第5話 史上最悪の悪魔

 私は王の二人目の子供として生まれた。四つ上の兄がいて、魔法使いは怪我や病気を自力で治したり、軽減したりできるので、兄が死ぬことはないから、私が王になることはない。


 母は私を産んだ時に死んでしまった。父ももう長くない。次の子供は生まれない。だから私も大事に育てられた。


 それも、父が死ぬまでの話だった。


 六歳の時、父が死んだ。普通に寿命だ。


 そして王座は十歳の兄に引き継がれ、その混乱の中、私は謎の人物に街の外に連れていかれた。簡単に言えば、誘拐だ。


 正直、どのように連れ出されたのかは覚えていない。ただ、気付いた時には空気中の魔力が極端に少ない場所にいた。すぐにそこが街の外だと分かった。


 そこは薄暗い部屋だった。鍵がかかっている扉が一つだけあって、窓はない。でもちゃんとふかふかのベッドがあって、街の外への印象とは少し違った。


 街の外はもっと酷いものだと思っていたから、その時は少し見直した。だがそれはすぐに撤回することになる。


 目が覚めて少しすると、胸の辺りに強痛が走る。何か貼ってあるなとは思っていたが、どうやらそれは何かの手術痕のようだった。麻酔が切れてとんでもない痛みに襲われ、その場に倒れ込む。


 それから奴らが部屋にやってきた。


 彼らは警察の特殊部隊の面々だった。人間が魔法使いに対抗するための特殊部隊。そして彼らから説明された内容はとても受け入れ難いものだった。


 何人かの魔法使いを自分たちの支配下に置いて、自分たちのために働かせる。街の魔法使いじゃ信用できないので、心臓に爆弾をくくりつけて強制的に支配する。それを私は『飼われる』と呼ぶことにした。


 歯向かうとその爆弾から心臓に激痛が走る。どういう仕組みなのか、どういったものが埋め込まれているのか、その辺は全くわからない。わかったところで何も変わらないのだから、ほとんど考えなかった。


 それから十二歳になるまで、私は街の外で反乱を起こす魔法使いたちの相手をした。


 何人殺したのかわからない。一方、私を追い詰めた魔法使いは誰もいない。そんな類を見ない働きと強さをしていても、奴らの態度は変わらない。


 いつも上から目線で、爆弾を脅しに使って言いたい放題。何を言われたのか覚えていないほどの種類の暴言を吐かれた。夜に色々やったりもした。何もしていなくても爆弾で痛めつけられて、暴力を振るわれたりもした。普通なら六年間も耐えられないものだっただろう。


 そんな日々に終わりを告げたのが、十二歳の時のある事件だ。


 いつものように仕事に駆り出されたある日。


 その日の仕事は、とある魔法犯罪組織の拠点の襲撃だ。さすが警察と名乗っているだけあって、拠点を見つけることは得意で正確だった。


 でもその襲撃にかけられた人員は私一人だけ。相手は数ある組織の中では最強と言われていた『ジャック・ナイト』。


 奴らすらも、もう私が死ぬことが確定しているかのような話をするくらい厳しいものだった。


 そうして送り出されたが、その頃にはもう私に勝てる魔法使いなんて存在しないわけで、一人で突入してもほとんどの魔法はいなせるし、ほとんど無傷で拠点にいた魔法使いを全員殺した。幹部級も何人かいたような気もするが、それも全部含めて、だ。


 あとは人間に任せようかと思っていたが、そこにボスを名乗る男が現れた。まあ外に見張りがいるわけでもないので、入ってくることは容易だっただろう。だが、他に魔法使いの気配はない。私が襲撃したことは分かったうえで、たった一人で現れた。


「よくもまあこの人数をこの短時間で。やってくれたな」

「……仕事だから」

「そう」


 余裕そうな口ぶりだが、内心は仲間がほぼ全員殺されて正気じゃなかった。それがにじみ出ていた。


「……お前は何者だ? 街の魔法使いじゃないよな?」

「まあ、ね」

「誰の差し金だ?」

「別にどこのでも。ただ警察の飼い犬だよ」

「警察の? そんな馬鹿な」

「嘘じゃないよ?」


 別に信じてもらわなくていい。


「それで。戦うの? 逃げるの?」

「……戦うに決まってるだろ。そのために来た」


 こうしてボスとの戦闘が始まった。


 初めての感覚だった。自分の魔法を受けてもまだ向かってくる。受けたことがない威力の魔法。武器と組み合わせて、体験したことのない間合い。崩れていく建物。


 面白かった。


 今まで感じることのなかった痛み。死ぬとはこういうことかと体感した。


 でも、最後には勝った。


 相手が息途絶えたのを確認して人間たちに報告した後、その場に倒れこみ、目をつぶった。次に目が覚めると、そこは病院のようだった。


 久しぶりに魔力を感じた。空間に満ちた魔力から、そこが生まれ育った街だとすぐにわかった。


 目が覚めたことを聞きつけて、兄が病室に駆け込んでくる。まだ会ってもいないのに、兄は既に泣いていた。


 六年ぶりに会う兄は、成長してすっかり大人になっていた。王も様になってきているようでもあった。見た目は変わっていても、持っている魔力で兄だとすぐに分かった。おそらくそれは互いに同じだろう。


 話を聞いてみると、現場に駆け付けた人間たちは私の死亡を確認した。だが移送中に心拍が再開していて、不気味に思われて街に送り返されたとのことだった。そして心臓の爆弾を綺麗に取り除いて、今に至る。


 おそらく、傷を回復させようとしてそこに魔力を集中させていたら、たまたま一時的に心臓が止まってしまった。少し回復してから心拍を再開し、十分に回復した状態で目を覚ました。真相は不明だが、理論上は可能だ。


 それから私は兄に人間たちがしたことを報告した。六年も会っていなかったから、距離感がまるでわからず、兄妹感はない。でも兄は私のために、特殊部隊の本部まで抗議に行くと言ってくれた。


 おそらく抗議とは言っているが、これは前々から考えていた本部襲撃で、人質がいなくなってやっと実行に移せたのだろう。


 当然、抗議に行っても取り合ってはくれない。王だろうがなんだろうが、あいつらには関係ない。本当の目的は他にあった。


「兄さん、やっていい?」

「……好きにしろ」


 兄のその言葉には相当な怒りが籠っていた。もう、どうにでもなってしまえと言いたげだった。


 そんな兄の承諾を得たので、私はある魔法を発動させた。


 直後、建物内にいる人間のほとんどが血を吐いて倒れた。


 これは私が六年間かけて準備してきた魔法だ。私に対して、散々色々なことを言ってきた人間たちへの報復。今まで死んでいった魔法使いたちの敵討ち。想いの込められた、どんな前例もない最大級で最強の魔法。


 許可した兄ですら、その魔法に引いていた。


 そうして、この一連の流れより、私は史上最悪の悪魔と呼ばれるようになった。


 でも、これによって飼われる魔法使いもいなくなった。


 その他は、何も変わっていない。街の外での魔法使いの扱いも、魔法犯罪組織も、私の魔法も、兄との関係も。



  ◇  ◇  ◇



 來夢は聖弥の話を聞いて、言葉を失っていた。


 この四年間街の外に出たことがない來夢は知らなかった。自分より酷い目にあってきて、逆に酷いこともやってきた。自分より遥に上の存在である聖弥にかける言葉がない。


「まあ、ただ私が復讐したかっただけなんだけどね」


 聖弥は笑い話のようにそう言った。


「でも、それが他の人のためにもなって……」

「そうだね。だから、生きるために、この街に閉じ込められた魔法使いのために、私たちがやらないといけないんだよ」


 初めの方にも言っていたが、過去を知ってからだと言葉の重みが違って思える。


「……別に、やりたくないならやらなくていい。でも、やらないならここを辞めろ。ここにいる理由はない――今までそう言われてきたでしょ? 私も同意見。それでもまだここにいるのは、自分が愛した仲間と出会い、過ごしたこの部隊を守りたいからなんじゃないの?」

「それは……」

「動機はなんだっていい。自分の想いから逃げるな、戦え。來夢にはその力がある……そうでしょ?」


 そう言われて、來夢は少し考える。決断は既に決まっていて、それをなんとか言葉にする。


「……ああ。もう一度、やってみるよ」

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