第4話 撮影と学園長

 一週間後。


 撮影スタジオの中は屋外に射す夏の日差しなど関係なく、クーラーのおかげで快適だ。


 スタジオの舞台セットは青や金といった色の飾りによって豪華な感じだ。人族のセンスなのか監督のセンスなのか、どちらにせよ趣味が悪い。


 俺は舞台の近くに待機しながら出番が来るのを待っていた。そんな俺に一人の男が近づいてくる。俺が嫌いな人族の一人ナルキスだ。


「ゼウスさぁん。準備はできてますかぁ?」

「準備はできてる」


 ナルキスは細い目を俺に向けながら不思議そうな顔をした。


「なんというかぁゼウスさん不満げです?」

「俺には学園のコマーシャルなんてものが必要とは思えないからな」


 なんでも最近発明されたテレビとかいうものを使って学園を宣伝するらしい。全く、昔から人族は変なものばかり作る。俺の役に立ってるのは飛雷針や強化スーツくらいだ。


 ナルキスは俺に対し困ったように笑う。


「ゼウスさん。これからはテレビの時代ですよ。ま、とはいえ、そのうちテレビは廃れると思ってますけど」

「なんで廃れると思っているようなものを作るかね。人族は」

「廃れるといっても百年から二百年くらいは後の話でしょうがね」


 そう言ってナルキスは肩をすくめた。


「ゼウスさん。これ実はあまり知られてないことなんですけどね。人族って長くても百年くらいで死んじゃうんですよ」

「誰でも知ってるよ! 馬鹿にしてんのか!?」

「や、やだなぁ。冗談じゃないですかぁ」


 ナルキスはへらへらと笑っていたが「でもね」と言うと同時に真面目なトーンで話し始める。


「人族はエルフほど長くは生きられないから個人の技術をいつまでも残せないんです。だから人族は何かの道具に、その時代の人族が持つ技術を込めるしかない。そうしなければ人族は永遠にエルフには追い付けなかったんです」

「ずいぶんと喋るな。お前の持論か?」

「ええ。そんなところですよぉ」


 いつの間にかナルキスはへらへらとした顔に戻っていた。その表情は嫌いだからずっと真面目な顔をしていれば良いのに。


「さ、ゼウスさぁん。そろそろ出番ですよぉ」

「はあ……やれるだけのことはする。だけど俺は役者じゃない。演技に期待はするなよ」

「はぁい。頑張ってくださいねぇ」


 へらへらくねくねと気持ち悪い男に見送られながら舞台へ向かう。これから素人の演技を撮影されるのかと思うと気分は重かった。


 数分後。


 撮影が始まる。


 俺の左右には容貌で選ばれたと言う感じの少女たちが一人ずつ立っていた。確かに顔は整っている。うちの三馬鹿よりも美人かもしれない。だが、人族特有の獣臭さが鼻をつく……それはラミアーとペルも同じか。

 

 もしかしたらハーフエルフのペルは若干ましな匂いなのかもしれない。なんて考えていると曲が始まった。

 

 ポップな曲に会わせて左右の少女が踊って歌う。


「「美しいブルーハーバー。ブルーハーバー魔法学園」」


 俺は一歩前に出て正面のカメラを指差す。そしてカメラのすぐ横のカンペを見つつ。


「ブルーハーバー魔法学園は怪獣から都を守る勇敢な若者を募集中だ。魔法を学び、美しき海辺の都を共に守ろう!」


 この台詞が数えきれないほど多くの者に見られると思うと恥ずかしくてたまらない。こういうことは役者こそがやるべきだろうに。


 俺は一歩後ろに下がり、少女たちが再び歌う。

 

「「ああ美しきブルーハーバー。人とエルフの絆の都。美しきブルーハーバー」」


 しかしまあクソみたいな歌詞だと思う。何が人とエルフの絆の都だ。エルフが怪獣から守ってきた都に、人族が怪獣から得られる資源を横取りしに来たのがこの都の姿だろうに。


 とりあえず撮影は無事に……たぶん無事に終わった。年寄りの偉そうな監督が満足そうにうんうんと頷いているのだから、これで良いのだろう。


 撮影が終わった俺の元へやって来る者が居た。ナルシスではない。あいつとは性別が違う。種族も違う。そして何より高貴さが違う。


「おぬしを見ておったぞゼウス。撮影は無事に終わったようじゃの」


 俺とは古い付き合いの高貴な女性。今日も元気なようで何よりだ。


「学園長。来てたんですか」

「ヘラという名で呼んでくれても良いのじゃぞ。それにわしはもうただのエルフなのじゃし、かしこまらなくとも良いのに」

「いえいえ、俺は学園の一教師であなたはその長です。かしこまるのは当然かと」

「おぬしは昔から変わらんのお」

「そうです。俺は変わりません。今でも俺はあなたの騎士であるつもりです。昔より少しだけ魔法に詳しくはなりましたがね」

「そうじゃな。生意気なところも変わっておらん」


 学園長は微笑み「場所を変えぬか?」と聞いてきた。


「分かりました。少し外で話しましょう。撮影も終わったところですし」


 俺は少しはなれた場所に立つナルシスを見た。彼はどうぞとジェスチャーで示した。


 少し離れて。


 俺たちは撮影スタジオの外に出た。日差しのしたに進み、むっとした空気を肌に感じる。少し移動して、スタジオの側にある休憩所へ。


 布の屋根によって影ができていて、日の下に居るよりは少し涼しい。とはいえ、自然の熱をしっかりと感じることができた。


 学園長は長い耳をパタパタと動かしながら、影の下の適当な席に座る。


「おぬしには何度も言っておるが、わしはクーラーというものを好かん。あれは季節というものを感じにくくさせる。とはいえ、流石に死にそうに暑い時はあれを頼るがの」

「ええ、そうですね」

「そもそもわしは人族の科学というものを好かんのじゃ。あれは魔法と違い、あまりにも自然と精霊への敬意が足らぬ」


 そこまで言って学園長の表情は寂しそうなものに変わった。


「とはいえ、より強かったのは人族じゃ。我々は戦に負け、我々の魔法は人族の科学の中に組み込まれていくのを避けられない。いずれは魔法というものは完全に科学と混ざりあってしまうじゃろうな」


 学園長になんと声をかけるべきか迷った。かつて人族との戦争のことを考えれば、エルフの国の女王であったこの御方の悲しみと悔しさは相当なもののはず。


 俺が迷っているうちに学園長の瞳から涙が流れた。そして彼女は。


「うおぉんゼウスゥ。わしを甘えさせてくれえ! もう辛いんじゃよ。人族のお偉方が無理難題ばっかり言うんじゃあ!」

「……またどんなことを言われたんです?」

「最近作ったばかりの対怪獣部隊をな。今度の怪獣出現時に実戦で使えと言うんじゃよお! 次の怪獣の出現予想は来月頃じゃろ? 一ヶ月の訓練で怪獣と戦わせるなんて危険すぎると言うておるのに、お偉方は結果を出せとしか言わぬのじゃああああ!」


 それからしばらく、俺は学園長をなだめることになった。俺が話し相手になることで彼女の気持ちが少しでも晴れるのなら、いくらでも相手をしよう。


 そのうち、気分の落ち着いた学園長は静かに立ち上がった。


「さて、ゼウスよ。おぬしに無理難題を言うぞ」

「はい」

「おぬしは次の怪獣の出現までに対怪獣部隊を実践レベルまで鍛えるのじゃ。怪獣が出現すれば人族の監視者が同行する。結果を出さねばならぬ。そうでなくてはわしは学園長の立場からも追われることになる。これ以上エルフの立場を悪くしてはならぬ」

「ここまでの話。分かりました」

「うむ」


 学園長は頷く。


「無理難題はひとつだけでない。もうひとつの無理難題がある。新設の部隊を活躍させつつ、死者を出してはならぬ。とくにアテナは、あの子はわしの血を引いている。わしの血を引く者は百人を越えるが、その誰もがわしには大事なのじゃ」

「……一応聞きますが、俺が一人で活躍するというわけには」

「ならぬ。新設の部隊を活躍させること。そして部隊から死者を出さぬこと。それが条件じゃ」

「了解しました。必ずやあなたのオーダーに応えてみせましょう」

「うむ。信頼しておるぞ。王家の騎士よ」


 ほどなくして、学園長の付き人がやって来た。影から俺たちの様子を伺っていたようだ。


 学園長を見送り、考える。


 どうやら全力で先生を遂行する必要がありそうだ。

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