなあ」
わがままな子どもが二人に元気の有り余ってる猛犬が一人か。はあ、先が思いやられるな。
生徒たちの腕立て伏せを見守っていると後方から足音が近づいてきた。振り返るとそこには俺が苦手とする人族の男が居た。
歳は若く二十から三十程度。白い髪を短く整え目は細い。体型はスラッとして、背は俺よりは少し低いくらいだ。
そしてこいつはいつもへらへらとした笑みを浮かべている。それが俺は気にくわない。
「どうもぉゼウスさん。広報部のナルキスでぇす」
「ああ、ナルキス。なんのようだ」
「僕が来たってことは広報のお仕事を持ってきたんですよぉ。それとも、食事でもご一緒します?」
「馬鹿言え。お前と一緒に食事にいくつもりはない」
「あぁん。つれないなぁ。こんなにもあなたをお慕いもうしていますのにぃ」
「気持ち悪いからやめろ。それで、仕事の話を持ってきたんだろ?」
「おっとそうでしたそうでした!」
ナルキスはわざとらしいくらいに大きく頷き、へらへらした顔のまま言う。
「コマーシャルの撮影ですよ」
「コマーシャル?」
「はい、あなたの影響力を活かした大事な仕事ですよ!」
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